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魔法のエッセンス

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 しばらくして、職場復帰を試みた時、最初に浮かんだのが、花屋での仕事だった。さすがにそれまでお花について何も知らなかったので、図書館で調べたり、本屋で本を物色したりした。その時に知り合った友達が、優子に「正義」を取り戻させてくれた友達だったのだ。
 彼女は、真美に似ていた。名前を優実と言ったが、優実は、まだ学生だったのだ。
 短大の二年生。ちょうど二十歳だった。優子は自分の二十歳の頃を思い出していたが、二十歳というと、かなり古いことの意識で、おぼろげにも思い出せない。それだけに、優実の存在は新鮮だったのだ。
「彼女の中にも信念を感じるわ」
 彼女を見ていると、自分の信念の中に、自分以外の何者かの信念も含まれているように思った。それは、病気の間、すっかり忘れてしまっていた弟への意識だった。
 弟は、いつも優子を見ていてくれていると思ったのに、病気の時は、まったく姿を現さなかった。
「幻なんだわ」
 自分の中にいる感覚はあるが、それを意識しすぎると、自分を見誤る。幻だという意識も半分必要なのだと、優子は感じていた。
 優子の思いが、弟に向いた時、優実を見ると、
――弟が生きていたら、この娘と結婚していたかも知れないわね――
 と、勝手に想像した。
 そうなると、優実は妹である。
――私が優子、彼女は優実。名前も似てるわ――
 思わずほくそ笑んだ。
「どうしたんですか? 楽しそうですよ」
 と、言われて初めて気づいた。
「いえね、名前が似てるので、姉妹みたいだって思ったのよ」
「そうですね、私も気づきませんでした」
 と言って、二人で笑った。
 優実が気付かなかったかどうかは分からないが、優子は気付いた瞬間、それまで感じていたまわりの人への呪縛が一気に解けていくのを感じた。
――これでいいんだわ。ゆっくりでいいから、順調に元に戻ってくれれば、順風満帆。これからは、前だけを向いていこう――
 と、感じた。
 優実の信念について考えてみた。何かを持っているのは分かっているんだけれど、それが何なのか分からないでいた。優子は「正義」という信念をしっかり持っている。それは優実にすぐに分かったようで、あまりにも早かったので、ビックリした。
 優実の信念は「貫徹」だった。一緒にいるだけでは、すぐには分からない。しかも、普段、包み込むような優しさを前面に押し出しているのだから、それだけを見ていたのでは、絶対に分かるはずはないのだ。
 それが分かったのは、もっと後にことだったが、その時はすでに取り返しがつかなかった……。
 優実は、優子と一緒にいることを誇りに思ってくれているようだった。そして、
「お姉さま」
 と言って慕ってくれた。
 こんなに可愛い女の子は本当に初めてみた。優子の女の子が好きだという気持ちは、優実によって完成を見たのかも知れない。そういう意味では、優実の信念である「貫徹」は、優子によっても証明されたというのは、実に皮肉なことではないだろうか。
 だが、すぐに二人が愛し合うことはなかった。
「私、待ってるんです」
「何をなの?」
「秘密です」
「嫌ね、何なのよ?」
 こんな会話が何度かあった。もちろん、同じ言葉であるわけはないが、優実が待っているものが何なのか、本当に分からなかった。
 それが分かったのは、優子が我慢できなくなって、優実に告白した時だった。
「私は優実が好き。優実はどうなの?」
「私もお姉さまが好き。よかった。本当に待っててよかった」
 優実はそういって、涙を流した。
 優実という女性は、芯の強さが半端でない、力強さがあった。涙を流すなど信じられない。優子がビックリしていると、
「私の涙、驚いた?」
「ええ、だって」
「私はこれでも涙もろいのよ」
 そう言って、優実は、優子にすべてを委ねた。熱い身体が、さらに熱くなってくる。優子は優実の目尻を舐めてみた。
「しょっぱい」
 その味を、今でも優子は忘れていない。きっとそれが優実の中での一番の思い出になっているのかも知れないと思ったほどだった。
 優実の思い出は、しばらく心の中にあったが、急になくなった。思い出そうとしても思い出せないくらいになってしまったことを悲しく思ったが、その思いもすぐに解消された。
 優子の中で、もし優実を忘れ切らないと、前を向けないことは分かっていたが、自分が前を向いていくことに、これほどの試練がなければいけないのかと、優子は恨み言を言いたい気分だった。だが、それは天に向かって唾を吐くことであり、誰に対してなのかがはキリしないことが、一番の理由だった。
 その時、優子の中にまた、弟のイメージがよみがえってきた。
――弟と、優実は、私の中で共存できないのかしら?
 確かにそのようだ。いかに優実が自分に対しての影響が大きかったとはいえ、弟に適うはずはないのだ。それは血が繋がっているかどうかということとは違う意味であることを優子は分かっていなかった。
 波乱万丈の人生を歩んできた優子だったが、真美も同じように波乱万丈だったことだろう。母親がいないということは、やはり真美の人生では大きなものだったに違いない。
 真美は、優子の人生について何も知らない。もちろん、優子が自分から話すことはないだろうし、きっと優子の人生は話し方一つで、相手が受ける印象はまったく違ったものになってしまうだろう。
「言葉で伝えるものではないんだわ」
 ということは、優子が一番よく知っている。だが、優子はなぜか真美には自分の人生を知ってもらいたいと思っている。もちろん、知ってもらったからと言って、同情や憐みを受けたいなどと思っているわけではない。むしろ、教訓にしてほしいという気持ちが強かった。
 だが、一歩間違うとまったく違った解釈になってしまうことから、迂闊に話をするわけにはいかない。それが優子のジレンマでもあった。
 そのためには、優子は真美から離れないことだった。
 なぜそこまで真美のことを思うのか、優子には分からなかった。真美も優子を慕っていて、それ以上に気持ちを委ねているところもあった。慕う以上に委ねるということは、全面的に慕っていて、自分を捧げるという気持ちの表れでもあった。
 真美も、どうしてそこまで優子に陶酔しているのか分からない。
「頼りがいのあるお姉さん」
 これだけでは言いきれない。やはり、義理とは言え、母親だという意識があるからであろうか。
 父親を見ていると、何を考えているか分からないところがあった。それは優子に対しての気持ちだが、真美が優子に馴染んでいて、親子関係がうまく行っていることに満足している。
「おかげで安心して、長期出張に行ける」
 と、出かけていったのだが、帰ってきた時は、さすがに疲れていて、安心しているとは言いながら、気にしていたことは、二人の顔を見た時に浮かべた安堵の顔を見れば分かることだった。
 父親のことは、さすがに優子よりも真美の方がよく分かっていた。
「お父さん、本当に二人のことを心配してくれていたようね」
「そうみたいですね」
「あんなお父さんの安心しきった顔、初めて見た気がするもの。私が中学の修学旅行から帰ってきた時と同じ顔だったわ」
「それはまたどうして?」
作品名:魔法のエッセンス 作家名:森本晃次