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「催眠」と「夢遊病」

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 小学生の頃から、オーラを持った人間はどこにでもいるもので、その人に人が集まってくるのは当たり前のことで、輪の中心が決まってしまうと、そのまわりには取り巻きが出来上がり、取り巻きにさえ入り込めない人は、その他大勢として、集団の中で中心に食い込むことはできなかった。
 それでもいいと思っている人はいいのだろうが、新垣にはそれができる性格ではなかった。
「輪の中心に入れないのであれば、そんな輪の中にいる必要もない。そもそも、輪の中心に行く必要が自分の中のどこにあるというのか」
 と新垣は考えていた。
 一人でいることを孤独というのであれば、孤独であっても、それは悪いことではないと思うようになっていた。
 それが新垣の性格をつかさどっているのだろうが、それは子供の頃から両親を見て育ったことに大きな影響がありそうだ。
 小学生の頃から両親を見ていていたたまれない気分になることは結構あった。特に母親の姿は、見たくないと思っても目に入ってくるものであり、近所の輪の中に入れない母親を見ると、最初の頃こそ、
「情けない」
 と思っていたが、奥さん連中の姿を見ていると、
「あんな連中の中に入る必要なんかないんだ」
 と思うようになるまでに、それほど時間が掛からなかった。
 あれはいつだっただろうか? 奥さん連中の間でちょっとした事件があったことがあった。
 それは、新垣の母親をも巻き込んだことであったのだが、新垣はあまり大きな事件のように感じなかったのはなぜだったのだろう?
 事件というのは、一人の子供が夜になっても家に帰ってこないことだった。
 その子は小学校三年生。元気な子供で、いつも公園で遊んでいたので、行動パターンはいつも同じこともあって、親としても、そこまで心配をしているわけではなかった。
 親も放任主義だったようだ。だからこそ、子供がのびのびと遊んでいて、それが一種の街の平和を表しているかのようであった。
 実際に街で何か事件が起きたことなどほとんどなかった。公園から子供がいなくなるなどということは皆無であり、文字通り、
「平和な街」
 だったのだ。
 今は珍しきなった駅前の商店街も、当時はまだ賑やかで、その頃から郊外に住宅街ができあがっていて、近くの丘がちょうど、分譲住宅の建設に向いていた。
 住宅街が区画整理されるのと並行して、学校やショッピングセンターの建設も活発になっていき、住民が増えるよりも早く学校やショッピングセンターの建設ができあがってしまったことで、まだまだ街としては閑散とした時期が続いていた。
 新垣が引っ越してきたのは、ちょうどそんな頃だった。
 分譲住宅の建設も、まだまだ歯抜け状態で、学校も一学年に三クラス程度の小規模なものだった。
 公園も閑散としていて、子供が遊んでいる姿もまばらだった。そういう意味では新垣もまだまだ友達を作ることもできず、学校でも静かだった。
 だが、学校で静かだったのは新垣だけではない。クラス全体が静かで、先生も授業をやりやすかったと思っていたが、実際にはどうだったのだろう? 反応のない相手に対して教えるというのも、やる気が出るはずもなかっただろう。
 近所の奥さん連中などというのは、その頃には存在しなかった。そもそも近所などというのは存在しなかったからだ。結構早い時期の入居だったので、数軒行かなければお隣さんに辿り着けなかったのだ。
 普通に考えれば、先住民の力が強いというものだろうと思うのだが、後から入ってきた人たちが活発であれば、その人たちがパイオニアになってしまって、元々の先住民に意識がなかったのであれば、支配されても仕方のない状況だったのかも知れない。
 実際に新垣一家には、まわりをまとめるという力もなければ、力がないのだから、意識があるはずもない。後から入ってきた人たちが、
「これなら、私たちで支配できるかも知れない」
 と思われたとしても、それは仕方のないことだ。
 後から来た人に横入りされてしまったようなものだが、元々ルールがあったわけではない。最初から入ることができたわけなのに、入ろうとしなかった方が悪いのだ。
 そのことを中学時代の新垣には理解できなかった。
――どうして、横入りしてきた連中に支配されなければいけないんだ――
 という理不尽な思いに抱かれた。
 だが、これは当たり前のことであり、
「結果というのは、行動した人にしか現れないものだ」
 と、今では実感するが、中学時代の自分には、そんな意識はなかった。
 近所の奥さん連中が輪を作って、自分たちがその中心に入ったことを、他の奥さん連中は渋々と認めていたのだろうが、新垣の母親は認めることができなかった。
 他の奥さん連中は、
「長い物には巻かれろ」
 という意識からか、輪を構成しる端の方を形成するようになっていた。
「取り巻きのさらに取り巻き」
 新垣の母親は、そんな屈辱に耐えられなかったのだろう。
 他の奥さんたちが、
「新垣さんも大人しくしていた方がいいわよ」
 と、長いものに巻かれるよう促されたが、
「私には、できないわ」
 と言って、輪に入ることを拒んだ。
 それ以来、母親は近所の奥さん連中からは完全に孤立してしまったが、母親が毅然とした態度を取ったのはその時が最初で最後だった。
「あの奥さん、何を考えているか分からないわ」
 というウワサを立てられやこともあったが、そのウワサの根源が、母親に長いものに巻かれるように促した奥さん連中だったのだ。
 きっと、裏切られたとでも思ったのだろう。それとも、輪の中心にいる奥さん連中あたりから、
「あの奥さんを村八分にしないと、あなたたちも同じ運命よ」
 というようなことを言われたのかも知れない。
 だからと言って、母親を村八分状態にしてもいいのだろうか?
 母親もこれと言って何も言わない。それはそうだろう。最初に啖呵を切るかのように絶交場を叩きつけたのだから、自分に発言権がないことは分かっていたに違いない。
 もっとも、その時の母親は、すでに覚悟をしていたような気もする。すでに自分から無視されていることを自覚し、孤立をどのように感じながら過ごしていくかを考えていたのだとすれば、それはそれで潔いと思えた。
 新垣は母親を見ていて、母親がそこまで潔い性格だとは思っていなかった。父親もそんな母親を見て見ぬふりをしているようだし、両親ともに、お互いを詮索しないようにしていたのかも知れない。
 事件が起こったあの日、一人の奥さんがおかしなことを言い始めた。
「新垣さんの奥さんが、確かいなくなった子供に話しかけていたようだったわよ」
 ということだった。
 警察に聞かれてそう答えたのだが、母親も寝耳に水で、事情聴取のために警察に連れていかれたが、まったく身に覚えのないことだったので、何も答えようがなかった。
 警察としても、一人の奥さんの証言だけなので、拘留というわけにもいかずその日のうちに帰されたが、母親は少しの間、それがトラウマになっていたようだ。
作品名:「催眠」と「夢遊病」 作家名:森本晃次