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魔法のエッセンス

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 十年ぶりくらいに同窓会を開くという話が飛び込んできたのが、二年前だった。皆それぞれ年相応になっていて、懐かしさの中で、それぞれに立派になっている中、ストレスも抱えているのが見て取れる。松田も自分が部長職であることを、その時は忘れて、無邪気に楽しんでいた。役職がついていないやつもいて、羨ましく思えるほどだった。
「お前は気楽でいいな」
 という言葉が、喉元から出そうになるのを堪えた。これを言ってしまえば、惨めになるのは自分である。それだけの社会的立場を持っていて、仕事上では絶対に口にしないことでも、つい同窓会であれば思わず口にしてしまいそうになるから不思議だった。
「松田、お前離婚したんだって?」
「ああ、そうだよ」
「何でだよ。離婚するくらいだったら、俺が口説いたのに、お前がいたから俺は遠慮したんだぞ」
 元女房は、学生時代からの知り合いだった。同窓会にも現れるんじゃないかと思ったが、それはなかった。松田に気を遣ったとは思えない。もう離婚してから五年以上の月日が経っていたのだ。
 この時話しかけてきたのは、元女房を好きだった男だった。それを知っていながら、松田は告白したのだ。
 告白に関しては、松田に戸惑いはなかった。
――フラれたら、どうしよう?
 という意識よりも、
――告白しない限り、先に進まない――
 という思いが強かったのもあるが、それよりも、他に彼女を好きな男がいるということが、松田に告白を誘発したのだ。
 告白してしまうと、交際はスムーズに進んだ。お互いに気になっていただけに、会話も弾んだ。最初から会話のシュミレーションができていたようなものだが、それでも、シュミレーション通りに会話が進むのは、すごいことだと言えるだろう、
 交際期間は、結構長かった。交際を始めて、そろそろ五年が経とうとしていた時、やっとプロポーズしたのだった。断られるわけはないと思いながらも、万が一を思い、緊張で胸が高鳴っていた。
 それでも、すんなりと結婚するとまでは行かなかった。彼女の父親が堅物と言ってもいいくらいの牙城が高く、何とかハードルを飛び越えると、今度は父親との仲が急接近したのだ。
「今度、男同士でゆっくりと飲もう」
 と言ってくれた。きっと義父さんも、話し相手がほしかったに違いない。それが娘婿ならなおさらのこと、話が弾む相手でなければいけないと望むのも無理のないことなのかも知れない。
 自分の父親は、あまり社交的な人ではなく、本当にただの堅物、変わり者の雰囲気が強かった。だから、義父にも同じイメージを持ったのだが、本当の親子では見えないものを義父に見たのかも知れない。
「離婚は、結婚の数倍のエネルギーを必要とする」
 と言われるが、まさしくその通りだった。
 松田が自分から言い出した離婚でもなく、どちらかが不倫をしたなどという、ハッキリとした理由があるわけでもない。
「性格の不一致」
 という一言が一番的を得ているのだろうが、この言葉は実に都合のいい言葉である。性格の不一致と表現すれば、何でも許されると思うからだ。
 性格の不一致を理由にされると、何を言っても、相手の言い分を覆すことはできない。
「そんなあやふやなことで離婚には応じられない」
 と、言えばいいのだろうが、頑なな相手を目の前にして、果たして以前のような楽しかった生活に戻ることができるかと言えば、できるはずなどない。ある程度まで説得を試みて、それでもダメな場合は、身を引かなければ、そこから先は精神の消耗戦でしかなくなってしまう。無駄な労力を費やすのは、お互いに苦痛なだけであった。
 ただ、その理屈がすぐには分からない。
「ひょっとしたら、彼女も楽しかった頃のことを思い出してくれるかも知れない」
 という淡い期待を抱くのも男の性だった。
「ギリギリまで我慢するが、我慢の限界を超えた時は気持ちがぐらつくことはない」
 というのが女性の性だが、それを男の前で気持ちをあらわにするのは、すでに我慢の限界が過ぎてからだ。自分だけが自分で作ったバリケードの中に入り込み、まわりからの影響を完全に遮断している。いくら説得を試みても、冷めた目で、いなすような目で見つめられるのがオチであった。
 松田が、女性の気持ちを分かるようになったのは、離婚を経験してからであろう。それまでは無頓着だったと言ってもいい。だが、頭の中で理屈としては分かっていても、実際に付き合っていれば、状況に合った判断ができるであろうか? きっとできないだろうと思うのだった。
 離婚に費やしたエネルギーは、今から思い出すだけでも、ゾッとするほどである。もちろん、二度と同じ思いはしたくないという思いが強く、一時期、再婚など考えられないくらいだった。
 それは、松田に限ったことではなく、離婚を経験した人は、なかなか再婚を考えるまでには至らないだろう。
 逆に離婚してからすぐ、再婚する気満々だった人が、なかなか再婚するまでにたどりつけず、次第に気持ちが萎えてくると、
「もう、再婚なんて、考えられない」
 という気持ちになったという人を、何人か知っている。要するに、気持ち的に再婚の意志を、持続していくにも限界があるということだ。
 再婚に関しては、意志というよりも、覚悟と言った方がいいかも知れない。一度結婚に失敗しているのだから、もう一度同じ失敗を繰り返さないとは限らない。それを分かっていて行動することは、覚悟と言えるだろう。尻込みするのは、覚悟が足らないからだと、松田は思った。
 理由はいくらでも作ることはできる。卑怯ではあるが、娘のためだということもできる。同情的な目で見てくれる人もいるだろうが、どこまでの人が同情で見てくれるだろう? 松田と真美のことを知っている人は、
「覚悟が足りない」
 と思うのではないだろうか。
 同窓会に出席している人の中には、離婚経験者もいる。中には再婚して、今はうまくいっている人もいるが、中には、
「バツニになっちゃった」
 という人もいる。
 二度の結婚に失敗したというのは女性で、学生時代には、本当に目立たない女の子だった。きっと最初の結婚は、結婚というもの自体に持っていた憧れが強く、結婚に踏み切ったのではないだろうか。離婚してしまえば、今度は寂しさがこみ上げてきて、自分が結婚というもの自体に憧れていたことに気付く。そして、本当の寂しさを知るのだ。
 学生時代から、寂しさには慣れていたはずだ。自分では、
「寂しいなんて感情は、私にはないんだ」
 と思っていたかも知れない。だが、実際に離婚を経験し、取り残されたことを自覚すると、自分の知っている孤独とはまったく違う感覚に襲い掛かられてしまう。それが寂しさから来るものであることを、おそらく最初は気付いていないことだろう。
 だが、自分が否定していたのが、本当の寂しさだと知ると、想像していなかっただけに、余計強く襲い掛かってくることに気付くのだった。
 寂しさは焦りを呼ぶのだろう。人恋しさが人一倍となり、今度は、何とか寂しさから逃れようと、もがくようになる。もがきは焦りとあいまって、
「誰でもいいから」
 と思い始める。そうなると、助けを求める感覚になり、目の前に現れた人が救世主に見えるのだ。
作品名:魔法のエッセンス 作家名:森本晃次