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「催眠」と「夢遊病」

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 占い師の人と知り合ったのは、大学の近くに占いの館というものがあり、大学生をターゲットにしていることは明らかだった。実際にお客も結構いた。もっともほとんど最初は冷やかしでお金を払ってまで占ってもらう人は少なかったが、先輩の中で、占い師のいうことを聞いて、就職活動がうまくいったなどという話を聞くと、あっという間にウワサは広がるもので、新垣の耳に入ってきた時には、すでに占いの館は繁盛していた。
 新垣はそのうちの一人である手相占いの人のところに行ってみることにした。興味本位であるということを敢えて相手に見せて、相手がどう出るかを伺いながら、占ってもらった。
 言っていることは当たり前のことを、さも当然のごとく話しているだけだった。新垣には退屈とも思える時間だったが、最初からそんなことは分かっていたので、根気よく話を聞くことができた。
――こんな当たり前のことを聞いたってな――
 と心の底で思ったものだが、話を聞いているうちに、次第に心境が変わってくるのを感じた。
――どうしたんだろう?
 話の内容というよりも、彼の口調が相手の気持ちを動かすということに気付くと、何か魔術的なことを想像した。
――俺としたことが――
 と我に返って考えたが、最初からこれも分かっていたことのように思えた。
 彼の話術というか、暗示のようなものが相手の気持ちを動かすのであれば、占いにも宗教的なイメージが思い浮かぶのであった。
 いわゆる、
「洗脳」
 である。
 相手の気持ちをこちらの意図するところへと移動する話術であったり、説得力は宗教団体、占い師共通のものである。そういう意味で、人の心理を誘導したり、洗脳したりするのがどれほど難しいことなのかと新垣は思った。
 彼が研究する心理学は、一人の人間の考えを中心に考えているのだが、研究すればするほど、
「一人の人間が自分で考えたことを覆すのは、自分でしかない」
 という結論に導いたが、それを証明したくて、表に出るようになったのだ。宗教団体であったり、占い師のように、相手の考えている意志を洗脳によって誘導することが本当にできるのか、心理学を勉強すればするほど、宗教団体や占い師のごとくは、まるで都市伝説の類にしか見えてこないのだ。
 新垣が目を付けた占い師は、実はそんなに目立つ方ではなかったはずなのだが、占いの館の中の誰かは分からなかったが、先輩の就職活動を成功に導いたことで有名になってからのことだった。
――でも、彼じゃないような気がするんだよな――
 とその手相占いの人に注目してみた時、目を逸らすことができなくなった。
 それは、その男が目立つ存在ではなく、逆にまったく目立たない存在であることから、余計に意識が向いてしまったのかも知れない。
 本当は彼を意識するまで、占い師のところに足を向けようとまでは思わなかった。話を聞いてみたいという意識はあったが、足を踏み入れる雰囲気ではないという思いがあったからだ。
 だが、目が合った瞬間、自分の目が自分を離れて、相手の目線に嵌ってしまったような意識が一瞬宿ったことで、彼と話をしないわけにはいかないという気になってしまったのだ。
「僕を占ってもらえますか?」
 と合わせてしまった視線を逸らすことなく、彼の前に歩み寄ると、
「どうぞ、こちらに」
 と、彼は感情を押し殺しているのか、暗さを感じさせながら、怖さもあり、それでいて、今の雰囲気で笑顔になっても違和感がないような、おかしな感覚に陥っていた。
 この時点で、すでに彼のペースに引き込まれていたのかも知れない。
 洗脳というのが、相手のペースに引き込まれることが第一歩だと思っていたので、自分のペースを乱されないようにすることが最低限の条件であるということを意識していた。
「何を占ってくれるんだろう?」
 と思い、ドキドキしながら、彼の前に鎮座した新垣だったが、最初は彼は何も話そうとはしなかった。
 しかも、新垣の顔を覗き込むわけでもなく、両肘を台について、目を瞑って瞑想に浸っていた。
――いつもこんな感じなのだろうか?
 と新垣は思ったが、客の顔を見るわけではないので、どのように解釈しているのか分からなかった。
 相手の顔も手も見ているわけではない。これが彼のやり方だとすれば、最初から何を考えているのか分からないところが、不気味さを演出しているようだ。
「……」
 彼は、下を向いて、何かを呟いていた。
 その声はあまりにも小さくて、念仏にしか聞こえないのは、すでにその時点で暗示にかかったしまっているからではないだろうか。
 一定の時間、念仏を唱えていたかと思うと、彼はおもむろに顔を上げて、今度は今までの雰囲気からまったく違ったニッコリとした表情になっていた。
 その表情を、新垣は不気味に感じられた。
「笑顔がこんなにも気持ち悪いとは」
 確かに相手に何か思惑が隠されている時の笑顔は、ウソ臭さを感じさせるせいか、気持ち悪いというよりも、わざとらしさから、見たくないという意味の気分悪さが付きまとうことがある。
 だが、新垣はそんな胡散臭さとは違うイメージをその男から感じ取った。
――この人は、自分と同じところがあるのかも知れない――
「どこが?」
 と聞かれると、ハッキリとどこだと答えることはできない。
 自分でも曖昧な気持ちでしか感じることができないだけに、その男を見ることで、相手が自分をどのように見ているかを想像することができるのではないかと思うようになっていた。
 新垣は占いに興味を持っていたわけでもない。ましてや宗教団体にしてもそうだ。どちらに対しても以前は胡散臭さしか感じていなかったが、心理学を研究するようになってから、そのどちらも気になるようになった。
 ただ、それはあくまでも研究としての興味でしかない。間違って嵌ってしまわないようにしないといけないと思っていながら、少し不安がないわけでもなかった。
「もし、知り合った中に、自分が気に入った女性がいたら、どうしよう」
 という重いだった。
 新垣が女性に対して異常な感覚を持っていることは自覚していた。まともに女性と知り合うことはあまりないと思っていたが、特に自分から告白することなどできないと感じていた。
 恥ずかしいというのが本音であったが、その恥ずかしいという感情がどこから来るのか、心理学を研究していながら、そんなこともまだ分かっていない自分が情けないと思うこともあった。
 新垣にとって、好きな女性のタイプは今まで一定していたわけではない。子供の頃はお姉さんタイプが好きだった。小学生低学年の頃は高学年のお姉さんが気になっていたし、高学年になると、今度は女子中学生のお姉さんたちが気になるようになった。
 その頃は制服が気になっていたわけではない。どちらかというと、長い髪を三つ編みにしたり、ポニーテールにしたりという、後ろで束ねた髪型が気になっていたのだ。
 だが、まだ思春期ではなかったので、異性として意識していたわけではない。
「お姉さん」
 というイメージしかなく、それ以上でもそれ以下でもなかった。
 だが、このお姉さんという感覚が忘れられなかったのも事実で、最近の新垣が、
作品名:「催眠」と「夢遊病」 作家名:森本晃次