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魔法のエッセンス

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 と、本当に残念がっていた。
 真美はその気持ちも分からなかった。自分のことでもないのに、どうしてそんなに人のことを考えられるのか? それが先生という職業だからなのだろうが、人の成功を影で助ける役まわりは嫌だった。また、影で支えるだけなら百歩譲って許せるが、自分が表に出るというのは、許せなかった。
 それはプライドの問題なのか、それとも人がちやほやされるのを見るのが耐えられないのか、きっと後者であろう。
「プライドなんて、いくらでも捨てられるわ」
 と、真美は思う。それよりも、目の前の成功者を、指を咥えて見ていなければいけない気持ちは、情けなさに通じるものがある。それを思うと、
「本当にお父さんに似たんだわ」
 と、思うのだった。
「俺は、出世は望まないけど、何かの賞を貰えるようなものには、貪欲に挑戦したいと思うんだ」
 と言っていた。
 ただ、才能がないのか、努力が足りないのか、賞を貰えるような功績は、今のところ何もなかった。
 そういう意味では、学生時代にコンクールで何度も入賞している真美は、
「本当にお父さんの娘なのかしら?」
 と、思うほどだった。
 そういえば、真美が賞を受賞したと言った時の松田の表情は、明らかに困ったような顔だった。分かっているつもりだったが、露骨にそんな顔をされたのでは、がっくりくるのもしょうがない。相手が父親であっても、優越感を感じることができるのは、父親と性格が似ているからではないだろうか。
 真美が美大に進まないと言った時、実に複雑な表情を父はしていた。もっともその表情は想像していたものとさほど変わりのないもので、本当に似た者親子だと再認識させられた。
 短大に進んだ真美は、そこで、文章を書くことを覚えた。小説を書くことだが、
「真美は絵の才能があるんだから、どうしてそっちに行かなかったの?」
 毎度おなじみの質問に半分ウンザリしながら、
「だって、プロになる気なんて、さらさらないから」
 と、あっさりと答えた、
 下手をすると、プロを目指して一生懸命に絵を描き続けている人に対しての冒涜になるのだろうが、真美は、それが自分の生き方なのだからと思って、気にもしなかった。
 確かに才能があったり、実力が開花したりすると、まわりの期待は大きくなる。
 だが、その期待というのがどこから来るものなのか、真美には分からなかった。
「自分が目指すものでもないのに、他人に期待するというのは、どういうことなのだろう?」
 プロになって、商品価値が生まれると、そこからは関わった人はビジネスとして、関わり続けなければいけないのだろうが、まだ商品価値があるわけでもないのに、期待するというのが分からない。
 そういう意味では、まわりが勝手に期待しているだけなので、プレッシャーなど感じる必要などないのだろうが、真美は感じていないつもりのプレッシャーが、勝手にのしかかってくるように思えて仕方がない。
「謂れのないプレッシャー」
 これほど面倒臭いものはない。
 だから、自ら身を引くのが一番なのだ。
 かといって、絵を描くのをやめたわけではない。一人で趣味として描いては、相変わらずコンクールに応募したりしている。入賞することもないが、趣味としてやっている分なので、真美は満足だった。
 短大で覚えた小説を書くことは、絵を描くよりも簡単なことだと、最初は思っていたが、想像以上に難しいものだった。ただ、自由な発想で、ただ書き続けているのが楽しい。絵画との共通点は、
「真っ白い何もないところに、一つ一つのマスを埋めていくようなところだ」
 と思っている。
 真美は短大で、サークルに所属しているわけではなかった。一人で勝手に小説を書いているだけなのだが、友達に話すと、
「私も、高校時代に、少し小説を書いてみたことがあるのよ」
 と、言っていた。
 どうやら、大なり小なり誰もが高校時代に、何かしらの芸術に親しむことをしてきたのではないかと思った。
――いや、それとも似た者同士が集まるようになっているのかも知れないわ――
 これも、真美の考え方の一つであった。
 性格的に似た者同士が、何か惹き合うものを持っている。自分か相手のどちらかが、必ず気付くものであって、相手は、意外と気づいていない。相手に声を掛けられて初めてお互いに惹き合うものがあることに気付く。そんな関係が存在するのだと思っているのであった。
 小説を書いている友達は、学生時代に書いたものを見せてくれた。
 ファンタジーが一番近いジャンルなのだろうが、ジャンル一つにまとめてしまうには、あまりにも曖昧な内容になっていた。だが、真美はその話を読んだ時、
「私が書きたいと思っている小説は、こういう路線なんだわ」
 と感じた。
 プロになって、やっていこうとするのであれば、売れる小説を書くことが不可欠なのだろうが、趣味として続けていく分には、如何様にも好きに書くことができる。
 友達の小説は、既製の形にこだわらず、自分独自の「味」を醸し出している。真美も自分独自の「味」を出すために、いろいろな小説を読み込み、好きなものを選りすぐり、自分独自のワールドを作ることに専念していきたいと思うのだった。
 小説の挿絵に自分の描いたイラストを載せるのも楽しみなことだった。最初はサークルに所属せずに一人で書いていたが、それでは、発表の機会がない。そこで、文芸サークルに籍を置き、そこから発行している機関誌に自分の作品を載せるようにした。
 サークル活動は、ほとんど自由参加で、ほとんどの部員が、アルバイトとの併用になっているので、まとめるのが却って大変かも知れない。一応、部長はいるが、大変ではないような運営にしていることで、イベントとしては、機関誌発行が主だった。
 部長の目標は、編集の仕事に就きたいということだったので、機関誌発行は、その勉強としては持ってこいだ。部員の作品を読んで、発行に際して問題のありそうな部分だけは編集していた。もちろん、作者了承の上でである。
 真美は自分が芸術に親しまれながら、毎日の生活が送れていることに満足していた。短大に入学したのは、こんな学生生活を送りたいと思ったからだ。そういう意味では充実した学生時代だと言えるだろう。
 小説は、さすがに絵画の時と同じように入選することはなかったが、絵画よりも面白いと思っている。
 絵画が、目の前にあるものを忠実に描くものであれば、小説は、自由なイメージだ。絵画でも空想画であれば、自由な発想であるだろうが、真美は普通の写実であった。
 小説もノンフィクションもあれば、フィクションもある。真美は小説を書く時はノンフィクションを書くことはない。ノンフィクションにするくらいなら、小説を書くのをやめようと思っている。
 絵画にしても、空想画を描くくらいなら、最初から絵画などしていないだろう。同じ芸術でも描き方を自分なりに決めていることで、より自分にふさわしいものを見つけようとしているに違いない。
 ただ、写実の絵画を描きながらでも、小説をかじったことにより、
「目の前にあるものを忠実に描くだけではなく、時には、大胆に省略することもあるのが、私の作風なのかも知れないわ」
作品名:魔法のエッセンス 作家名:森本晃次