「催眠」と「夢遊病」
「その通りかも知れません」
もし、このセリフを占い師ではない人が言うと、うそ臭く感じられるだろう。しかし、占い師がいうと、胡散臭さはあるが、少なくともうそ臭く感じることはない。
「ところであなたは心理学を研究しながら、催眠術の研究もしている。そんなあなたが、なぜ占ってもらおうなんて思ったんですか?」
「どうしてなんでしょうね?」
新垣としては、この質問は想定外だった。
なぜなら、占い師がこんな質問をするのは、タブーだと思っていたからである。先ほどの話の中にあったように、催眠術と占いとは酷似していると言ったばかりではないか。それなのにこんな質問をするというのは、矛盾していると思ってしかるべきだからである。
「でも、これもあなたは分かっているはずですよね。占ってもらいながら、私から占いの話を引き出そうとした。私も分かっているから、あなたの話に乗ったわけです。ただこれは分かっているということの自慢ではなく、分かっているということをまず大前提にしないと、話が先に進まないと思ったからです」
「ひょっとして、あなたは占いだけではなく、催眠術の方にも造詣が深いのではありませんか?」
新垣は、
――この質問には勇気がいる――
と思ったが、敢えてしてみることにした。
しかし、相手は臆することもなく答えた。
「ええ、催眠術も勉強したことがありますよ。私も元々は大学で心理学の勉強をしていましたからね。そういう意味では私はあなたの先輩なのかも知れません」
「そうですか、先輩でしたか。じゃあ、私の話も分かって聴いていたというのも理解できます」
と新垣がいうと、
「同じ道を志した先輩だから、あなたのことがよく分かるというわけではないんですよ。どちらかというと、さっきも言ったように、あなたの性格を分かっていませんでした。でも、あなたを見ていると、分かるまでに少し時間が掛かるかも知れないけど、見誤ることはないと思っていましたよ」
「人の性格というのは難しいですからね。やはり見誤ることってあるんですか?」
「ええ、実際にはありますよ。でも、見誤ったまま占っても、意外とそれが当たっていたりするから不思議だけど面白いんですよ。私が占いの道を志したのは、実のところ、そういう心理からなんですよ」
「なるほど、そういうことだったんですね」
「占いも最近術も実際には胡散臭いものです。しょせんは大衆には受け入れられるものではなく、カルト的なものだからですね。でも、それを宗教の類と一緒にされてしまうというのは、あまり気持ちのいいものではないですね」
「宗教をすべて否定するつもりはないですが、少なくともそれが商売と結びつくと、ロクなことはありませんからね。人権問題などとも結びついて悲惨なことになりかねませんからね」
「確かにそうですね。宗教団体に入ってしまうと、家族から離れて、一人で入信するというのがパターンになっていますからね。もし、家族全員が入信したとしても、さらにそのまわりの親戚縁者がいるわけですから、さらに厄介なことになりかねないですよね」
と占い師がいうと、
「でも、人間というのは、最後は一人なので、その人が信じたのであれば、それを妨害することはできませんよね。胡散臭いものだとして家族は心配するんでしょうが、どう考えればいいんでしょうね」
という新垣を見ながら、占い師は少し哀れみを持った表情になった。
「家族の和が大切なのか、それとも個人の気持ちを尊重すべきなのかという問題ですよね。これは難しい問題ですよ。なぜなら、これこそ人それぞれであり、それぞれの事情を考慮しないですべてを一絡げにして対処しようとすると、大変なことになりかねないですよ。、特に絡んでくる宗教団体がどういう団体なのかにもよりますからね」
「ええ、入信した人を隔離して、決して俗世間と途絶してしまうようであれば、家族の心配も分からなくもない。だけど入信した本人も。そのことを最初から分かってのことでしょうからね」
「でも、入信した人の心境が途中で変化しないとも限りません。もし入信した団体から洗脳を受けているとすれば、ひょっとして何らかの拍子にその洗脳が解けてしまうと、我に返って、自分がとんでもないところに来てしまったことに気付くでしょう。宗教団体がもしそのことに気付いて、もう一度洗脳を試みようとしても、一度解けてしまって我に返った人に、再度の洗脳が効くかどうかですね。もし、それが効かなかったとすれば、それはもう拉致監禁の類に」なりますよね」
と占い師がいうと、
「再度の洗脳が効いたとしても、それは虚偽の心理なので、許されることなのか、私は疑念を感じます」
「まさにその通りですね。でも、あなたは洗脳されたわけではなく、自分の意志で入信し、自分の意志で家族から離れて一人でいる人間を擁護したいという気持ちを持っているでしょう? それがあなたの心理学的な考え方だとは言えないでしょうか?」
また占い師に看破された気がした。
「ええ、私は他の人と同じでは嫌だという発想を強く持っています。もし宗教団体が、外から見ているものと、中に入って見るものとで違っているとすれば、それはそれでありではないかとも思うんです。つまり、教祖を中心に一つのことに向かって、まるで洗脳された兵隊のようにただひたすら団体のために生活をしているわけではなく、実際には自給自足を基本としているので、共同作業が目立つだけで、実際には個人の発想が一番だという団体であれば、私は認めてもいいのではないかと思っています。もちろん、その団体が信者にも分からないところで、何かの悪巧みを企てていなければの話になりますがね」
新垣も次第に饒舌になっていく自分に気付いていた。
占いというものも、催眠術に対しても、さらに宗教団体というもの、それぞれを単独で見るのと、一絡げのように見るのとでは、まったく違った見え方がしてくるのではないかと思えてきた。
新垣はすっかり占い師と意気投合した気がしていた。確かに話の内容は基本的には似通った発想であるが、ところどころで違っている。似通ったところは、二人の間でなくとも大抵の人たちにとって共通の意見なのかも知れないと思うと、二人の間に埋めることのできない結界のようなものが存在しているのを感じた。その結界は向こうが見えないというだけで、深いものではないという意識があるが、見えてこないことが恐怖に繋がると思うと、結界という言葉が嵌っているように思えた。
占い師が新垣に言ったことは、
「あなたは、これから催眠術を勉強しようと思っていますね?」
ということだった。
「ええ」
「あなたは、催眠術を研究することで、きっと新たな発見をすることになると思いますが、それがあなたにとっていいことなのか悪いことなのか私には判断がつきません」
と言われ、かくいうこういう会話になったという次第だった。
どうして彼が催眠術の発想になったのか不思議だった。別に何かを話したわけではなかったのに、表情だけで分かるとは、やはり彼も以前に催眠術について考えたことがあると言っていたことで納得した。
それにしても判断できないとはどういうことだろう?
作品名:「催眠」と「夢遊病」 作家名:森本晃次