小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

魔法のエッセンス

INDEX|51ページ/52ページ|

次のページ前のページ
 

 そう思うと、優子も納得ができた。そして、涙が出てきた瞬間、優実の思いが伝わった気がしてきた。さらに、心の中に共鳴するものがあったのだが、それが初めて自分の中に弟の存在を感じた一瞬だったのだ。
 優子の死と、弟の存在を感じた瞬間。その思いが優子の記憶の中で、一つの結論に結びつけるものがあった。
 だが、記憶が本当に時系列に伴うものだとは言い難いかも知れない。
「今から思えば……」
 という記憶は、結構都合よく作られていることがある。時系列で冷静に並べてみると、辻褄が合っていないところを強引に結びつけたところもあるからだ。
 肝心なことはこうやって思い出すことができるが、ほとんどは、物忘れが激しくなった最近では、おぼろげな記憶しかない。
 物忘れが激しくなる瞬間というのはあるようだ、
 ハッキリとはしないが、自分の中にある記憶の中で、物忘れが激しくなった瞬間というのを思い出すことができる。
 その瞬間は、最初からその日は、忘れてはいけないことがあったはずなのだ。そのことを忘れてしまった。肝心な時に思い出せなかった。だが、そのあとになって、
「しまった」
 と、後悔させられる。その時に初めて、物忘れが激しくなったことを悟ったのだ。
 忘れてしまったわけではない。心の片隅にあって、肝心な時に思い出せない。それが、物忘れだと、優子は思っている。
 完全に忘れてしまうなどということは、よほどのことがない限りありえないだろう。完全に忘れてしまうのは、記憶喪失でもなければ、あとは、記憶の奥に封印されてしまっているのだ。
 いつ、どういうきっかけで封印されてしまうのかは、その時々によって違ってくるだろう。だが違ってくる中で、時系列がバラバラになってしまうので、思い出す時に、苦労するのだろう。
 物忘れが激しいということは、本当に忘れているわけではなく、思い出す時に苦労するからなのかも知れない。そこには時系列の存在が不可欠で、記憶という装置を、使いこなせなくなってしまったのだろう。
 ある意味、整理ができていないからなのかも知れない。記憶という領域にはたくさんのものがあり、
「捨てる」
 という概念が、別の場所に封印されるのを助けることになるのだが、捨てる行為自体に、抵抗がある。
 確かに昔から整理整頓が下手で、その理由が、
「捨てることができないからだ」
 と思っていたが、それが物忘れに影響しているとは思ってもみなかった。
――女性は、整理整頓に長けているのが本当だ――
 と思っていたが、その思いが、余計に優子の中で反発を招いているのかも知れない。まわりの理屈を、勝手な思い込みとして自分の中にしまい込んでしまうと、そこから先は意固地になってしまう。物忘れの激しさは、その代償のようなものではないだろうか、優子の悪いくせの一つだった。
 優子にとって、優実の死が、その後の自分の人生にどのような影響を及ぼすか、想像もしていなかった。しかも、二十年近くも経ってからのことなので、なおさらである。
 今度の結婚に踏み切った優子の背中を押したのは、優実だっただろう。だが、そこには自分の中にいる弟の存在を無視できなかった。弟も悪い結婚ではないと思ってくれたに違いない。
 優子は、最近、少し自分の周りに起こっていることが、昔に感じたものと似てきたように思えてきた。
「昔のことを思い出すのが頻繁になってくると、年を取った証拠だというが」
 まだ五十歳で、そんなに年を取ったという感覚はない。だが、結婚したことで、優子は今までずっと自分が容姿同様、若いのだと思っていたところに、さらに落ち着きを感じるようになったことで、年相応になったのではないかと思うようになった。
 実際に、結婚してからというもの、鏡を見ると、自分が実年齢に近づいてきていることを感じていた。
――まさか、このまま一気に年を取っていくのかしら?
 と、思うようになると、結婚するということが、自分から若さを奪うことになるのだと言えなくもなかった。
 真美と身体を重ねたあの時から、まだ数か月しか経っていないのに、顔も身体も一気に数年年を取ったかのようになっていた。
――何かの呪縛が解けたのかしら?
 今まで実年齢よりも若かった分、今度は身体が実年齢に耐えられなくなったのであろうか、優子は自分が怖くなった。
 だが、まわりの人は、そんなにビックリした様子はない。それまで若く見えていた人が急に年を取って見えるようになったら、ビックリするはずなのに、誰もそのことを指摘しようとはしない。指摘しないまでも、訝しい表情になってしかるべきだ。それが誰も気づかないということは、身体の衰えを知っているのは、自分だけということになる。
――まわりの視線と、自分で感じていることに差があるのだろうか?
 今まで若く見えていたのも、本当は自分だけが感じている錯覚で、実際には、年相応に見られていたのかも知れない。
 ただ、中には、年よりも若く見えることを指摘してくれた人もいたが、あれは、ただの社交辞令だったのだろうか?
 いや、そんなことはないはずだ。
 少なくとも、松田と真美は、それぞれの目で、若く見えると言ってくれたではないか。それが実はその時に感じただけだったのかも知れない。それ以上触れることはなかったからだ。
 そう考えれば、松田が結婚してから優子を抱かないのも分からないわけではない。ただ、身体目当てで結婚したはずではないのに、男の人の心境というのは分からない。最初から若く見えていなければ、結婚しても愛しあうことに抵抗はなかったはずだ。松田は、無意識のうちに、優子の実年齢と、肌年齢の差を見知っていたのかも知れない。
 優子は、最近特に優実と弟のことを思い出し、二人のことを考えている時間が多いことに驚いていた。考え事をしているかと思うと、それはいつも二人のことであった。優実も弟も、優子をじっと見守っていながら、その実、意識させる力が増してきているようだった。
「私にとって、あの二人は一体何なのかしら?」
 死んでいった二人、その二人ともの、死の瞬間に立ち会えなかったことを、後悔している気持ちがいつも頭の中にあり、それが無意識に二人を考えてしまう理由になってしまっているようだ。
 優子は、この世での松田、真美親子と、人生を全うすることを楽しみにしていた。それなのに、弟と優実の存在が優子の意識の中で大きくなっているということは、何かの警告だと考えられないだろうか。
 二人が、今さら優子の人生に関わってくるということは考えにくい。すでに五十歳近くになっている優子は、昔の優子と違って、後の人生をゆっくり、そして余裕を持って生きようという気持ちが大きくなっていただけに、それを邪魔するようなことは、意味がないような気がした。
 心に問いかけても、二人は何も答えてくれない。
 そういえば、今までも二人に対して、心の中に問いかけて、答えてくれたことがあっただろうか?
作品名:魔法のエッセンス 作家名:森本晃次