点と点を結ぶ線
「ああ、そうだよ。SFの中に出てくるパラドックというと、確かに君のいうように、タイムマシンなんかの発想からよく言われるよね。ドッペルゲンガーの発想もそれと同じもので、タイムマシンで説明すると、まずタイムマシンに乗って過去に行くとするでしょう? 過去に行って例えば自分の親に遭う、そこで自分の親が自分を生む前にもし、死んでしまったら? という発想だよね。つまり自分が過去に戻ることで、歴史が変わってしまう。一番分かりやすいのは親が死んでしまうということ。自分を生む前に死んでしまうと、自分は生れてこないでしょう? だから自分がタイムマシンで過去に来るということもない。過去に来なければ、歴史が変わらないから、自分が生まれてしまう。生まれてしまうとタイムマシンで……。ということになる。要するに矛盾なんだよね。異次元を表現する時に用いられる『メビウスの輪』なんかの発想と似ているような気がするでしょう?」
と、佐川はまくし立てるように言った。
しかし、話には信憑性があり、どんどん引き込まれていった。話を聞いていて、無意識に何度も頷き、目は真剣に彼を捉えていたような気がする。
「話を聞いていて、どんどん想像力がたくましくなってくる気がするわ。やっぱり佐川さんよね」
と言うと、少し照れたような佐川の表情があったが、普段はあまりしない表情をしたということは、それだけ今の自分の話に酔っているような気がしていた。
「つまり、これが『親殺しのパラドックス』と言われたりするものなんだけど、これと同じ発想で、『人は同じ次元、同じ時間に一緒に存在できない』という発想から、ドッペルゲンガーはパラドックスであり、どちらかの人間を抹殺しなければいけないという発想なんだ」
「なるほど、よく分かったわ。それで、もう一つというのは?」
すでに里穂は彼の話に引き込まれていて、話をしているのが彼であるということよりも話の内容の方に引き込まれてしまっていた。
「もう一つというのは、今までの話からすれば単純なもので、ドッペルゲンガーを見る人間には、精神的な疾患があるという考えなんだ。脳に異常があって幻覚を見てしまうというのは、医学的にも心理学的にも言われることであって、だからこそ、この説もかなりの有力なものだと言えるのではないだろうか? これらが、ドッペルゲンガーというものの正体ではないかと言われているものなんだ」
そう言って、佐川は少し深呼吸した。
「言い切った」
という意識があるのだろうか、ただ、まだすべてを話してくれたわけではない。話には続きがあり、今は一呼吸おいているだけだった。
少し落ち着いて佐川はまたゆっくりと話し始めた。
「今度は、ドッペルゲンガーを見たという著名人についてお話しましょうかね。では、まずは日本の著名人から行きましょうか? 有名な人としては、作家の芥川龍之介です」
「芥川龍之介と言うと、あの芥川賞の?」
「ああ、そうだよ。彼も自分のドッペルゲンガーを見たひとりなんだ」
里穂は少しショックを覚えた。
別に芥川龍之介を知っているわけでもなければ、意識して本を読んだわけでもない。だが、さすがに知っている人の名前を聞いて驚かずにはいられなかったのだ。
「彼はインタビューで、一人は帝劇に、一人は銀座に現れたと言っていたらしい」
「えっ、じゃあ、見たのは一度きりではなかったということなの?」
「そういうことになるようだね。彼は最後には自殺をするんだけど、その遺作となった小説があって、その小説の書きかけの原稿を、編集者の彼の担当が他の原稿を貰いに行った時、置いてあった彼の書きかけの原稿を見ようとして、龍之介から、えらい剣幕で怒られたというんだ。そして、その書きかけの原稿をビリビリに破いてしまったと言われているんだ」
「それで?」
「次の日になって、龍之介の睡眠薬を多量に飲んだ自殺死体が発見されたんだけど、何とその時傍らには、昨日編集者の前でビリビリに破かれたはずの原稿が、しわ一つない状態で残っていたというおまけつきのお話なんだよ。編集者が昨日見たのは、芥川龍之介のドッペルゲンガーだったのかも知れないね」
という佐川の話で、里穂は少し凍り付いてしまった。
なるほど、ドッペルゲンガーの話としてはよくできている。それが本当の話かどうか分からないにしても、話としては、十分に逸話となるものだと思えた。
「う〜ん」
里穂は思わず唸ってしまった。
それ以上何も言えないという表情をしている里穂を横目に、佐川は悪戯っぽく微笑んでいた。
「ドッペルゲンガーを見たというのは、もちろん彼だけではない。海外にはもっとたくさんの目撃者がいて、芥川龍之介の話に負けず劣らずの話が残っているんだよ」
里穂はそれを聞いて、
――聞いてみたい気もするけど、怖い気もするわ――
さすがに名前だけでも知っている人の理路整然としたオカルト話を聞かされると、背筋に冷たいものを感じた里穂だっただけに、さらに新たな話をしようと目論んでいる佐川の表情が、まるで苛めっ子のように見えてきたのを感じ、
――そんな顔しないでよ――
という気持ちになったのも事実だった。
しかし、
――もっと聞いてみたい――
という気持ちも次第に湧いてきた。
それだけ気持ちが少し落ち着いてきたのかも知れない。
「次は誰のお話なの?」
と里穂が聞くと、
「エイブラハム・リンカーン」
と彼は冷静に答えた。
「リンカーンというと、アメリカ十六代目の大統領で、南北戦争の英雄だったはず、でも確か最後は暗殺だったわよね」
と里穂がいうと、
「そう、その通り。よく知っているね」
と言われたが、さすがに知っているのはそこまでで、、芥川龍之介の時ほど、意識が近しかったわけではない。
彼は続けた。
「彼の話は結構有名な話なんだよ。特に彼は数々の超常現象に遭遇したということでお知られていて、そのことを自分から語っているんですよ」
「例えば?」
「最初の選挙の時、彼がソファーで休んでいて、ふと鏡に目をやると、そこには自分そっくりの顔が二つ写っていたというんだ。もう一人の彼はまるで幽霊のような青白い顔をしてじっと自分の方を見つめていたというんだ」
「怖いわ」
「彼は驚いて、ソファーから追いあがるとドッペルゲンガーは消えて、横になるとまた現れたというんだ」
「それで」
「彼の妻は、その時の死人のような夫の顔を見て、『彼は長くは生きられない』と感じたらしいんだよ」
「本当にオカルトっぽい話だわ」
さらに話は続くようだった。
「リンカーンの話としてもう一つ有名なのは、彼が暗殺されることになるその日に、側近に対して、『暗殺などの話はないか?』と聞いたらしい。さらには、彼が死んだという情報を、まだ死んでもいないのに、同じ日に他の州で、死んだなどという速報が流れたりしたらしい。これも一緒にドッペルゲンガーがもたらす現象なのかも知れないね」
と佐川は言った。
「それだけ彼が霊感が強かったということなのかしら?」
と、里穂は呟くように言ったが、
「そうなのかも知れない。その意見には僕も賛成だ」
と、佐川も神妙な面持ちで答えていた。
そして、佐川は続けた。