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魔法のエッセンス

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 見に行ってみると、車同士が激しく激突していて、車の破片が、歩道にまで飛び散っていた。もしあのまま踵を返さずに歩いていたら、事故に巻き込まれていたかも知れない。ちょうどその時、誰もそこを通りかかっていなかったので、歩行者に被害者はいなかったという。
 けが人がいなかったのは、ちょうどその場を通りかかる人が誰もいなかったことが功を奏したのだが、優子に限っては偶然ではなかったのだろう。確かに声が聞こえたのは、間違いのないことだった。
「ノート、忘れて帰ってるよ」
 という声が聞こえた。
 優子に聞こえたその声は、男の人の声、考えられるのは、その時に気にしていた弟のことだった。もちろん、声に聞き覚えはない。
「虫の知らせ」
 とは、まさしくこのことだった。
 しばらくすると、燃えさかる炎が見えた。何かに引火して、爆発したようだ。後ずさりしながら優子は炎から目が離せなくなった。その炎の中に、一人の男の子が見えたからだ。
 男の子は、苦しんでいる様子はない。完全に光の加減や、炎の角度によって、人の顔に見えたのかも知れないが、優子には弟が炎の中に顔を映し出したように見えたのだ。
「弟が救ってくれた」
 そう思うと、さっきまでただ、その場に佇んでいただけだったのが、急に我に返ったようになり、震えが止まらなくなった。
 震えは、恐ろしさから来た震えである。
「もし、あの場にいたら」
 という思いが改めて、優子の意識に入り込んだのだ。
 炎を見て、その中に弟と思しき顔を見た時、弟が、
「ひょっとしたら、生きて生まれてきていたんじゃないか」
 という疑念を抱かせる最初の意識となったのだ。
 後から思い出すと炎の中の弟は、ずっとそこにいるのかも知れない。火の中で涼しい顔、いや、無表情を浮かべているのだ。
 その時に、
「炎の事故に遭ったのかも知れない」
 と、少しの間、思っていたのだが、すぐに打ち消した。炎の中で煤しげな無表情を貫けるはずなどないからである。
 だが、その時の思いが今、復活してきた。子供の頃と、今とでは発想がまるで違っている。それだけ、成長の過程で、考え方や、経験が備わってきているということであろう。そう思うと、弟が何をいいたいのかおぼろげに分かってくるのだった。
 優子は、時々自分の寿命について考えることがある。
 自分の寿命は誰にも分からないが、実は自分の中にいる弟にだけは分かっているのではないかと……。
 分かっていても教えてはいけない規則が存在し、寿命を、現在生きている人間に教えるのは、最高のタブーとされているのではないかと思うのだ。
 それを思うと、優子の貫徹という信念を思い起こさせる。彼女は死期が近いのを悟っていた。寿命を知りたいと思うのは、誰もが一度は感じることだろうが、それは知ってしまってからのことを考えないから知りたいと思うのだろう。もし、
「あなたは明日死にます」
 などと宣告されてしまったら、どうするだろう。
 聞いてしまったことを後悔する。しかし、後悔しても始まらない。まず、何をしていいのか分からないだろうし、何かをする気が起こるかどうか、それ自体が疑問である。
「残された時間を有意義に……」
 などと、言っていられる精神状態ではないはずである。ましてや貫徹など、ありえない。最初からやりたいことに目標を立てるのは普通だが、切羽詰った状態での目標など、あったものではない。貫徹したところで、満足する時間など、残されてはいないからだ。
 目標は、やはり満足したいがために立てるものだと優子は思っている。優実が一体どんな気持ちで貫徹させたのか。本当に聞いてみたいものだった。
 弟のことを思い出す機会がしばらくなかったが、勝則の存在が、また弟を表舞台に引きずり出すことになった。勝則がいなかったら、表に出てくることのなかったであろう弟、何を思って、優子の中に潜んでいたのだろう。その間に優子は真美との関係を深めた。嫌だという思いはなかったのだろうか?
 ただ、勝則の行動は、勝則には悪いが、優子への弟ができる非難の一つだと思えば、理に適ってもいる。姉が女性に走るのを見て、気になって出てきたのかも知れない。それなら、優実との関係の時はどうだったのだろう? 優実に対しては黙認していたではないか。
 優実がもし今、弟と同じ世界にいるとすれば、その世界から、真美と優子はどう映っているのだろう。弟にとってはまったく知らない世界のはずである。だが、どこかに弟の生まれ変わりの人がいるとして、その人は、弟の存在を意識したことがあるのだろうか?
 今まで一度も来たことがなく、見たことのない風景なのに、
「以前に、どこかで……」
 と、いわゆるデジャブと呼ばれるものの存在を聞いたことがあるが、それも、誰かの生まれ変わりの人がいて、その人の記憶が顔を出しているのではないかと思えないこともない。
 前世と呼ばれるものとは違うのだろうか?
 前世というのは、誰もが持っているもので、今の世があって、後世がある。
「では、死んだらどうなるのか?」
 と、思うと、あの世に行くというのが一般的な考えだが、後世とは違うもののようだ。
 あの世とは、まったく今の世とは違っているものだが、後世は、同じ世界の進行形になる。時代が違うので、知っている人は誰もおらず、まったく違った人に生まれ変わっているのだ。だが、あの世は、世界がまったく違っていて、人間は同じ。後世に生まれ変わる人間と、あの世にいく人間で二種類の選択肢があるのではないだろうか。
 ただ、それを選択するのは、本人なのかは分からない。あの世、後世という考え方も、まったくの想像であって、根拠もないのだ。弟は生まれ変わった後世にいて、優実はあの世にいるのではないかと思えていた。だから、弟は、優実との関係を邪魔することができなかったのだ。
 弟の生まれ変わりが勝則ではないかというのは、あまりにも突飛な発想ではないだろうか。だが、この世の偶然は、この世の人間には作れないが、この世の者でなければ作ることができるかも知れない。
 また、弟が死産だったのか、それとも一度生まれていたのかという発想は、あの世と、後世という発想に繋がるものがある。優子は、死産だった場合は、最初、後世に繋がっていて、逆に一度生まれていたとすれば、あの世に繋がっていると思ったが、その発想には矛盾があることに気が付いた。一度、生まれついていたとしても、後世に繋がるのではないかと思ったからだ。特に炎を伴う事故で亡くなったのだとすれば、何か未練が残っていて、まだ成長しきっていない魂は、生まれ変わりの相手を探し、未練の残った気持ちだけが、優子の身体に宿ったのかも知れないと思ったからだ。
「私と、あのストーカーが出会ったのは、偶然ではないかも知れないわ」
 生まれ変わりの魂と、未練が残った気持ちが融合したとしても、不思議ではないからだ。
 勝則が、弟の生まれ変わりだとしたら、弟がそのまま生まれていて、優子のそばで育った時の性格と、勝則自身の性格が同じなのかという疑問が生まれた。
「人の性格というのは、持って生まれたものと、育った環境による」
作品名:魔法のエッセンス 作家名:森本晃次