点と点を結ぶ線
――誰かの意見を聞くとすると、すぐに思い浮かぶのは高田さんの顔なんだわ――
と感じた。
元々高田から発想したこの話、彼の被害妄想は、どうも他の人に感じる被害妄想とは違うような気がしたのは、里穂だけではないかも知れない。
――きっと、佐川さんも同じことを彼に感じているのかも知れないわ――
と思うようになっていた。
だからと言って、いきなり高田に聞くのは危険な気がした。そもそも、どういうきっかけで話を始めればいいのか、まずはそこからである。このきっかけが意外と難しく、ひょっとすると、これさえ乗り越えれば、話を聞くことなど、そんなに難しいことではないかも知れない。
伝染
佐川と里穂は、自分たちの作品に心理学をテーマとしたホラーなものを取り入れるなど、最初は思ってもいなかった。
「俺は高田という男を見ているうちに、何か不思議な雰囲気を感じたんだ。高校までと違って大学に入ると、様々な人がいる。ただ、それも彼らの過去を知らないというだけで、ずっと変わった性格を表に出したままだったのかどうかということは分からない。それだけにいろいろと想像するのも結構楽しいんだ。特に俺の高校時代というのは、まわりは皆暗く、何を考えているのか分からない連中ばかりだったからな。そういう意味では魑魅魍魎の巣窟のように思えて、大学に入ってからの様々な人よりも、本当はそっちの方が興味を持っていたのかも知れないって思うんだ」
と、佐川は言う。
「それは私も同じだわ。私の高校もまわりは皆暗かった。自分のことを棚に上げてなんだけどね。でも、中学時代も同じような感じだったんだけど、何かが違うのよ。そう、高校時代は皆まわりが敵に見えていたのかも知れないわね」
「中学時代と、高校時代の一番の違いは、中学時代が思春期だったということかも知れないな。思春期というと、子供から大人への脱皮の時期であり、精神的にも肉体的にも変わっていく時期だからね。僕は精神的なことよりもむしろ肉体的に変わってしまう方が、成長には大きな影響を与えていると思っているんだ」
「そうかも知れないわ。私も精神的に変化がある時に訪れる肉体的な変化よりも、肉体的な変化に伴う精神的な変化の方が、より一層の影響をその本人に与えるんじゃないかって思うのよ」
「なるほど、さすがに鋭いところをついてくるね。僕もその意見にはほとんど賛成だ。すべてではないけどね」
「すべてじゃない?」
「うん、すべてだって言いたいんだけど、すべてが同じなら、そこで話が終わってしまって、それ以上の展開はないだろうからね」
佐川はそう言って笑った。
――この人らしからぬ言い方だわ――
と思ったが、それはそれで問題がないような気がした。
「ところでどんな作品にしようと思っているの?」
と里穂が聞くと、
「何となく頭の中で思いついていることはあるんだ。それもさっきからの君との話の中で思いついたことなんだけど、今はまだそれを言う時期ではないような気がする。もう少し情報を集めてからにしようと思うんだけど、どうかな?」
と佐川に言われて、
「いいですよ。佐川さんの方でコンセプトを考えていただければ。私の方でもプロットを作るのに都合がいいと思うんです。私もそれなりに何かを考えようと思うので、考えが少しでも出てくれば、メモっておいたりするといいかと思います」
「うん、それがいい。僕もコンセプトと言っても漠然としているだけなので、もう少し掘り下げたところで話ができるようにしていきたいと思うんだ。ただ、テーマの中には、ドッペルゲンガーとカプグラ症候群を織り交ぜたいという気持ちには変わりはないんだけどね」
ちょっとの時間があって、また彼が続けた。
「僕はカプグラ症候群の取り扱いをどうするかが、この話の筋だと思うんだ。ドッペルゲンガーという大筋にカプグラ症候群を乗っけるのか、それとも逆にカプグラ症候群という大筋に、ドッペルゲンガーを組み込むのか、どちらかにはなると思うんだけどね」
「私はそれは思う。でも、そのどちらでやるとしても、その反対がもう一つの意見というのとは少し違うような気がするのよ」
と里穂がいうと、
「それはまるで鏡に写った自分の姿のようだね」
と、佐川がまたおかしなことを言い出した。
それを見て、怪訝な表情をした里穂に対して、佐川は笑いながら、
「また奇妙な話を始めたと思っているようだね。でも、この話もきっと君は感心してくれると思うんだ」
「どういうこと?」
「鏡に写った自分の姿って、どういう風に写っていると感じる?」
またしても、漠然としている。
「えっと、左右対称に鏡には写っているんじゃない?」
「そう、その通り。でもね、どうして左右対称に写るか考えたことがある?」
と言われて里穂はハッとした。
――確かにそうだ。でも一度は考えたことがあるような気がするけど、それをほとんど覚えていないというのは、すぐに諦めてしまったからに違いない――
と思えた。
「左右対称って、確かにその通りなんだけど、私はあまり鏡を見ていて、そのことを意識したことはないわ」
と里穂がいうと、
「じゃあ、鏡に写った文字や絵はどうだい?」
確かに言われてみると、文字や絵だったら、左右が対称であるということを認識している。
そう思ったところで里穂はまたハッとした。
このハッとしたという感覚は閃いたという意味である。
「自分の姿って、鏡でしか自分は確認できないでしょう? だから元々の状態を知らないのよ。だから左右対称だって言われると、ハッとするのかも知れないけど、言われなければ意識しない。そういう意味で、いつも普通に見ているものを鏡に写した時だけ、違和感を感じるという考えなんじゃないのかしら?」
里穂はこの理屈を結構納得のいくものだと思った。
「そうだね。その通りかも知れない。それというのは、感覚の問題なんだ。つまりは『視点をどこに置くか』ということであり、自分中心に見れば、鏡に垂直に写っているものがそのまま投影されると思えば納得もいくんじゃないかな?」
「ということは、自分と、自分以外のものと考えるのが正解なのかしら?」
「この場合の正解が何になるのかというのは、実際には証明されてい派いないんだ。感覚としての問題として、理論的にはありえることも、証明されていないから、一種の学説でしかないんじゃないかな?」
「鏡って、面白いわよね」
と里穂がいうと、
「じゃあ、鏡についてもう一つなんだけど、鏡は左右は対称い写るんだけど、上下は反転していないよね? どうしてだと思う?」
またしても、ハッとした。
今度のはハッとしたというよりも、ドキッとしたと言った方がいいかも知れない。
同じ素材をテーマにした、しかも似たような発想をさらに発展させた発想なだけに、ドキッとしたという感覚も無理のないことかも知れない。
「う〜ん、それは難しいわね。これもさっきの視点という観点から考えるしかないのかしら?」
と里穂がいうと、