「催眠」と「夢遊病」
――きっと私への毒舌を、敢えて口にしなければならないという苦悩を、苦笑いという形で示してくれているだわ――
と、彼女に対してはあくまでも、擁護する姿勢をしめしていた。
だが、彼女はつかさのそんな気持ちを分かっていた。分かっていて、何も言おうとはしない。彼女はつかさに対して自分の気持ちを言わないことがベストだと思っていたのだが、その本当の理由をつかさは知らなかった。
つかさは、相変わらず、まわりの人間が自分よりも優れていると思い込んでいるようだ。そのことを彼女はすぐに看破した。彼女がつかさと仲良くなったのも、その感情が彼女に大きな影響を与えたのだ。
――この人はどうしてこんなに自分を隠そうとするんだろう?
と、子供心にそう感じていた。
子供と言っても、小学生の六年生の頃だった。まだ思春期にまでは至っていなかったが、つかさの方は、そろそろ思春期に差し掛かろうとしている時期だった。
友達の方は、晩生なのだろうが、思春期に差し掛かったのは、中学に入ってからのことだった。
だから、思春期に差し掛かったつかさが、それまでと少し変わってきたことを彼女は微妙に感じ取っていた。
だが、つかさには彼女が、
「お姉さん」
のように感じられた。
思春期に入ったのはつかさの方が早くて、その分、身体の発達もつかさの方が早かった。胸が膨らんできたことを気にしていたつかさに対して、
――どうしてそんなに気になるんだろう?
と、まだ幼児体系だった友達は純粋に疑問に感じていた。
その分、気持ち的なことはつかさ本人よりも彼女の方が敏感だったようだ。肉体的なことが分からない分、つかさへの気持ちに敏感になっていたのだ。
つかさが、大学生になるまで、彼氏を作ろうとしなかったのは、
「彼女がいるから、彼氏はいらない」
とつかさが感じていたからだ。
彼女の方とすれば、結構嫉妬深いために、つかさに対して、
「彼氏なんか作ったら、あなたとは絶交よ」
と口ではここまで厳しいことまでは言わなかったが、態度や視線での圧力が結構激しかった。
まわりには彼女のイメージがそこまで圧力を感じないが、まわりに気ばかりを遣っているつかさにとっては、少々の圧力でも、かなり辛いものになっていたようだ。
それは彼女を増長させた。つかさを友達として独り占めすることで、彼女にとっては、実に都合のいいことだった。少なくとも友達になってから、大学二年生になる今くらいまで、まわりに迷惑っを掛けることもなく、つかさに対していい影響力を与えていたのだから、お互いのためにもよかったというべきであろう。
今回、合コンでつかさが新垣と知り合ったのを、今までの彼女であれば、嫉妬深さからか、その仲を引き裂くような態度に出ることもありえたであろう。
しかし、今回、新垣と知り合ったことを、彼女は悪いことだとは思わないようになっていた。
一番の理由は、つかさに対しての見え方が変わってきたからであろうか。今まで利用してきたことで、自分がつかさと離れられないということを、自分にとって悪いことではないとずっと思っていた。
しかし、最近になって、今まで自分がつかさしか見ていなかったことにいまさらながらに気が付いた。
つかさにとって彼女の存在以外に何か見えているように見えたからであろうか。彼女もつかさが何を見ているのか、その先を見ようとしたのだが、見ることができなかったのだ。
つまり、
「つかさが見えるもの、感じるもの、そのすべては自分には分かっていることなのだ」
という意識がありすぎるくらいに持っていた。
だから、つかさの態度が少し変化したことに気付いたのも、そんな自分だからだと思ったのだし、まわりが見えているのであれば、見えていることも自分にも見えているはずだと思っていたことが、実際には見えないということに気が付いて、愕然としたのだ。
まるで今までの自分を否定したように思った。
これまでの人生の半分は彼女の人生を自分が操っていたような気がして、その人生に満足していたのだが、よく考えてみると、彼女を見すぎたことで、自分を顧みることがまったくなかったことを思い知らされて愕然としてしまったのだ。
彼女が愕然としているのに、つかさの方は、彼女ほど深刻な気持ちになっていないことを考えると、二人だけの貴重だと思った時間を彼女は、
「かけがえのない自分」
と思い、充実した時間だと思い込んでいたが、その思いが今では、
「ただ駆け抜けていった時間」
と感じてしまい、
「無駄だったのではないか?」
とまで思うようになってしまっていた。
つかさがそこまで感じていないことに、彼女はかなり今までの自分を思い返して、その時間を後悔してしまっていた。今まで自分の人生を後悔したことなかっただけに、どのように今の状況を理解すればいいのかよく分からなかったのだ。
つかさ以外の女性を見ればいいのだろうが、ここまでつかさしか見ていなかったことで、他に目を移すのが怖くなっていた。それはつかさに対しての絶対的な優越感が自分の中の自信のすべてになっていたので、いまさら他に自分の自信を移すことが怖いと思うのだった。
実際に自信というものを取り戻すことができるのか?
いや、そもそも今まで自信だと思っていたことを本当に自信と言えるだろうか。
自信を持つということに絶対的なものを感じていたことが、自分にとっての自信だった。だから、その根本になる自信だと思っていたことが瓦解するということは、どういうことなのか、彼女は自分が堂々巡りを繰り返しているのを感じた。
彼女は、自信ということに対して、堂々巡りを繰り返しているということに気付くと、堂々巡りが自分の中で切っても切り離せないことだと気が付いた。
このことに気付いたのは、何を隠そうつかさが合コンで、新垣と知り合ったことだというのも実に皮肉なことではないだろうか。
つかさの態度を見ていると、新垣の背中を見つめているつかさの背中を、自分が見ているのを感じたからだ。
今までつかさの背中など意識したことはなかった。つかさが自分の背中を見ているだけで、決して自分がつかさに背中を見せるということなどないと思っていたからだ。
相手がつかさだからというわけではないが、ある意味、自分が自立することができるタイミングがあるとすれば、つかさが新垣と知り合ったということは絶妙のタイミングだったのかも知れない。
彼女がつかさから離れるということは、一種の独り立ちになるのだが、彼女はその自覚はなかった。どちらかというと、今まで利用していたつもりのつかさっから自分お方が離れるという感覚なのだが、つかさにとっても自分にとってもそれがいいことであると、彼女は思っていなかった。
だが、今まで感じたことがなかった男性への思い、それを感じていると、今まで感じたことのなかった恥じらいやいじらしさを自分に感じるようになった。
恥じらいは別であるが、自分の中にいじらしさなど存在しているかど思ってもいなかったのだ。
彼女はどちらかというと自分が童話などに出てくる、
「意地悪なおばさん」
のような存在ではないかと思っていた。
作品名:「催眠」と「夢遊病」 作家名:森本晃次