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魔法のエッセンス

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 優子にはそれが最初から分かっていた。
「もし、弟が生きていたら、この子くらいになっているんだわ」
 と思い、弟のイメージを勝手に思い浮かべていた。
 彼女もいない、あまりモテるタイプには思えない男の子で、誰が見ても、「ダサい」タイプだったのだが、優子には、それでもいとおしく思えた。
 それでも、優子は彼に男性を感じた。学校ではサッカーをやっていて、補欠ではあったが、一生懸命さが、本人はダサいと思っていたようだが、優子には男らしさと映ったのだ。
 彼が男らしいと思ったことから、男性に対してのイメージは、他の女性が感じるものとはだいぶ違ったようである。そのせいなのか、優子にはそれから彼氏はできなかった。お見合いの話も何度かあり、実際にお見合いもしてみたが、相手から断られることが多かった。
 理由を聞かされることはなかったが、表に出ている女性らしさとは違う雰囲気が、一緒にいるうちに、溢れだしてくるようだった。
「趣味が合わない」
 一言で言えば、それだけで済まされてしまうのだ。
 優子自身も、お見合いをした相手に男性を感じることはなかった。
「一緒にいてイメージが変わってくるのは、私だって同じだわ」
 ハッキリとした理由を言われれば、優子はそう言い返すに違いない。
 気が付けば、四十代も後半、もう結婚願望など、当の昔に消え失せてしまっていた。
 優子は、今、人生を時間で図っているような気分でいた。毎日を目標もなく過ごしているが、そんな時、なぜ松田と結婚しようなどと思ったのか、自分でも信じられない。ただ感じたこととしては、
「私の物忘れの激しさを、治してくれそうだから」
 と、感じたのが最大の理由だった。
 ただ、それまで波風立てずにひっそりと暮らしてきた優子が、松田と結婚を決めてから、波乱万丈を思わせる人生を歩み始めようとしていた。まるで二十代に戻ったような感覚だが、やはり頭の中で描いているのは、若かった頃の自分である。
 ストーカーになってしまった勝則を気にし始めたのも、二十代に感覚が戻ってしまったからだ。
――弟のことを思い出して――
 と、思っているが、実際には、表に出す方の感覚が、そう言っているだけだ。本心は違うところにあって、
――本当に弟なんていたんだろうか?
 という思いが、今疑念として、優子の中にあった。
 弟がいたと思っているのは、優子だけの感覚で、本当は、この世に弟など存在していなかったのではないかという疑念を抱かせたのが、勝則の存在だった。
 弟として見ると、なるほど、表向きの気持ちにウソはないが、本当の自分の中にある気持ちには偽りであった。
「弟がいたという話は、誰から聞いたんだっけ?」
 思い出そうとすると、今度は頭痛がしてくる。肝心なことを思い出そうとすると頭痛が襲ってくるようになったのは、四十代になってからのことだった。
 誰から聞いたのかということから、信憑性を図ろうとしていたのだが、その気持ちすら、頭痛を挟んで忘れてしまうのだ。根拠を忘れてしまっては、その後、何を考えていいのか分からなくなってしまう。これが、お物忘れのメカニズムではないかと、優子は思うようになっていた。
 テレビドラマなどで、よく見ていると、記憶喪失の人が思い出そうとすると、頭痛に襲われて、何も思い出せなくなるシーンがあるが、
「テレビの見すぎなのかも知れない」
 と、思うほどだった。
 弟の存在が薄れてくる中で、なぜ勝則を見て、今さら弟を思い出したのだろうか? 弟がいなかったという考えが、優子の考えすぎで、気持ちの中に迷いを生じさせているのではないかと思うのだった。
 勝則は、優子の出現で、完全にビビッてしまったが、それを見て可愛いと思う優子は、その時点で、表に出せる自分ではなくなっていたのだ。表に出せる自分は、きっと、頭痛に苛まれていて、自分では動くことのできない呪縛の中で喘いでいるのかも知れない。
 それをいいことに表に出てきた、普段は裏で潜んでいたもう一人の優子が、勝則を見て、
「弟だ」
 と思ったのだ。
 もう一人の優子の中では、まだ弟は生きていることになっている。
――物忘れの激しい私は、一体どっちなんだろう?
 ストーカーの彼に対し、警察で証言したのは、明らかにもう一人の自分だった。その時に、優子は弟を意識しなかった。まったく頭の中になかったのである。
 頭に血が上っていたのは確かなことだが、それにしても、弟の存在をまったく忘れていたなんて思えない。やはり、物忘れの激しさは、もう一人の自分が時々表に出て来ようとすることで生じる弊害のようなものではないだろうか。
 勝則の顔を見ていると、優子は弟が目の前にいるのを感じる。いとおしく感じるのは、もう一人の自分が、見たこともない弟を知っているからであろうか。
 勝則に感じた、
「男性以外の男性の雰囲気」
 とは、弟を見ているからだろう。しかし、勝則に感じるのは、表に見えているイメージではない。中にあるものが透けて見えているかのようである。
 それは勝則が見ているのも、優子の表面ではなく、中を見ようとしているからだ。お互いに共鳴し合うところがあるようで、その瞬間、時間が止まってしまったかのようで、次の瞬間から、時間が経つのがゆっくりになるのだ。
 そのことを優子は、自覚していたが、勝則も自覚しているのを知るのは、もう少ししてからだった。勝則が優子に心をなかなか開こうとしないのは、自分がストーカーとして追いかけた相手であることへの罪悪感がジレンマとなって彼を追いつめたからだった。
 優子は、弟の夢を見る時、決まって顔が分からない。逆光になっているために、顔も体型もシルエットだ。そのためか、いつも目が覚めた時、汗をぐっしょり掻いている。
 表情は薄暗く、ただ、綺麗に並んだ真っ白い歯だけが、ぼやけた表情に浮かび上がっている。気持ち悪さは、さらに増幅し、肩が揺れていると思うと、呼吸の荒さが目立っている。
「コーホー、コーホー」
 と、まるで、ガスマスクでもしているかのような息遣いだけが聞こえるのだった。
 数年前、親戚のおばさんが入院し、見舞いに行った時のことを思い出した。口元には、酸素ボンベが嵌められ、腕には点滴の針が刺さっている。ちょうど手術後だったようで、目が覚めるまで少し待っていたのだが、その間の集中治療室で見た光景だった。
 痛々しさは表情など分からない。意識が戻って話ができるようになると、まったくの別人だ。
 だから、夢の中で、顔も分からないのに、よく弟だと思ったものだが、考えてみれば、弟の存在自体を見たわけではない自分に、顔を想像するなど、妄想以外の何者でもないだろう。
「夢の中で、弟は気持ち悪さしか、私に印象を与えてくれない」
 それは、弟の夢を見ること自体、悪いことだと言わんばかりである。まるで、
「見ないでほしい」
 と言って、夢に出てきているのだとすれば、それこそ、矛盾している。それだけ無意識とはいえ、優子の弟をイメージする気持ちが強いのかも知れない。
 それでいて、弟のことを知らないばかりに、イメージすることができないジレンマが、夢の中で、
「見ないでほしい」
 と、訴えさせているのかも知れないのだ。
作品名:魔法のエッセンス 作家名:森本晃次