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点と点を結ぶ線

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 と言いながら、微妙に区しhビルが震えていた。軽く奥歯を噛みしめていたのかも知れない。
 高田がどんな家庭に育ったのかは分からないが、高田と話をしていて、彼が口にしたワードで、
「一般的に言えば」
 という言葉に違和感があった。
――一般的って何なのかしら? 他の人をまるで下々の人とでも思っているのかしら? まるで「何様」って感じだわ――
 と、里穂は思っていた。
 気分的にあまりいい感覚は持っていない。どうしてこんな男が佐川と似ていると言われるのだろう。里穂にはそれが分からなかった。
 ただ、叱られていたと言った後に震えている唇を見ると、
――この人も、子供の頃から苦労をしていたに違いない――
 という思いに至る。
 それを差し引いても、彼の態度にはまだ違和感があった。この後に苛立ちを覚えるかも知れないと思いながらも、もっと話をしてみたいという思いに駆られるのは、何か引っかかるものを感じているからだろうか。
 里穂は、自分の親から叱られることも少なからずあった。あれは、小学生の頃のことで、小学生の低学年の頃には、よくクラスメイトから苛められていた。小学生の低学年なので、それほど陰湿でひどい苛めだったわけではないが、まだやっと物心がついたと言ってもいいくらいの子供が、まわりから相手にされずに苛めを受けているというのは、それが自分にとって当たり前のことなのだと思い込むに十分でもあった。
 そういう意味で、まわりが羨ましいという意識があったわけでもなく、どちらかというと、運命を受け入れている気持ちになっていた。
 しかし、人間としての本能なのか、苛めに遭っているということが気持ち悪くて仕方がなかった。運命として受け入れようという思いと、この気持ち悪さというジレンマが小学生の低学年の女の子に襲い掛かるのだ。今から思っただけでも自分があの頃に何を考えていたのか、思い出すことすら困難だった。
 そういう意味で、苛めが収まってきても、絶えず何かを考えるという癖だけは残ってしまった。先生と算数の話をするのが唯一の楽しみだった小学生の高学年の頃、それまでとまったく変わってしまった生活に、嬉しさ半分、戸惑い半分だったように思う。
 まわりから苛めを受けていた小学生の低学年の頃、この頃も絶えず何かを考えていたように思う。算数の法則を考えていたなどということはなかったが、自分に対して怒っている苛めが理不尽なことなのかが分からなかったからだ。
 ただ、自分が苛められていることを知られるのは、最小限に収めたかった。特に親には知られたくなかった。そのためには、本当であれば、先生に話して助けてもらいたいという気持ちもあったが、先生に話すことで、親に話が行くのではないかという恐れを感じたことで、先生にも話せず、一人悩んでいたものだった。
「どうして、私をそんなに苛めるの?」
 と、思い切って苛めている人に聞いてみたことがあった。
「お前がそこにいるからさ。目の前にいるだけで苛めたくなるんだよ」
 という返事が返ってきた。
――なんて理不尽な――
 理不尽なんて言葉、小学生の低学年の生徒に分かるはずもないのに、今思い出すと、そう感じたと思うのはおかしなことだった。
 だが、今思い出してみると、苛めっ子の理屈も何となく分かる。理由もないのに苛めたくなるという理屈。これは今の自分だったらよく分かる。
 高校時代、成績が急によくなったことがあった。別に何か特別なことをしたわけでもないのに、唐突だった。その時、自分がかしこくなったと錯覚してしまったのだが、それも無理もないことで、実際にそれから成績が落ちることはなかったのだから、思い込みだったとしても、それは悪いことではなあったはずだ。
 その時に、まわりを見ると、それまで見えていた光景とまったく違っていることに気が付いた。目線は完全に上から目線で、見下ろしている連中は、自分よりも劣って見えて仕方がない。何よりも生まれて初めて感じた優越感に浸っていたと言ってもいい。その時小学生の頃自分を苛めていた連中が言っていた。
「お前がそこにいるからさ。目の前にいるだけで苛めたくなるんだよ」
 という意味が何となく分かった気がしたのだ。
 高校生の時の里穂だったら、これくらいの言葉を平気で言えるかも知れない。
――優越を感じる人がいれば、劣等を感じる人もいる――
 つまり、優越を感じる人が劣等を感じる人を罵倒したとしても、それは罵倒された人が抗えることのできない事実であるということを、本人同士で分かっていることだと感じるからだった。
 小学生の頃に苛めを誰にも知られたくないと思ってはいたが、どこから話が伝わったのか、いつの間にか親が知っていた。
 普段通り学校から帰ってきて、自分の部屋にいた里穂を、夜になって父親が帰ってきて少ししてから、
「里穂、下りてきなさい」
 と、二階の里穂の部屋に向かって、階下から父親が叫んでいた。
 それまではそんなことなどなかった。話があるとすれば、部屋の前でノックをする両親だったのだが、階下から大きな声を出すなんて、それだけでもただ事ではないと里穂に感じさせた。
「どうしたの?」
 と、恐る恐る階下に向かった里穂は、リビングに入ると、雰囲気がいつもと違っているのを感じた。
 両親がソファーに座っていたのだが、まったく会話をしている様子もなく、何よりもテレビがついていないことが里穂を一層気持ち悪くさせた。
 父親が里穂の方に振り向くことなく、
「里穂、こっちに来て座りなさい」
 と言われ、まるで先生に怒られるかのような神妙な気持ちになったが、その時の神妙な気持ちは、学校で先生と相対する場合よりも何倍も緊張していた。
 里穂は、神妙にして、まるで借りてきた猫のように、両親が座っている前に鎮座した。
「里穂は、学校で苛めに遭っているのかい?」
 と、父親が結論から先に聞いてきた。
 里穂も人と話す時、まず結論から先に話すことが多いが、それが遺伝であることに気付いたのはこの時だっただろう。
 結論から先に言われるということは、大いなるショックであるが、ただならぬ雰囲気の中で焦らしながら結論を導き出すような言い方をされるのも、ジリジリとして嫌なものである。
――どっちがいいんだろう?
 と思うのだが、いまだに里穂にも分からない。
――ただ、これが親から遺伝した性格だとすれば、本当はこんな性格、遺伝なんかしてほしくなかった――
 というのが、本音であろう。
「う、うん」
 隠しても、どうしようもないことは分かっていた。
 ここで抗ったとしても、どうしようもない。すぐに事実を認めて、相手が何を言い出すのかを聞く方がいいと思った。
 父親はそこで黙ってしまったが、それよりもその後の母親の態度にはビックリさせられた。
 何と母親は嗚咽を催していて、しくしくと泣いていたのだ。
「本当に情けない」
 と、何とか絞り出した言葉がそれだった。
 泣いている理由を、里穂のことが可哀そうだと思って泣いてくれているのだと思っていた里穂は、あっけに取られてしまった。
――えっ、どういうこと?
 戸惑う里穂だったが、どうやら母親は自分の娘を情けないと思っているらしい。
作品名:点と点を結ぶ線 作家名:森本晃次