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魔法のエッセンス

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 優子の妄想は果て知らずである。一度考え始めると、出口が見えなくなる。弟のことになると特にそうで、妄想は、次第に堂々巡りを始める。さっきまで考えていたことに戻ってくるまでの周期が結構早くなってくると、結論が出る前に、妄想は終わってしまう。出るはずのない結論を考えているのだから、どこかでやめないと、キリがないのは当然であった。
 自分が子供を産むという発想にまで発展してしまうと、一気に現実味を帯びてきて、我に返ってしまう。その時、初めてエスカレートしていた妄想に気が付き、ドキッとしてしまうのだった。
 男と女の違いこそあれ、優実を見ていて、
「まるで、妹のようだ」
 と、いつも感じていた。
 妹というには、年が離れていた。三十代と二十歳では優子から見るよりも、優実から見る方が、明らかに年齢差を感じているはずなのに、優実は、優子のことを、
「お姉さま」
 と呼んでくれた。
 優実は覚悟の上で、
「お姉さま」
 と呼んでいたはずだ。優子に対して願っていることを叶えてほしいという思いがあった。包み込まれたいという思いを優実が抱いていることは分かっていたからである。
 優実は、男性も知らなかった。優子に抱かれながら、
「不思議なんですけど、優子お姉さまに抱かれていると、もう一人、誰かに抱かれているような錯覚を受けるんですよ。それも女性ではなく、男性の逞しい腕を感じるんです。ごめんなさい。こんなお話をしてしまって……、私の頭がどうかしちゃったんでしょうね。おかしな話をしちゃって……」
 と、話していた。
「男性を感じるの?」
「ええ、荒々しさは感じないんですけど、逞しさは感じます。お姉さまの繊細な指使いを、逞しい腕で包んでもらいながら感じることができるなんて、私、幸せ者なのかも知れません」
 真美を抱いた時も、真美から、
「優子さんに、荒々しさを感じるというわけではないんですが、どこか逞しさを感じるんです。まるで男の人のような包容力ですね。でも、それでいて繊細で微妙なところは、女性特有だと思うんですよ」
 というような似た話をしていた。
 真美を抱いている時には気付かなかったが、優実を抱いている時のことを思い出すと、同じようなことを二人とも話していたのを思い出した。真美を抱いた時のことを思い出したが、確かに衝動的だった気はする。しかし、それだけではなく、優子にとって優実の存在は、誰よりもインパクトが強かった。挫折から抜け出せた時にそばにいてくれた人だからである。ただ、それだけではない。優実には、もっと特別な思いが、優子の中に存在していたのだ。
――今さらどうにもならない――
 その一言であった……。

 優実が亡くなったのは、知り合ってから一年も経っていなかった。知り合った時はあんなに元気がよく、自分のことをしっかりと表に出すことのできる少女だった。
 優実は二十歳にしては考え方もしっかりしていて、大人だったが、雰囲気はまだ幼さの残る「少女」だった。
 穢れなき少女という表現がまさしくふさわしい。抱きしめたくなるのは、男性以外でも優子を含めて女の子の中にはいたであろう。
 優実の中に弱弱しさを感じるようになったのは、知り合って一か月ほどしてからだった。時々、とても寂しそうな顔になり、孤独を一人で背負っている雰囲気を醸し出していた。それが、弱弱しさを引き出していたのだ。
 優子にも同じようなことがあった。
 自分の中に弱弱しさを感じることがあった。弱弱しさは、一つのことを考えていても、集中できなくさせる。それなのに、一つのことに集中しなければいけない時に限って、そんな気持ちにさせるのだ。
 集中力が散漫になるのは、弱弱しい時だけではないが、確かに集中力が散漫になってくると、強い力が減退しているのを感じさせる。
 しかも、散漫になるために考えることは、たいていが余計なことなのだ。余計なことであるだけに、心配事が多い。心配などしなくてもいいことを心配してしまって、それが自分の中で消化できなくなる。優実の場合はもっと切実だったはずなのだが、考えずにはいられないのだろう。
 それでも、たまにしかそんな素振りを見せないところが、優実の大きなところで、しっかりして見えるところだったのだろう。決して弱音を吐くこともなく、誰彼ともなく差別することなどない。それが優実の最大の魅力だったのではないだろうか。
 優実が自分の死期を悟ったのは、弱弱しさが途切れた時だ。それまでは不安ばかりが渦巻いていたに違いない。
「私は弱弱しさに惹かれたのだろうか?」
 優実の弱弱しさが次第になくなってくると、優子はその反対に優実への愛おしさが募ってきたのだ。
 まさか、優実が死んでしまうなど、夢にも思っていなかっただけに、愛おしさがどこからくるのか分からずに、身を本能に任せながら、頭の中では戸惑いを隠せないでいた。
 優実を抱いていると、まるで自分が包み込まれているような錯覚に陥る。明らかに主導権は優子にあり、優子が優実を抱いていたのは間違いのないことだった。それなのにまったく逆の心境を抱いてしまうということは、それだけ、優実の中に大きな懐が存在しているということになるのだ。
「お姉さま、ありがとう。優実は、お姉さまの腕の中で、いつまでも消えません」
「何よ、そんな大げさなこと言っちゃって、当たり前じゃないの。私は永遠にあなたをいとおしく包んであげるわよ」
「本当に嬉しいわ。ありがとう」
 そう言って、優実は恥じらいも含めて、包み込まれる快感に酔いしれていた。ここまで大胆で、しかも恥じらいをも凌駕できるほどの、「包み込みがい」があるとは。優子は、
「冥利に尽きるとはこのことなんだわ」
 それが女冥利などという一つの性別に限定されるものではないということを感じていた。優実との間に性別は存在しないとまで思えていた。
 また、そう思うと、優子は自分の中にもう一人の誰かを感じるのだった。それが自分ではないということを分かっていて、弟ではないかと思うと、
「冥利に尽きるというのが性別関係なく感じるのは、あんたのせいもあるのかも知れないわね」
 と、自分の中の誰かに語り掛けていた。
 自分の中の誰かは何も答えない。語り掛けた時には、もう姿が見えないのだ。本当に一瞬だけ表に出るその存在。一瞬しか出ることができないのか、それとも一瞬だけ出ることで、インパクトを相手に与えないようにしているのか、優子はそのどちらもなのだろうと考えたのだ。
 死んでしまった弟の死というものが、どのような形だったのか、優子にはずっと、心の中に抱えた問題だった。優子には関係ないのに、どうしてなのか分からなかった。
「生まれる前に死んだのか、それとも生まれてきてから、病気で死んだのか。それとも、病気以外の何か、例えば事故で死んだのか分からないが、弟は優子の中で、そのことを訴え続けてきたんだろうか?」
 そのことが、優実の死を知った時、優子の中で、考えさせられる何かになっていた。
作品名:魔法のエッセンス 作家名:森本晃次