「催眠」と「夢遊病」
趣味も性格もまちまちで、それでも相手に合わせようとするところがどこかいじらしく感じられた。新垣も相手に合わせようとしていたが、自分の中では、
――俺が一番まともではないか――
と思っていた。
しかし、そう思えば思うほど、皆が新垣を慕っているように思えた。それは、自分の性格を卓越したように見えるからのようで自分ではそんなつもりもないのに、慕ってこられるのは、どういう理由があれ、嬉しいものだった。
そのうちに、異常とも思えるような性格であっても、見方によって違っていることに気が付いた。
「何かに目覚めたかも?」
と思ったが、何に目覚めたのか、自分ではすぐには分からなかった。
異常性格であっても、話を聞いていれば、それほどおかしな性格に見えてこないところが不思議だった。説得力があるのか、それとも新垣が信じやすい性格なのか分からないが、話を聞いていると、納得できるように思えてくるのだ。
特に高校時代の暗かった時期、躁鬱症に悩んでいた時期を彷彿させることは考えたくもなかった。
――あの頃には戻りたくない――
という思いが強く、つとめて明るく振る舞っていたが、その様子がぎこちなく感じるらしく、露骨に嫌な顔をするやつもいた。
そんな露骨な表情は分かるもので、特に皆が明るい雰囲気を醸し出している中で、自分に対してのみ嫌な顔を浮かべられると、何があっても悪いのは自分だという意識が強くなってしかるべきだった。
新垣は友達と仲良くしたいとは思っていたが、ズッポリとのめりこむようなことはしたくなかった。のめりこんでしまうと抜けることができないことを自覚していた。それはきっと高校時代に感じた躁鬱症を思い出すからなのかも知れない。
躁鬱症から抜けたのは、自覚もなく抜けていた。そういう意味では運がよかったのかも知れない。
確かに大学生になったという節目が存在したのは事実だが、今後同じような転機がまた訪れるとは限らない。
そう思うと、のめりこむことに躊躇があった。特に宗教団体や占い、ギャンブルの類は自分の中でタブーだと思っていた。
それでも心理学を勉強するようになってから、占いにだけは気になっていた。信じる信じないは別にして占ってもらいたいという気持ちはあったのだ。
占い師
占い師を前にしたわけではなく、本を読んで占いについて勉強してみたりした。興味深いことはあまりなかったが、心理学的な面から違う形で見てみると、気になることは出てきた。
夢占いというのを見たことがあった。見た夢が占いの対象になるわけだが、それはあくまでも潜在意識を引き出すというだけで、
「夢とは潜在意識が見せるもの」
という話を聞いてから、新垣はずっと信じてきた。
新垣がつかさと知り合ったのは、夢について気になるようになってからだった。
後から思えば、
「知り合うべくして知り合った」
というタイミングだったと思うのだが、その時は、そんなことは夢にも思っていなかった。
つかさは、新垣のような男性は元々苦手だった。特に「イヌ派」、「ネコ派」などという発想が嫌いだった。だが、話をしてみると、それは誤解だったように思えてきたのが不思議だった。
話をする機会があったのは、合コンだった。つかさも新垣も合コンなどそれまであまりしたことがなく、この時も、「人数合わせ」でしかなかったのだ。
「頼むよ。今度埋め合わせはするからさ。でも結構楽しいよ。楽しまないと損だよ」
と新垣は言われ、楽しいとまでは思わなかったが、せっかくの誘いなので、心理学の題材としての参加と思えば、それはそれでありなのかも知れないと自分に言い聞かせていた。
つかさはというと、
「あなたは普段から目立たないんだから、こういうところにくれば、まわりから話しかけてくれるので、ゆっくりお話しすればいいよ」
と言われた。
つかさも話しかけられることは嫌ではなかったが、話が合わなければ、退席してもいいという条件で参加することにした。
本当は途中で退席など失礼に当たるので、いけないことなのだろうが、その友達はつかさが途中で退席することはないと思っていた。最低限のマナーくらいは身に着けているのがつかさであるということを分かっていたのだ。
実際に始まってみると、
――結構マニアックな話が多いな――
とつかさは感じたが、
――思ったよりも普通だな――
と正反対のことを感じたのは新垣の方だった。
それは最初から合コンに参加する人というのは、まともな神経の持ち主ではないという偏見を新垣の方が強く持っていたからだ。
だが、新垣は、
――自分のことを棚に上げて――
という思いも持っていた。
それくらいの自覚は新垣にもあったのだ。
新垣は自分が異常性格であるということを心の底で感じながらも、他の異常性格の人たちとは決して交わることはないと思っていた。
合コンでのメンバーには、少なからずの偏見を持っていた。別に異常性格でもないのに、新垣には異常性格にしか見えなかった。普通に話をしている人でも、少し笑っただけで、その表情が陰湿に感じられたのだ。
――俺とは違う人種だ――
としてしか思えなかった。
ただ唯一、そんな連中と交わることがなく会話に参加もしていないつかさの存在を、新垣は次第に気にするようになっていた。
一度気にしてしまうと、まったく目立たない人であっても、これ以上気になる存在はないと思うようになる。それも心理学として研究材料になりそうなことであり、思わずメモを取りたくなるほどであった。
つかさはというと、まわりの人たちを見ていて、誰もが率先して目立とうとしているのを見て、
――私にはできない――
と思いながらも、目立ちたいと思う気持ちを自分が持てないことに対して、彼らの優位性を感じていた。
つまりは、自分が劣等感の塊りであるということに、改めて感じさせられた。
つかさは、日ごろから目立たない性格なのは、まわりに劣等感を抱いているからだった。どんな相手であれ、自分よりも優れていると思うのが、彼女にとっての前提であった。特にこういう合コンのような会場では、少しでも目立とうとする人を見ると、眩しく見えてくるくらいだった。
なるべく関わりたくないと思えば思うほど、次第にまわりの視線が気になってくる。幸いなことに最初の頃は、自分に対して誰も視線を向ける人はいなかった。
――よかった。このまま時間が過ぎてくれれば私は石ころのような存在のまま今日を終わることができる――
と思っていた。
しかし、途中から視線を感じたわけではないが、自分の中で気になる相手を見つけてしまったことで、それまでの心境とは少し変わってきたのを感じた。その相手というのが新垣で、新垣は決してつかさの方を見ようとしないのだが、見られているような意識があり、その意識がどこから来るのか、考えるようになっていた。
新垣もつかさのことが気になっていたが、熱い視線を送っていたわけではない。新垣は熱い視線を送らなくても、相手が意識するほどの感覚を与えることができるという特技を持っていた。
作品名:「催眠」と「夢遊病」 作家名:森本晃次