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魔法のエッセンス

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 存在だけは意識できて、問いかけることはできるのだが、それに対しての答えは、一切返ってくることはなかった。一方通行になっているのだが、優子が想像していることで、明らかに違っていると思われることに対しては、心の奥から、警鐘が鳴った。知らせてくれているのだが、答えを教えてくれるわけではなく、自分で考えないといけなかった。
 ただ、今回の優子は、少しゾクッとしたものを感じた。
 それは、昨日、花屋で仕事をしていた時のことだった。
 いつの通りに、朝の開店準備をしながら、ホースで表に水をまいていた時のことだった。
「おはようございます。まだ早いですか?」
 その日の優子は、何か気持ちがウキウキしていた気がしたので、不謹慎ではあったが、鼻歌を歌っていたのだ。
 鼻歌が聞こえたのか、話しかけてきたのは、一人の女の子だった。彼女は、まだ高校生くらいだっただろうか。ちょうど、優子は自分が、お花に興味を持ち始めた頃だったのを思い出していた。
「大丈夫ですよ」
「よかった」
 というと、彼女は、真っ赤な色の花に興味を持っているようだった。じっと見つめるその先に見えているのは何なのか、優子には分からなかったが、遠い記憶の中で、同じように真っ赤な花に見とれて、目を瞑ったまま、意識が飛んでしまったのを、急に思い出したのだ。
「あの時の意識はどうしたのかしら?」
 女の子を見ながら、独り言のように呟いた。
 女の子はニコニコと笑いながら、優子を見上げた。まるで優子の考えていることが分かっているかのように、その瞳は優子を捉えたまま、離さない。あまりにも清純に見えるその表情は、まだ世間を何も知らない少女であり、あの時の自分がまさしくそうだったことを思い出させたのだ。
 女の子の顔を見ていると、ちょうど高校生の頃は、自分もよく鏡を見ていたことを思い出した。鏡に映った清楚な自分を、いつまでも眺めていた。それがそのうちに、清楚でなくなっていく自分が怖くなり、鏡を見なくなったが、どうしても、化粧をする時だけは見なくてはいけない。それが本当は嫌だったのだ。
 女の子は、
「お姉さんも、赤いお花、好きなの?」
「ええ、どうして分かったの?」
「だって、お姉さんのお顔。真っ赤だから……」
 一瞬、顔から血の気が引いた。
 その言葉を以前に自分が言ったことを思い出したからだ。その時のお姉さんの顔が、本当に真っ赤で、まるで血の色だった。こんなに無邪気に声を掛けられるほど尋常な顔ではなかったからだ。
「どうして、今さら?」
 昔のことを思い出して、これほど怖く感じることなど、今までになかった。
 しかも、なぜ今なのか? それも疑問である。ゆっくり考える暇もない。女の子は無邪気に答えを求めているようで、その視線は熱いものだった。そしてヘビに睨まれたカエルは、ただ、立ちすくんでいるだけだった。
「ゆっくり見ていてね」
 と言って、優子は女の子をそのままにしておいて、奥に入った。入った場所は、洗面所で、そこで顔を鏡に映して見た。
「ああ、よかった」
 そこには、彼女のいうような真っ赤な表情は浮かんでいない。だが、清純なあの娘が、謂れもなく、ウソをつくとは思えない。さっきまで、優子の顔が真っ赤だったのか、彼女の目にだけ、優子の顔が真っ赤に見えたのかのどちらかであろうが、とりあえず、安堵の溜息を洩らした優子だった。
 ついでに、顔を洗ってタオルで拭いてから、戻ってきたので、その間が少しあったようだが、戻ってくると、もうそこには女の子はいなかった。少しだけ話をしただけの女の子だったのに、妙に意識は鮮明だった。
「夢でも見ているのかしら?」
 と思い、妄想を抱いてしまったのではないかと感じたからだ。
 足元をふと見ると、そこには、影が残っているかのように思え、その少女がいきなり現れて、忽然と消えてしまったことを、今さらながらに感じさせるような、寒気を誘う出来事だった。
 自分の少女時代と、花屋のお姉さんになってから見た感覚では、かなり違っている。
 たとえて言うなら、自分の左右の手を握り合わせると、必ずどちらかの手が暖かく、どちらかが冷たいはずだが、その時に、熱い方を感じるのか、冷たい方を感じるのか、ということである。
 実際には、その時になってみないと分からないが、どちらの方が感じるかというと、ハッキリとは分からない。それは、どちらも自分の手だからである。きっと、手の気持ちになってみれば、どちらも感覚が違うのに、頭は一つだということなのだろう。伝えた感覚が違っているから、頭が混乱するのである。
 優子は、優実と弟が自分を迎えにきたのではないかと思った。その使者として、少女が現れたのではないか。優子がそのことを感じていると、翌日、またその女の子がやってきた。
 時間も同じくらいの時間で、朝開店間際だった。
「おはよう」
 優子は、女の子に話しかけたが、聞こえていないのか、何も言わない。さらに優子を無視して、店長のところに歩いていく。彼女は優子の姿が見えていないようだ。
 そして、店長に向かって、
「魔法のエッセンスをください」
 その言葉にビクッとした優子は、後ろを振り返ったが、そこには店長はおろか、女の子の姿は、どこにもなかった……。
「私の生まれ変わり?」
 生まれ変わりは、何も死んでからでなければいけないわけではない。生きている間に会うこともあるかも知れない。ただ、出会ってしまえば、その人の死期は近いのかも知れない。
「魔法のエッセンス」
 優子は、その言葉を胸に、どこに旅立つのであろうか……。

                 (  完  )



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作品名:魔法のエッセンス 作家名:森本晃次