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「そうかも知れない。でもね、本当であれば、無意識ではなく意識してできるようになるのが一番なんだよ。無意識というのは本能のようなもので、誰にでもあるものだって感覚でしょう? だから、意識してできる人というのは、それ以上の発展であったり、成長を促すことができると思うんだ」
「無意識でできる人って、でも、それに越したことはないと思っていたけど?」
「それは日常的な習慣であって、毎回しなければいけないこと。例えば、朝起きたら歯を磨くといういうことね。誰もが無意識にやっているでしょう? あれは、習慣となっているからであって、意識していても無意識でも、それほどの変わりはないよね。つまり本能なんだよ。でも、無意識が最初にあって、意識するようになったことというのは、少なくとも何かに気付いたから意識するようになったということでしょう? だから意識するというのは、無意識の向こう側にあるものだって思わないかい?」
 高田のいう理屈は理路整然としている。思わず頷いてしまった里穂がいた。
「でも、無意識というのは実は怖いものなんだ」
「どういうこと?」
「例えば、寝ている時に起き出して、夜歩いたりする夢遊病ってあるでしょう? あれだって本人は無意識なつもりなんだけど、実際には起きている時の意識が夢の中に出てくるからなのか、気になっているところに行ったりする。しかも、見えていないはずなのに、ちゃんと道を通ってそこに行けるんだよね。これを想うと、人間の潜在意識ってすごいと思うよね」
「夢遊病って、潜在意識なんですか?」
「だって、夢というのは潜在意識が見せるものだって話でしょう?」
「そうなんだ……」
「知らなかった?」
「ええ」
「夢というのは、どんなに長い夢、時系列の幅の広い夢を見ていたとしても、起きる前の数秒で見るって話もあるんだよ」
「そうなんですね」
「夢の内容を覚えているかい?」
「いいえ、ほとんど覚えていないです。覚えているとすれば、怖い夢を見た時くらいかな?」
「じゃあ、怖い夢以外を見たって記憶は?」
「記憶はあるんだけど、それがどんな夢だったかまでは覚えていない。ただ、目が覚めるにしたがって忘れて行っているような気がするんだけど、その時は怖くない夢だったような気がして仕方がないの」
「そうだよね。怖い夢もあれば、楽しかった夢もある。でも、それは同じように記憶の中に残っていて、楽しかった夢を思い出すことだってあるんだよ。ただ、それがいつのことだったのかまでは覚えていない。ひょっとすると、さっき目覚めた時の寸前に見た夢だったのかも知れないのにね」
「確かにその通りだわ」
「僕は夢のせいなのかどうかは分からないけど、急に被害妄想に襲われることがある。急にまわりが敵に見えることもあって、自分でも制御できないんだ」
 今の高田を見ている限りではそんな様子は微塵にも感じられない。
「それって、カプグラ症候群……」
 思わず里穂は呟いた。
 ついこの間、佐川との話の中で出てきたワードを思い出したのは、被害妄想と、まわりが敵だという言葉から連想したからだった。
「カプグラ症候群という言葉、よく知っているね」
「ええ、この間、佐川さんとの話の中で出てきたんです。高田さんこそ、ご存じなんですか?」
「ああ、知ってるよ。僕も心理学が好きで、心理学を専攻しようかとも思ったんだけど、専攻するよりも、趣味として気楽に見る方がいいような気がしていたんだ。きっと僕のような男が心理学にのめりこむと、抜けられないような気がしてね」
「抜けられないというのは、学問を志す者にとっては、いいことなんじゃないですか?」
「それも時と場合、種類によるさ。心理学は抜けられなくなると、災いを引き起こす可能性もあるから、僕はそんな媒体にはなりたくないんだ」
 彼は少し興奮しているようだった。
 そして、今まで冷静に話をしていた彼が、少し感情的になってきているのではないかと思うと、里穂も少し自分も一緒になって興奮してきていることに気付いていた。
「心理学って、怖い学問なんですね」
「そうだね。怖いというよりも、真剣になればなるほど、自分に対しての恐怖が高まってくる。それが怖いというべきなのかも知れないな」
 と、高田は少し遠くを見るような目で、里穂の頭の上を通り越して、その向こうを見ていた。
――彼の視線の先には何があるんだろう?
 里穂と同じものが見えているのだろうか?
 他の人には見えないものが彼にだけ見えていると言われたとしても、別におかしな気分がしないような気が里穂はしていた。
 高田は続けた・
「僕が心理学を志すようになったのは、親からの虐待が原因というよりも、友達からの苛めが原因だったと思うんだ」
「思うというと?」
「最初は親からの虐待が原因なのかと思ったんだけど、もし、そうだと仮定した場合に納得のいかないことがあった。それが遺伝という感買うだったんだ」
「というと?」
「僕は親からいわれのない苛めを受けていたわけなんだけど、Sん理学で研究してみようと思うと、なぜか親の気持ちが分かったような気がしたんだ。もちろん、本当に分かったわけではなく、分かった気がするだけなんだけど、そう思い込むと、心理学を勉強してまでその理由を知りたいとは思わなかった。もし、僕が心理学を勉強して、それなりの結論を見つければ、せっかく分かったような気になっている気持ちを踏みにじるような気がしたからなんだ」
「どうしてそうなるの?」
「だって、心理学を勉強して一つの結論を導い出したとしても、そこにあるのが本当に正しいことなのかって分からないでしょう? そんな不確かなことのために、せっかく分かった気になっている気持ちを削ぎたくないと思うのは、特に子供だった僕には大切なことだったんだ」
 と、高田は言った。
「じゃあ、友達に苛められていたことを心理学的に研究しようと思ったわけ?」
「そうだね。友達からの苛めを心理学で解明しようと思った時、友達の気持ちが分かるわけではなく、心理的に何ら変化がなかったことで、余計にそう思ったんだけど、考えてみれば、こっちの方が普通なんだよね。親に感じた感覚の方がレアであって、そのことを理屈で解明しようとしても、それは無理なことなんだって思うようになったんだ」
 高田の話には一理あった。
 里穂も彼の立場だったら、同じことを考えたかも知れない。特に心理学というのは難しい学問でもあるし、リアルにその人にとって、本当にありがたい結論を導いてくれるとは限らない。下手をすれば、立ち直ることのできない結論が待っているかも知れない。それを思うと、一歩踏み出すだけでかなりの勇気がいるというものだ。
「ところでカプグラ症候群なんだけど、あなたはどう思っているの?」
 と、確信を突く質問をしてみた。
 さすがにここまで饒舌だった高田も少し考えているようだったが、
「カプグラ症候群というのは、最初に感じたことだったね。何と言っても、自分の近しい人が瓜二つの偽物に入れ替わっているという発想だろう? しかも、ここが大切なんだけど、『確信している』という前提があるんだ。つまりは、ただそう感じているというだけではカプグラ症候群とは言えないんだ」
作品名:点と点を結ぶ線 作家名:森本晃次