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魔法のエッセンス

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 と思い、彼が悪い人間ではないことだけは分かった。それなのに、どうして騒ぎ立てて、ストーカー事件にしようとしたのか分からない。
 ただ、ストーカーとして通報しても、厳粛な制裁を加えてほしいなどと思ったわけでもなかった。
「この人が、自分だけで終わるようなら、それだけでいい」
 と思ったからだ。
 今までの様子から見ていると、他の人に対して、ストーカーをするようにも思えない。優子に対してストーカー行為をしたのも、何かしなければいけない彼なりの理由があったからなのかも知れない。犯罪だと分かっていて、彼が優子を見ていたとは思えない。かといって、彼にそれほど思慮が不足しているとも、一層思えない。
「失うだけじゃダメなんだ。無くす気持ちがないと」
 彼が呟いた気がした。
――どういうことなのだろう?
 何を失ったのか、いや、無くしたというのだろう?
 優子が考えるには、無くすよりも失うことの方が辛い気がした。無くしてしまうと、案外諦めが利くこともあり、失うというのは、多分に自分の意志を動かす効力がある。そう思うと、呟いたその言葉の意味が、どうしても分からないのだ。
 最近、優子は妄想を抱くことが多いことを気にしていた。幻を追いかけているような気がするからだ。特に、勝則を見ていると、弟を意識するようになっていて、勝則が弟に見えてくることがある。
 それだけではなく、勝則のそばに誰か他の少年がいるように見えて、その少年が弟に見えてくるのだ。妄想の中の弟は、勝則とは似ても似つかない男の子で、その子を思い浮かべる時は決まって、すぐそばにもう一人の女の子が佇んでいた。
「あれは、私?」
 自分のような気がする。何しろ、もう数十年も前の若かりし頃の自分であった。二十歳の頃の自分を姿は、今はきっと自分しか分からないだろう。だが、その姿も、鏡などの媒体を使わなければ見ることができない、それが自分の姿なのだ。
 それでも、よく自分だと分かったものである。優子は若かった頃は、ほとんど鏡を見ることはなかった。今でこそ、身だしなみだと思って鏡をみるが、若かった頃は、薄化粧で、鏡を見るようなこともなかった。それを思うと、優子は、
「自分と弟の幻を以前にも見たことがあったわ」
 というのを思い出した。それがちょうど自分の若かった頃だった。
 その時は鏡を見ないのは、薄化粧だからだと思っていたが、妄想を抱いてみると、それは間違いで、もう一人の自分を幻で見てしまったことで、鏡を見るのが怖くなったのだった。
「そんなことすら忘れてしまっていたなんて」
 妄想は、普段の自分が抱く思いとは違うものだ。それだけに、かなり昔のことでも、昨日のことのように思い出せるものだと思っていた。だから、思い出せないということは、それだけ自分が年を取ってしまったということなのか、年を取ってしまったことで、いよいよ自分の想像以上のことが自分の身に起こり始めていることなのかを予感させ、ショックであった。
 二十歳の私は、自分で言うのもなんだが、綺麗だった。だが、綺麗なだけで、それ以上のものは感じない。ポーカーフェイスは、まるで氷のような表情を感じさせ、不気味さすらあった。感情を一切表に出さないその表情は、自分ですら、何を考えているのか分からないのだろう。
 そういえば、あの頃の自分は、時々何を考えているか、分からないことがあった。今から思えば、その時、あんな表情をしていたのではないだろうか。表情は表に醸し出されるもの、無表情で氷のように見えても、それはそれで、何かの感情を表に出していたに違いない。
「負の感情」
 陽と陰という言葉があるが、感情に陽と陰があるとすれば、陽は、普段表に出している感情で、優子の場合は、他の人よりも強いものではなかったかと自分で思っている。
 それに比べて陰は、決して表に出してはいけない感情。表に出してしまえば、他人とは確執が生まれてしまい、いいことなど何もない。感情を押し殺すのに必要な、別の感情ではないかと思っている。
 陰の感情が表に出ているのを感じると、弟に対して、自分が何か違う感情を持っているのだということを思い出させるのだ。
 今まで弟をことあるごとに想像してきたが、それは本当に弟の存在を感じることでの想像だったはずだ。だが、今二十歳の頃の自分を思い出してみると、その時の自分の想像では、
「本当の弟は、最初からいなかったんだ」
 と感じたことだった。
 それが死産だったのか、それとも、もっと残酷なことだったのか。優子には、後者の方だったように思えてならない。
 今でこそ、たまにしか思い出さない弟だが、二十歳の頃は毎日のように思い出していた。知らない相手なので、思い出すというのはおかしいが、弟のことを勝手に妄想していたのである。
 そんなに頻繁に出てくるのは、それだけ何か思い出してほしい。訴えたいことがあるということなのであろう。そう思うと、不憫にしか思えず、思い出してあげることが大切なのだと思うようになっていたのだった。
 勝則と、その頃に想像していた弟が、似ても似つかない相手だということを思い出した時、勝則が自分に与えた影響は、弟を思い出させるだけではないのではないかと思うのだった。
 まだ、勝則と真美との関係を知らない。ただ、勝則だけは、真美と優子の妖艶な関係に気付いていた。それは、勝則の中にも、優子に対して並々ならぬ思いがあるからで、男と女というよりも、姉と弟の感情に近いものがあるのかも知れない。ずっと勝則のイメージが弟のイメージだと思っていた時、優子は、幻ではなく、勝則自身を正面から見ていたに違いなかったのだ。
 優子が、弟のことに気が付いたのは、ずっと前だったのかも知れない。そのことを認めたくないという気持ちが優子の中にあった。そのために、気付いていたことさえ、否定してしまって、記憶の中で抹殺しようとしていたのだろう。
 松田と結婚を考えた時、ひょっとしたら、弟の呪縛が解けるかも知れないと思った。今まで男性を見ると、弟を思い浮かべるか、自分にはまったく関係のない毛嫌いする「オトコ」という人種のどちらかであった。
 松田には弟のイメージはまったくなく、悪い意味での「オトコ」を感じさせない人物としてのイメージがあった。話が合うのもそのおかげで、やはり、男性も年齢を重ねれば、気持ちの中に余裕が感じられ、優子の中にある呪縛を解き放ってくれる人もいるのだと、思うようになっていた。
 松田が、ワインカラーを好きだというのも、優子の気に入った理由の一つだった。理由としてはインパクトに欠け、大きなものではないかも知れないが、優子にとっては、少なくとも気持ちの中に、共有できるものができたことが嬉しかったのだ。
 色に関しては、優子はあまり原色が好きというわけではなかった。
 光が当たって、光って見えたり、違う色に見えてみたりするような色が好きだった。ワインカラーやライムなどのように、薄いというよりも、淡いという表現がピッタリの色が好きだった。
作品名:魔法のエッセンス 作家名:森本晃次