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魔法のエッセンス

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 弟のイメージが湧かないまま、勝則を見ていると、彼が弟のイメージに一番近いことに気が付いた。
「男性以外の男性とはどういうことなのか?」
 女性に近いというわけではない。ただ、格好はよくないが、その中に男らしさはある。男と男性の違いをイメージしてみたが、野性味があるかないかではないかと、優子は思った。
 勝則には、野生のイメージがある。野生のイメージがあるからと言って、紳士的ではないというわけではない。確かにストーカーに走ったり、雰囲気も全体的に暗いが、その中のストイックな部分を見つめると、優しさが見え隠れしているようで、不思議な感覚に襲われるのだった。
 優子が勝則を観察したのは、二回くらいだった。それ以上してしまうと、今度は自分が逆にストーカーになってしまう。ミイラ取りがミイラになったということわざがあるが、そんな問題ではない。
 だが、二回くらい観察しただけで、何となく勝則のことが分かってきた気がした。そして、本当に弟のようなイメージが深まってくることも分かってきた。
 勝則を弟としてイメージしていると、自分の中にいたはずの弟のイメージが次第に薄くなってくる。
 本当は、弟のことを、一生忘れることはないだろうと思っていたが、勝則に出会ったことで忘れることになるとは、何か因縁があるからなのかも知れない。
 だが、完全に忘れたわけではない。元々表情など曖昧だったものが、勝則によって、作り変えられて自分の中に格納される。新しい弟のイメージが、優子の中で出来上がってきた。
 そうなると、今度は、別の疑問が頭を擡げてくる。
「本当は弟なんて、いなかったんじゃないか?」
 という思いだ。
 いくら弟の顔を知らないとはいえ、他人のイメージを勝手に、弟のイメージに置き換えて、簡単に格納できてしまうのは、どこか、自分の中で、
「弟はいない」
 というものがあったのではないか。そして勝則の存在が、その思いを確信に近づけているとすれば、本当はいない弟の影を追いかけていたのかも知れないと思うのだ。
 勝則は、そんな優子が気になってしまったのだろう。勝則を観察しているうちに、勝則がストーカーができるような性格かどうか、分かるというものだ。臆病なところがあり、思い切ったことのできないタイプであろう。
 それでも、切羽詰れば「火事場のくそ力」を発揮することもあるのだろうが、勝則の場合は、そこまで切羽詰っているわけではない。やはり、優子に対して、何か気になるところがあって、抑えきれない気持ちが、ストーカーまがいな行為に身を任せることになったのかも知れない。
 ストーカーから、いい悪いの判断を除くなら、今回の事件は優子にとって、軽率だったと思っている。それも、勝則を観察して感じたことで、その時は分からなかった。
 弟が実はいなかったんだという思いを抱いて、勝則の前に姿を現すことなく、観察をやめた。これ以上観察することは、自己嫌悪を誘発することになると思ったからだ。
 そして、この時に、初めて勝則がどうしてストーカーに走ったか、分かった気がした。勝則と付き合っていたのが、真美だということを知ったからだ。
 真美の中から、彼氏がいるという雰囲気は感じられなかった。いて不思議はないのだろうが、男を感じさせるものが何もなかったからだ。
 そういう意味でも、勝則は、男性以外の男性だという雰囲気を醸し出させていたのかも知れない。
 優子から、真美は離れて行った。かといって、勝則の元に戻る雰囲気はない。真美は優子が最初に出会った時と、雰囲気が変わってしまった。
 真美には、どこか貪欲なところがあり、相手を探求しようという意識があった。本人の意識の外なのかも知れないが、意識としてはあったのだ。表情から読み取れた雰囲気は、若さが漲っていた。
 しかし、今の真美は、「大人」だった。ただ、探求心は最初のようにはなく、ギラギラしたものが消えていたのだ。ギラギラした眼差しは、表情に漂っている探求心を感じさせるものだった。それが消えてしまっていて、貪欲さが落ち着きに変わった時、真美の表情は色白で弱弱しさな中に、可憐な一輪の花を思わせる雰囲気を漂わせるのだった。
 だが、雰囲気が変わったのは、真美だけではない。真美の方から見て、優子の雰囲気はイメージを崩すものとなっていた。
 大人しくて、妖艶で、ただ、年齢よりも若く見えるというのが特徴の優子だが、年齢よりも若く見えるというイメージが、少し変わっていった。
 母親の顔になっているのを感じたからだ。
 優子は出産経験がない。若く見えるのは、そのせいもあったのではないかと思っていたが、それだけではなく、
「年齢を重ねると、大人しい人ほど、若く見えるものなのかも知れない。それは女性特有の感覚ではないだろうか?」
 と、真美は感じるようになっていた。
 真美は、父親と優子が知り合ったきっかけについて考えてみた。急に今まで興味のなかったものに興味を持ち始める父に、今さらビックリさせられることはないが、まさか、花に興味を持つなど、思ってもみなかった。
 真美も実は、急に今まで興味のなかったものが、気になるようになることは、これまでにも何度もあり、父親からの遺伝だと思うようになっていた。それでも、ほぼ同じ時期に父親と同じように花に興味を持ち始めるなど、想像もしていなかった。
「ひょっとすると、意識がなかっただけで、お父さんと同じ時期に、同じものに興味を持ち始めていたのかも知れないわ」
 と思ったりもしたが、偶然がそこまで重なることもない。それでも急に興味を持ち始めることは今に始まったことではないので、父が花に興味を持ち始めて最初に何を感じたかなど、分かる気がした。
「花というと、チューリップとアサガオやヒマワリくらいしか見分けがつかない」
 と、冗談で言っていた父は、まず最初に、色彩で花を感じようとするだろう。
 自分の好きな色の花を見つけて、それをじっくりと見る。そして、いっぱい自分の好きな色の花が咲き乱れているのを想像してみるが、次第に、飽きてくるのを感じる。目立つ色ほど飽きやすいと、よく言われているが、食べ物でも、好きなものばかりを食べていたら、いつかは飽きてくるものだ。そのうちに、
「見るのも嫌だ」
 という気分になり、せっかく好きなものを台無しにしてしまう。それは色にも言えることで、好きだからといって、そればかりを集めていては、そのうちに見るのも嫌になる。特に色は目が慣れてくると、残像として残るのは、まったく違う色だ。それが色として反対のものであれば、自分が嫌いな色だと言えるだろう。
 松田も、真美も二人とも好きな色は赤だった。
作品名:魔法のエッセンス 作家名:森本晃次