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魔法のエッセンス

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 また、原色よりも、食欲をそそる色だというのも興味が惹けた。優子は、三十歳代の頃、小食になり、痩せこけたことがあった。別にダイエットをしていたわけでもなければ、精神的な悩みに押し潰されそうなことがあったわけでもない。病院に行っても、
「原因がハッキリしませんね」
 と、言われて、とりあえずは点滴によっての栄養補給と、なるべく食べれる時に、ゆっくり時間を掛けて食べることということで、半年ほど苦しんだ中で、何とか元に戻ったのだ。
 そのことを知っている人は、今ではまわりにあまりいなくなってしまった。ちょうどその頃に友達を何人か失った。
 優子のことを気にしていろいろ助言してくれる人もいたが、助言で治るくらいなら、医者がとっくに治している。医者もなかなか治せない、しかも原因不明の病気では、本人に対して、
「イライラするな」
 というのは、無理なことである。
 助言してくれる人に対し、ある日それまでの不満がついに爆発した。
「勝手なこと言わないでよ。あなたたちに私の苦しみは分からないわよ」
 と、言ってしまったのだ。
 しかも相手は、友達の中でも一番物静かな女の子で、その時の勇気を出して助言してくれたのだろう。
 まわりは一瞬、凍り付いた。誰も何もいう人はおらず、場の雰囲気は最悪だった。優子にはもう何も言う資格はなく、言われた女の子は、今にも泣きそうな情けない顔で驚いていただけだった。
 結局、その時どう収まったのか覚えていないが、それ以上悪くなることはなかった。ただ、それ以来、誰も優子の相手をする人はいなくなり、完全に孤独になってしまったのだ。
「無くしたんじゃない。失ったんだ」
 自分で、自分の首を絞めてしまったという思いは強く、きっとまわりの人は、
「他の人に言えないもんだから、一番大人しい子に言ったんだわ。彼女って、案外卑怯なところのある人ね」
 と、噂が立ったことだろう。
 優子には今さら、どうでもよかった。弁解をしても、結局言い訳でしかない。言えば言うだけ、情けなさという自己嫌悪が自分の中に残るだけだ。まわりはどうでもいい。自己嫌悪だけはごめんだった。
 病気の時に友達も失う、ショックは嫌というほど、優子に襲い掛かった。優子は誰に何も言えないまま、自分の中で処理しないといけなくなってしまったのだ。
 とりあえずは、医者のいうことを聞いて、病気を治すこと、それも藁にもすがる気持ちである。
 何とか治ったが、後遺症は、自己嫌悪として残ったことと、これからどうしていいか分からないという自分の中の葛藤をいかに乗り越えていくかであった。
 優子の中に鬱積したストレスは、異常な感情としてその時に残った。それも一つの後遺症だった。それが女性を愛してしまうという行動だったのだ。
「あれだけ、女性から攻撃されたのに」
 いや、だからこそ、自分から責める分には、何ら差支えないと思ったのだ。
 優子が立ち直れたのは、きっと、自分の中の信念があったからだろう。
 優子の中にある信念とは、「正義」だった。
 それまであまり考えたことがなかった。自分の存在自体が正義だと思っていたからだ。実際にまわりに迷惑を掛けることもなかったし、人のためにいろいろしてきた。学生時代にはボランティアにも参加したこともあった。それも含めて、自分の信念は「正義」だと思っていたのだ。
 だが、それが崩れたのは、病気になった時、たった一度苛立ちを我慢できなかったことで友達を失ったあの時、優子は自分の信念を亡くしたのだ。
 これは失ったわけではない。無くしたと思っていた。なぜなら、信念は完全には消えないと思ったからだ。もし完全に消えるものであれば、自分を許せなくなり、自己嫌悪を一生引きずると思ったからだ。だから、
「失ったのではなく、無くしたのだ」
 ただ、この方が優子には辛かった。自分の殻の中に完全に入り込んでしまったことを意味しているからだ。優子にはその自覚症状があった。あったからこそ、自己嫌悪に陥ることを嫌ったのである。
「陥ってしまったら、永遠に抜け出せない」
 と思ったからだ。
 優子の正義は、友達を保つことではなく、早く病気を治して、治った姿を皆に見せることだった。その時はハッキリと分かっていなかったが、優子が爆発した瞬間に、
「もう、言葉で何を言っても取り返しはつかない」
 ということだった。
「態度で示すしかない」
 それは、段階を踏んで考えないと思い浮かばないことだ。
 一つのことにこだわっていては、きっと分かるはずはない。一つ一つ積み木を組み立てるようにしなければいけない。それは逆に崩す時にも言える。
「組み立てる時とまったく逆を行えば、綺麗に壊れる」
 確かに、この考えは間違いではない。ただ、出来上がった後に、何も加工していないとは言えないだろう。その証拠が、強度の問題である。いかに壊れにくいかを考えながら組み立てているのだから、単純に考えて壊せるものであるようなら、強度以前の問題だと言えるのではないだろうか。そう思うと、まったく逆を行うことは、却って、強度を高めるだけなのかも知れない。
 優子は、そのことを後になって気が付いた。
 その時には、なかなか気付かないものである。
 それは、人間関係にも言えることだ。いくらいつも一緒にいても、同じことばかり思っているとは限らない。途中でどんな心変りがあっても不思議はないのだ。
 だからこそ、優子は、人間には信念が必要だと思っていた。失うのではなく無くすと思うことができる信念、それを優子は「正義」としていた。
 病気が治ってしばらくして、優子は信念を取り戻した。
 それはいつだったかというと、病気が治ってから、初めて友達ができた時だった。
――もう私は、一生友達ができなくても仕方がないところまで行ってしまったんだ――
 「正義」だけを胸に生きていくことを頭の中で描いていたが、一人でただ考えているだけで、その時の「正義」は、優子の信念ではなかった。無くしてしまった信念を、また探さなければならないのだ。
 これは、失ったものを取り戻すよりも難しい。
 失ったものであれば、形としては残っているので、後は、自分の中に取り込むだけである。だが、無くしてしまったものは、探し出したところで、同じ形なのかが分からない。そもそも自分がどんな「正義」を持っていたかということすら、覚えていないかも知れないからだ。
 優子の中の信念と正義が結びつかなければ、優子の「正義」ではないのだ。無くしたものを見つけ出すのが難しいというのは、そういうことなのだ。
 優子の病気を治すのに、一役買ったのが、「色彩」だった。やはり、食欲のそそる色の存在は、優子の中で一筋の光明を見せたことには変わりないだろう。
 優子は、食欲を取り戻し、やがて点滴の必要もなくなった。
 そんな時、よく通っていたレストランは、店内にお花がいっぱい飾ってあるお店で、その時の印象が、優子にはずっと残っていた。
作品名:魔法のエッセンス 作家名:森本晃次