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「催眠」と「夢遊病」

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 と思うようになった。
 新垣はそんな自分を、舞台のどんでん返しのようなものだと思うようになった。畳が一瞬にして裏返しになって、洋装のリビングが現れる。そんな現象である。
 裏返しになった状況を想像してみるが、新垣は占いというものをどこか誤解していたのではないかと思うようになった。
 夢と占い師という、まったく相容れないもののどこに接点があるというのか、その思いはすでに過去のものだった。
 夢も占いも、自分の意識の中で避けていたところがあった。そのどちらも意識してしまうと、逃れられないものを感じ、逃れられないものというのが、恐怖に直結するという発想を、新垣は感じていた。
 夢を見ていると、もう一人の自分の存在を、いやでも感じるようになる。そして、そのもう一人の自分の存在が、夢を怖いものにしていたのだ。
 夢ともう一人の自分の存在は切っても切り離せないものだという感覚があるため、夢というのが怖いものだと思うのは、一種の三段論法のようなものだろう。
 だが、夢が決して怖いものではないと思うとしても、もう一人の自分を夢の中から抹殺することはできない。
 どちらの優先順位が高いのか、新垣は想像もしていないが、もし夢の中に出てきたもう一人の自分が占い師の格好をしていればどうだろう?
「もう一人の自分が、今の自分を占おうとしている」
 そう思うと新垣は別の発想が生まれた。
「もう一人の自分が今の自分を占ってしまうと、それはもう一人の自分を夢の中から抹殺してしまうことになるのではないか?」
 という思いだった。
 それはまるで自殺行為であり、考えられないことだが、本当にもう一人の自分が自殺を考えているのだとすれば、それは今の自分に乗り移るという発想に基づいているのかも知れない。
 新垣は占ってもらうことにした。自分にとって悪いことであれば忘れてしまえば済むことである。いいことだけを頭の片隅に置いて、それを何かの時に思い出す程度でいいと思っていた。
 新垣は占い師から占ってもらった内容は、それほど悪いものではなかった。むしろ、今の自分の気持ちを代弁でもしてくれているかのように感じたからだ。
「どうして、そこまで分かるんですか?」
「あなたを見ていれば分かります。あなたは占いを信じているわけではないのに、なぜか気になってしまう。それはきっと心理的なところに何か引っかかりがあると思ったんですよ。だから、あなたの目の奥を見るようにしていると、私には何となくですが分かってきた気がするんです」
「占いというのは、そういうものなのですか? 他の人には見えないその人の人生を、身体の部分や運勢で占うものではないんですか?」
「占いにもいろいろありますからね。同じような占いでも、人それぞれで占い方も違う。だから、占い師の数だけ占い方も違うと言えるのではないでしょうか?」
「じゃあ、あなたはどういう占いなんですか?」
「私は、その人の目や顔色からその人をまず見ます。そして話を聞いてみて、直感で感じたその人のイメージに照らし合わせます。ピッタリと合えば、きっとその人のことはある程度まで看破できると思うのですが、占いという意味では本当の占いをすることはできないと思っています。何しろ、ピッタリと嵌ってしまっているんですからね。私ごときの占いがその人の人生を大きく変えると思うと、恐ろしくなります」
「じゃあ、ピッタリと合わない場合は?」
「その時からが私の仕事になりますね。相手の表情や目から見たその人の性格と、話の辻褄を合わせていこうと考えます。そこでやっとその人の性格が見えてくるんですよ。裏の部分も含めてですね。ピッタリ合った場合に占うことができないと言ったのは、、ピッタリと最初に合ってしまうと、その人の裏に潜む本当の性格が見えてこないから、占うことはできないと思うんです」
「じゃあ、占いというのは、その人の奥に潜む本当の性格を把握しないとできないということですか?」
「少なくとも私はそうです。でも、これは私だけではなく、占いの基本だと思っているので、大半の占い師が皆感じていることなんじゃないでしょうか?」
「そうなんですね。私なりに納得した気がします」
「ところで、あなたの場合は心理学に造詣が深いとお見受けしました。しかもその心理学から私どもの占いに興味を持たれたということは、催眠術にも興味を持っているのではないかと思っています。私は先ほど占いについての考え方を言いましたが、催眠術というのも占いに酷似したところがあると思っています。本当の裏の性格、さらにその奥にある潜在意識を呼び起こそうとするのが催眠術だと思っています」
「こう言っては失礼ですが、どうしても占いだったり、催眠術というものには、どこか胡散臭いところを感じさせられるんですよ」
「それは偏見というものですね。占いや最近術が胡散臭いのであれば、心理学というのはどうなんでしょう? 言葉として『学』とついているから認知されているだけのことであって、占いや催眠術の類とどう違うというのでしょうかね?」
 と占い師は、半ば皮肉を込めて言っていた。
 まさしく彼の言う通りである。確かに心理学に関しては胡散臭いという人はいないが、占いや催眠術に対しては偏見を持たれがちである。
「占いも催眠術も、広い意味での心理学には含まれるのではないかと思うんですよ。実際に占いや催眠術を研究している心理学の先生もいるくらいですからね。でも、どうしてもそういう人たちは他の心理学者からは、邪道のように思われているのも事実です」
「私があなたをすぐに占おうとしなかったのは、あなたを見ていて、目や顔色からまずあなたの性格が見えてこなかった。あなたの話を聞いているうちに分かってきたというのが正直なところなんですが、すべてを知ったうえで、あなたと話をしていると、あなたが本当に正直者だということが分かってきた気がします」
「そう言っていただけると嬉しいです。でも、最初は正直者だとは思えなかったということですよね?」
「ええ、あなたの目と顔色から、あなたが醸し出す雰囲気が合っているようには思えなかったんです。それは心のどこかに偽りがあるからに相違ないと思ったんですよ。それが何なのかを探っていました」
「見つかりましたか?」
「漠然としてですが、分かった気がします。でも、それをあなたに言うつもりはありません」
「どうしてですか?」
「あなた自身が一番お分かりだと思ったからです。いまさら私が言ってもそれは後追いの発想で、あなたが一番嫌うものではありませんか?」
 占い師はそう言って、にんまりと微笑んだような気がした。まさしく彼のいう通り、新垣が嫌っているのは、当たり前のことを当たり前に、しかも得意満面の表情をされると、いたたまれない気持ちになるからであった。
「なかなかのご指摘ですね。まさにその通りです」
 と言って、新垣も笑みを浮かべると、
「私にも似たところがありますよ。ひょっとすると、心理を研究する人間は、大なり小なり、そういうところがあるんでしょうね。自分を普通の人間だという意識を持ちながら、他の人と同じでは嫌だというところが結構強く持っている。そんな自分たちを世間は認めてくれるものではないですよ」
作品名:「催眠」と「夢遊病」 作家名:森本晃次