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魔法のエッセンス

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 時々、優子のことが怖くなると思っていたのは、松田だった。同年代でありながら、優子だけが若く見えるのは、時々怖さを誘発するには十分だったかも知れない。ただ、どうしても優子だと思えない表情を浮かべることがあるのを意識してしまうと、若く見えることなどどうでもよくなって、マヒした感覚を、逆に我に返してくれるようだった。
 それなのに、結婚を決めてしまった松田。それは怖さを補って余りあるだけの気持ちを、優子に持ったからだ。それは最初に真美が感じたことであり、優子の中に一番大きな存在として秘めている「余裕」であった。
 男性もこの年になると、余裕に対して敏感になる。
「余裕を持たないといけない」
 と思うのも日ごろのことであり、優子にだけ求めるものではなかった。
 優子に今、精神的な余裕がなくなっていることに、真美も松田も気付いていた。そして、その理由は二人には分からなかった。長期出張に行っていた松田はともかくとして、真美は、その理由について心当たりはあると思っていたが、究極のところまでは分からなかった。
 優子は戸惑っていた。自分がストーカーとして通報した青年のことを考えると、次第に自分を追い詰めたくなる自分が不思議でならない。
――私は、至極当然のことをしただけなのに――
 責め苛む気持ちがどんなものか、身体の奥からムズムズとした気持ち悪さが滲み出て、汗が吹き出してくるのを感じる。
――きっとこのまま考え続けていたら、必ずどこかの壁にぶつかって、そこから先は堂々巡りを繰り返すだけなんだわ――
 こんなに長い間生きて来て、こんな気持ちになるのは初めてだった。いや、本当は過去にもあったかも知れないが、覚えていないのだ。
 優子は、自分がそんなに簡単に嫌なことを忘れられる性格だとは思っていなかった。だが、考えてみれば、気持ちの中に余裕があったのも確かである。余裕があるということは、それだけ嫌なことを忘れてきた、嫌、心の奥に封印してきたから、先に進めたのであろう。ただ、それが本当の解決策かどうかは分からない。臭いものに蓋をして、その場を切り抜けてきただけなのかも知れない。
 それも一つの人生経験なのだろうが、教訓として次に生かすことはできないだろう。そのことを、今優子は感じていたのだ。
 余裕を持つということが、一つ一つの人生経験の積み重ねであるとすれば、今まで自分が思っていた長所としての余裕は本物なのだろうかという気になってしまう。偽りであったとすれば、優子は何を信じればいいというのだろう。自分を信じられなくなったとすれば、その時から始まっているのだ。
 教訓を生かすことができなかったから、堂々巡りを繰り返すような気持ちになることが多かったのかも知れない。
 優子は、勝則のことが気になってしまってから、当の勝則は、真美と別れていた。どちらから先に別れを切り出したのかは、曖昧だったが、お互いに気持ちはすでに相手から離れていた。
 真美の方は、優子を知ったことで、勝則への思いが冷めてしまい、勝則の方は、真美のためだとは言え、優子に対して抱いてしまった気持ちが、ミイラ取りがミイラになってしまった気持ちに、自分が許せなかった。したがって、もう真美の元に戻ることはできないのだ。
 真美は、そんな勝則を見ていて、最初の頃に比べると、少し大人になったのを感じていたが、すでに勝則への気持ちは整理されていた。勝則と別れてからは、しばらくは、男と付き合うことなどありえないと思ったのだ。
 かといって、優子とずっと一緒にいようとも思わなかった。
 真美は、優子と関係を持ったことで、自分の中に寂しがり屋の自分がいることを再認識した。最初から分かってはいたが、自分で認めるのが怖かったのだ。
 そう思った時、自分の本質は、
「いつも一人で孤独な自分」
 だと気が付いた。本当は孤独が嫌いで、孤独が不安しか生まないことは分かっている。しかし、逆にこれ以上の自由はありえないのだ。自由と不安のジレンマの中で、本当は不安の方が強いはずなのに、本質は自由を求めている自分を怖いとも感じた。怖いながらも求める孤独は、他の人とは違っているはず。
 勝則と別れて、まず孤独を感じた。不安と自由のどちらを先に感じたのかというと、やはり自由を感じたのだ。
「男と別れたからと言って、悲しがることはないんだわ。すべて自由になったと思わばいいんだから」
 不安がまったくないわけではないが、それは、寂しさを感じるからだ。寂しさを感じて悪いわけではないが、寂しさよりも先に自由さえ感じられれば、何も悲しい思いをすることはない。それが真美の結論だった。
 優子とも、しばらくして別れるつもりだが、その時はどんな気持ちになるだろう。もし別れるとするならば、
「私の方から言うようにしよう」
 と思った。
 そうでなければ、寂しさとショックが残る。女性が、男性との別れを決意する時に、すべてを決めてから話をするのは、ショックと寂しさを少しでも和らげるだけだ。男性からすれば、置き去りにされた気分なのだろうが、女性の言い分としては、
「元々、あなたが悪いのよ」
 と、最初から一刀両断の気持ちを持っていなければいけないだろう。
 ただ、真美の中には、
「他の人と同じでは嫌だ」
 という気持ちがある。他の人と同じように、何もかも自分で決めてしまって、すべて事後承諾では、真美としても、気持ちの整理が本当につくのかどうか、疑問であった。人を欺くことは、自分をも欺くことになるので、自分が納得できていなければ、本当の意味での一刀両断ではないだろう。
 優子は、真美を近いうちに手放さなければいけないと思っていた。真美の、自分に対する気持ちが変わってきたのが分かったからだ。
 気持ちが変わってきた相手を繋ぎとめようとするほど、優子は強い気持ちを持っているわけではない。あくまでも相手が自由を選ぶのであれば、それを尊重してあげようと思うのだ。
 優子は、勝則を探した。勝則は、警察でいろいろ絞られたらしいが、罪に問われることはなく、今はひっそりと暮らしていた。
 専門学校を卒業し、今は出版社で働いているが、真面目な青年として、通っているようだ。ただ、印象的には暗く、友達も少ないらしい。ストーカーに走ってしまった理由もそのあたりにあるのではないかと、優子は感じた。
 今度は、優子が勝則の観察を始めた。何かをしようという気持ちがあってのことではなかったが、一度気になって見てしまうと、今度は目が離せなくなってくる。
「ストーカーになる気持ち、分からなくもないわ」
 と、感じたが、犯罪には違いないので、容赦はできない。だが、勝則を見ているうちに、影で見つめることの暖かさを感じるようになったのだ。
「私がこんな気持ちになるなんて」
 優子は、今までに結婚経験はない。付き合ってきた男性は何人かいるし、女性と付き合ったこともあったが、決して、男性との結婚を望まないわけではなかった。だが、勝則に対しての気持ちは、同年代の男性を好きになるような、そんな気持ちではない。どちらかというと、母性本能を擽られた感覚だった。
作品名:魔法のエッセンス 作家名:森本晃次