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魔法のエッセンス

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 真美は、結婚相談所に登録して、時々デートをしている父親を知っていた。それに関しては、まったくのだんまりを決め込んでいた。何も聞かないし、口出しもしない。実際に、まったく意識していなかったと言ってもいい。
 父親のことだから、まずうまく行くことはないとタカをくくっていたのかも知れないが、その想像は間違っていなかった。ただ、優子に関しては、なぜか気になるようになっていくのだが、最初に松田が出会ってから、松田の様子から、結婚相談所以外で知り合った人がいることに気付くまで、相当早かったのである。
 それだけ父親をいつも見続けているからなのか、それとも、父親が自分を見つめる様子に何らかの変化を感じたのか、そのどちらにしても、真美の勘の鋭さを示している。真美は、松田が思っているよりも、かなり勘の鋭い娘だったのだ。
 真美は、時々自分が分からなくなる時があった。普段はしっかりしているのだが、時々言い知れぬ不安に襲われる時があるのだ。
「勘の鋭さが邪魔しているのかも知れない」
 と、感じるが、それだけではないことに、まだ気付いていなかった。
 真美には彼氏がいた。名前を勝則という。勝則は、そんな真美を最初から分かっていた。分かっていて付き合っていたのは、
「真美のことを一番理解できるのは、自分だ」
 と思っていたからだ。真美と付き合いだしたのも、元々は真美が勝則を好きになって、付き合ってほしいと告白したからである。
 それまで、女性から告白されたことなどなかった勝則だった。勝則のまわりに女性の影はあまりなく、男性からも、女性からも、勝則が女性と付き合っているイメージを持つ人はあまりいなかった。
 勝則が、女性を近づけないストイックなタイプに見えるからではなかった。ただ、女性と一緒にいるイメージが誰の頭にも湧いてこないのだ。一つの集団があれば、集団の中には一人くらい、そんな人もいるかも知れない。勝則が希少価値的な人間であることには違いなかった。
 だが、そんな勝則を好きになるというのは、真美も相当変わった性格なのかも知れない。誰も近づこうとしない人に対し、自分から告白して、付き合うようになったのだ。
――勘の鋭さが、何かを教えたのだろうか?
 と、真美は考えていた。
 勝則は、最初、真美が信じられなかった。
――何という物好きもいるものだ――
 と思ったが、好きになられて、素直に喜ばない男性もいるはずがない。勝則も次第に真美に惹かれていき、徐々に心をまわりに開いていくようになった。
 そのせいか勝則は、まわりに存在感を与えるようになっていた。不気味な存在というイメージは少しずつ消えていき、真美との仲もまわりから見て、次第に違和感がなくなっていくようだった。
 勝則を好きになる女性も出てきた。それは真美の計算外でもあった。他に誰も好きになるはずのない人を自分のものにして、しかも、女性と付き合ったことのない相手なので、いかようにも自分の好きにできるという計算もあったのだ。
 計算が狂ったというよりも、逆に嬉しくもあった。なぜなら、自分と付き合うことで、彼が他の人にモテるほど、性格が変わったということだからだ。
 ただ、勝則は、自分が変わったという意識はなかった。そこが真美の、
「もう一つの計算外だった」
 それでも、積極的な性格は、真美にとって長所だった。積極的ではあるが、決して押しつけではない。誰もが躊躇してしまうことを、真美は行動に移すのが早いということだった。
 そのことを分かっているから、勝則も真美には心を開いたのだ。
 勝則は、人間不信に陥った時期があった。あまり社交的ではない性格を、子供の頃から、苛めの対象にされていたからで、次第に人間不信に陥っていったのだった。一気に陥ったわけではなく、徐々に陥っていったので、少しだけ心を開いたとしても、全面的に心が開けたわけではなかったのだ。
 真美は、その方がよかった。他の人が、どこまで勝則のことを理解しようとしているか分からなかったが、結局のところ、理解は難しいだろうと思う。
「この人のことは、自分だけが理解しているんだ」
 と思いたい気持ちが、真美の中では満々だった。それが勝則に告白してでも、手に入れたいと思った相手だった。
 ただ、真美の中でも、勝則の他の人にはない、少し変わった性格は理解できなかった。表に出ている部分だけを見て、分かるものではなかった。それだけ、勝則が表に出している性格が絶対的な判断に必要なほど、あるわけではない。
 真美自身、自分の中の性格で分からないところがいくつもあった。勝則と付き合っていれば、それがどんなところなのか、分かってくるような気がした。
「人のふり見て……」
 ではないが、自分を見つめなおすという意味でも、勝則は、大切な人に思えてきたのだった。
 真美が勝則と付き合っていることを、松田は知っていたが、
「娘が選んだ相手だから」
 ということで、あまり気にしていなかった。
 真美が自分に似ていて、
「真美は、誰もが好きになる人を選ぶよりも、人があまり気にしない人を好きになる性格である」
 ということを、知らないからあまり気にしていなかったのだ。しかも、離婚経験のある両親の娘である。もう少し気にしていてもいいのかも知れない。
 真美も父親が、結婚相談所に登録していることは知っていて、なかなかうまく行かないことも知っていた。だが、そんな中で、優子と知り合ったことまでは知らなかった。
 真美は優子自身を知ってはいた。通勤路である駅まで行く途中にある花屋さん。何度か立ち寄ったことがあるからだ。
 そこにいる三人の店員さんで、一番気に入っていたのが、優子だったのだ。真美から見ると、優子はまだ二十代後半くらいに見えて、お姉さんの雰囲気だった。まさか父親が気に入っている女性で、年齢も父親に近いなど、想像もしていなかった。
 優子の方も、真美がまさか、松田の娘だなどと思ってもみない。松田に娘がいることは知っていたが、これほど身近な相手だと、思わなかったからだ。偶然というべき出会いは、どこで、どうつながっているか、分からないものである。
 真美は、このお店でお花を買ったことがあった。
「今日は、お父様への贈り物ですか?」
 優子が優しく声を掛ける。
「ええ、たまには娘らしいことをしたいと思いまして」
 と、しおらしいことを言う。確かに家に飾るためのお花があるといいと思っていたが、目的は優子と話をすることだった。年齢的に近いと思っていたが、どこか頼りがいのある雰囲気は、母親を思わせた。それもやはり勘の鋭い真美ならではなのかも知れない。
 ただ、この時、真美は優子にただならぬ雰囲気を感じていた。それは何なのか想像もつかなかったが、どこか惹かれるものがあるのだ。
――女の勘――
 と、自分の持って生まれた勘の鋭さが、何かを教えるのだった。ただならぬ雰囲気とは、見た目からは感じられない妖艶なもので、ギャップだと言ってもいいだろう。
作品名:魔法のエッセンス 作家名:森本晃次