「催眠」と「夢遊病」
「それは、好きだという気持ちには変わりはないという意味ですか?」
「究極でいえば、そういうことですね。確かに順序が違えば、好きになるというプロセスでは大いに違っているかも知れませんが、結局行き着く先は同じなんですよ。着いてしまえば、そこから過去を振り向くことはしないものでしょう?」
「確かにそうですね。でも、占い師の言葉とは思えないような発言ですね」
と新垣がいうと、
「それは、先ほども申しましたように、私としての意見であり、一般論のように聞いていただけるといいと思います」
「あなたの意見としては分かりますが、一般論というのは、ちょっと抵抗がありますね」
「あくまでもあなたの目から見た意見として話をさせていただいています」
「ということは、僕の考え方というのは、結構偏りがあるということですか?」
「私はそう思っています。だけど、悪いことではない。人それぞれに考えがあるわけですからね。どれが正解というわけではない。でも、多数派を一般だと考えるなら、新垣さんの考え方は、少数派ということが言えるのではないかと思います」
「そうなんですね。実は私もそう思っていました。しかもそれをいいことのように思っていたんですよ」
「それは、他の人と同じでは嫌だという発想ですね」
「ええ、そうです。これが私の根本にあるから、どうしても少数派の意見に耳を傾けたり、それを自分の意見だと思うようになったんですよ」
「新垣さんは、バーナム効果の発想も持っているということは、バーナム効果を意識もしていますよね。だから相手の話を鵜呑みにしないという思いもあるが、それでも素直な性格を隠すことはできない。そういう意味では考え方としては統制が撮れていると言えるような気がします」
「そう思ってもらえると嬉しいですね」
「ところで催眠術の研究は進んでいるんですか?」
「ええ、今のところ、理論くらいは出来上がっていると思っています」
「どんな催眠術をお考えですか?」
「相手の深層心理を垣間見ることができるような催眠術を目指しています。それには段階的に研究して、その時々で臨床試験を行う必要もあると思っています」
「第一段階はどうでしたか?」
「第一段階は、本当に誰でもやっているような催眠なので、それほど苦もなくできました。問題はそこから課題を見つけ、いかに次のステップに進むかということなんですが、第一段階を進んだ挙句、なかなか課題を見つけることができません。いわゆる頓挫しているという感じなんでしょうか?」
「検証というのは、結果に基づいて分かったことをまとめることですよね。でも、そこから課題を浮かび上がらせて次のステップに進めるということは、思った以上に難しいことです。研究というのは絶えず研究であり、一つの結論が生まれれば、そこからの葉性を増やしていかなければ、置いて行かれるという世界でもあると思うんですよ」
占い師はそう言って、少し考え込んでいるようだった。
このセリフは占い師というよりも、研究者の言葉である。やはりこの占い師只者ではない。新垣が会話を続ければ続けるほど、どんどん発想が豊かになってくるのではないかと思えた。
「占い師さんは、占いだけではなく、心理学にも造詣が深いんですか? お話を伺っていると、目からウロコが落ちるような気分になってきます」
と新垣がいうと、
「そんなことはありませんよ。ただ新垣さんとお話していると、自分の中で考えていたことが言葉になって素直に出てくるような気がしているだけです。いつもは相手の表情や手から、相手の悩みを読み取って、それを中心に当たり前のことを話しているだけです。それこそ、先ほど言われたバーナム効果に則った会話になっていたのかも知れませんね」
と、占い師は答えた。
「占い師さんは、女性についても詳しいんですか?」
「というと?」
「私は女性の考え方には疎いので、お教えいただきたいと思います」
「私は、女性の考え方にはそれほど詳しいわけではありません。私も女性とお付き合いしたことはありませんから、彼女としての気持ちは分かりかねます。ただ、占い師として目の前に鎮座した女性は分かる気がします。それは相手が自分のことを知りたいというオーラを出しているからであって。そんな女性の気持ちを読み取ることは、さほど難しいわけではありません。しかも、それだけオープンなのだから、相手の性格を見抜くこともそれほど難しいことではないと思うんですよ」
と、占い師は言った。
「でも、女性が潔くて、男性の方が女性に比べて、女々しい面を持っているともお考えないんでしょう?」
「確かにそれはありますね。その発想はあくまでも女性が何かをする時にはすでに自分の気持ちが固まっているという前提に則った形で考えているからです」
「でも、人それぞれだって言ってましたよね? ということは、これは個人的な意見なのか、それとも一般論なのかということになりますが、いかがでしょう?」
「私はこれを、一般論だと思っています。少数意見かも知れませんが、それはこういう発想を持つ人が少ないというだけで、人に話せば、結構『なるほど』と言って納得される方も多いと思います。それは自分の中で無意識に意識されているからではないでしょうか? 確かに人に言われて感じるのであれば、そこに信憑性の有無は考慮すべきなのでしょうか、私にはそれ以前に無意識であっても意識しているということが大切なのではないかと思うんです」
「なるほど、一般論というのは、人に言われて納得することであっても、最初からその人の意見だということになるわけですね。それは私も同じだと思いますが、そこに誘導が含まれていなければいいと思うんですよ」
「そこを誘導するとなると、洗脳などの話になって、少し話の主旨が変わってくるのではないかと思いますがどうでしょう?」
「その通りだと思います。カルト宗教などの洗脳などがその一つの例ではないかと思いますね」
と新垣がいうと、
「占いをカルト宗教などと一緒にされても困る気がしますが」
「もちろん、一緒になどはしていませんが、占いというのも、どこか気持ちを誘導するところがあるのかも知れないと思ってですね」
新垣は、失礼だとは思いながら言った。
すると占い師は、そんなことは分かっているとばかりに、やたらと冷静である。そんな横顔を見ながら、新垣はホッとした気分になっている自分を感じていた。
占い師に自分の行く末を聞いてみようという気は、新垣にはサラサラなかった。だから催眠術に関しても話をするつもりはなかったのだが、なぜ自分から口にしたのか分からなかった。段階があることまで話をしたのだから、きっと新垣に中に話をしたいという何かがあったのだろう。
小説を書く
新垣はつかさと知り合ってから、すぐに彼女を催眠術の実験に使おうなどという気持ちがあったわけではない。知り合った時はつかさを彼女候補だと思ったことに違いはない。彼女とうまくいくのであれば、そっちの方がよかったからだ。
かといって、彼女と仲たがいや喧嘩をしたというわけではない。性格的に合わないとは途中から思い始めた。
作品名:「催眠」と「夢遊病」 作家名:森本晃次