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「催眠」と「夢遊病」

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 などと大げさなことは言わないが、将来において何かあった時、後悔するなら最初に感じるのはまず間違いなくこの時期であろう。
 よほどの精神状態を保てていないといけないという状況を、大学側も分かっているのだろう。進路決定へのカリキュラムは、大学側も真剣に取り組んでいるようだった。
 そんな時、心理学に出会ったのだ。
 教授が面白いというのも、気になった要因だった。何かを好きになる理由として、さまざまあっていいような気がしたのは、教授に興味を持つことで心理学が気になったことが原因だったような気がする。
 教授の話は別に面白いというわけではない。
「心理学なんて学問は、面白いと思えれば勝ちなんだよ」
 と先生は言っていた。
「面白いと思わなければ?」
 と学生が聞くと、
「だったら、勉強なんかしなければいい。私は心理学を面白い学問だと思わなければ、勉強なんかしなかったからね」
 という。
「心理学のどこが面白いんですか?」
 と他の学生が聞くと、
「経験しなくても勉強できるところさ。君たちは心の中で、経験したやつには絶対に適わないと思っているだろう? でも実際にはそうではない。世の中に起こっていることは、経験だけがすべてではない。経験しなくても考えることはできる」
「考えれば人を救えるというのですか?」
「救う、救わないは問題ではないんだよ。人を救うという意識があるのであれば、そこから先は宗教団体の領域に入ってくるからね」
 それを聞いた新垣は、
「先生は宗教団体を認めるんですか?」
 と、思わず食って掛かってしまった。
「これも認める認めないではない。信じる人がいるから存在しているというだけのことだよね。つまりは需要と供給で成り立っていると言ってもいいかも知れないね」
 その言葉を聞いて、
――先生もあまり信じてはいないんだろうな――
 と、話の中に痛烈な皮肉を見出したことで、そう感じたのだ。
 新垣が心理学に陶酔するようになったのは、自分でもよく分からなかった。
――まさか、先生にマインドコントロールされたんじゃないだろうか?
 とまで考えたほどで、さすがにそこまでは極論なので、すぐに否定したが、
――あの先生ならやりかねないな――
 と思うエピソードを先生は持っていた。
 教授にはいいウワサと悪いウワサの二種類が存在した。二種類というのは、いい悪いとザックリと分けただけで、いいウワサも悪いウワサも複数存在したのだ。
 ただ、半分は信憑性の怪しいもので、悪いウワサも武勇伝と言えなくもないようなものもあり、人によっては、悪いウワサと言われていることも、いいウワサとして受け取る人もいるかも知れない。
 それだけ教授は得体の知れない人だと言えなくもない。心理学の先生なのだから、少しは変わっていると言ってもいいのだろうが、どこまでが本当か分からないという前提で見ていると、どんどん先生の存在が大きく感じられた。
 それはいい意味でも悪い意味でもではあるが、少なくとも興味を持ったことは間違いない。三年生になって先生のゼミを選択したのも必然だったのだと思うが、少なくとも最初の方での後悔はなかった。
 教授は人のいうことをあまり信用する方ではない。自分の考えていることを人に押し付けるわけでもなく、研究も一人で行うことが多く、あまり人に関わる方ではないということは分かった。
 教授のウワサの中には、
「女たらし」
 というものがあった。
 大学教授たるもの、学生と不倫をしているなどというイメージは結構あったりする。教授は今年で五十歳を超えているが、実際にはまだ三十代と言ってもいいくらいに見えることがある。髪の毛は白髪が混ざってきていて、斑な様子を醸し出しているが、却ってそれが教授らしさを演出していて、女学生には人気があるようだった。
 ゼミに入ってしばらくは、そんな教授のウワサも他人事として捉えていたが、そのうちに聞きたくないウワサが耳に入ってきた。
 自分がひそかに好きになった女の子が、先生と関係しているというものだった。
 彼女は普段から静かなタイプで彼氏がいないということは間違いないと思っていたので、新垣はひそかに思いを寄せていた。
 新垣は性格的に、彼氏がいそうな女性に興味を示すことはない。なるべく人といさかいを起こすことを嫌う彼は、好きになった人がいたとして、彼女に誰か関わっている男性がいるのだとすれば、すぐに冷めてしまうところがあった。
 さらに、気の強そうな女性であったり、自分に抗いそうな女性は最初から相手にしない。もし例外があるとすれば、相手が積極的に自分のことを好きになってくれた場合は、その限りにはないと思っていた。
 優先順位としては。やはり自分を好きになってくれた相手であれば、まずはそれが一番となるのだ。
 この性格は中学時代から変わっていない。
 いや、小学生の頃からそんな傾向にあったのかも知れない。新垣は自分の小学生時代を思い出していた。
 あれは小学校の四年生の頃だっただろうか。低学年の頃からお姉さんタイプが好きだった新垣は、四年生になって六年生の女の子が新垣を好きになってくれたことがあった。
 ただ、それは新垣の思い込みだったようで、本当は弟のように慕ってくれる新垣をかわいいと思っていただけなのかも知れない。それでも自分のことを好きになってくれたと思った新垣は、お姉さんを好きになった。
 今でも新垣はそのお姉さんが自分のことを好きだったのだと思っている。実際にお姉さんが小学校を卒業するまでの間、一緒に登校したりしていたし、お互いの家に遊びに行くこともあり、相手の親からも気に入られていた。
「うちの子は大人しくて、同級生にお友達がいなかったので心配していたんだけど、あなたがお友達になってくれて嬉しいわ」
 と、相手のお母さんから言われたこともあった。
――相手の親も公認なんだ――
 と思うと安心して相手の家に行くことができた。
――こんなに幸せでいいんだろうか?
 と思うくらいだったが、毎日がのほほんとした生活になってしまい、気が付けばボーっとしていることも多かった。
「しっかりしなさい」
 と、親からも先生からも言われたことがあったが、本人はしっかりしているつもりで気が付けばボーっとしてしまっているのだから、どうしようもないと思っていた。
「はい」
 とは答えるものの、それ以上どうすることもできないでいた。
 だが、お姉さんが中学に入ると、次第に二人の間に距離ができてきた。
 お姉さんはそのことで寂しいなどと言わないし、新垣も別に寂しいと思うことはなくなっていた。
 しばらくすると本当に疎遠になってしまい、彼女が中学で友達が増えると、新垣のことを忘れてしまったかのように、連絡を取り合うこともなくなった。
 新垣としても別にそれでいいと思っていた。
 一緒にいることが惰性になってきたわけでもなく、心境の変化を感じたわけでもない。なぜこんなに感覚が変わってしまったのか自分でも分からないが、
「別に変わったわけではないのかも知れないな」
 とも思った。
作品名:「催眠」と「夢遊病」 作家名:森本晃次