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魔法のエッセンス

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 驚きの声を思わず発してしまっても、すぐには、失礼なことをしているという意識に辿り着くことができずに、しばしボーっとしていた。それでも我に返ると、
「これは失礼。ちょっとビックリしました」
「いえ、いいんですよ。結構、皆さん年齢を言うと驚かれるので、慣れてはいるんですよ」
 と、言ってくれたが、
「またか」
 と思ったに違いない。それでも、なるべく表情を変えない優子は、すぐに、顔にエクボを作っていた。
 トレードマークのエクボを見ると、松田も安心したのか、ホッと胸を撫で下ろした。一瞬、気まずい雰囲気が漂ったのではないかと思ったが、思い過ごしで、それほどのことはなかったのである。
 そんなことがあってから、松田は花屋に立ち寄りやすくなった。花の種類も独学の勉強と、優子から教えられたことで、少しは、普通に花が好きな人程度くらいにはなれたかも知れない。
 スナックにも、何度か花を持って行った。
「松田さんは、お花に詳しいんですね」
 と言われても、
「そんなことはないよ」
 と言っているのが、謙遜に聞こえるくらいの知識は持つようになっていた。さすがに、お花の話で時間を費やせるまでにはなっていないが、話題の中のエッセンスくらいにはなっているはずだ。
 店の女の子は、そんな松田に一目置くようになった。きっと年齢的にも多趣味で、部長という役職の立場からも、いろいろ知っているのだろうと思ったことだろう。
 確かに、
「広く浅く」
 の知識はあるだろう。だが、それも「ドングリの背比べ」で、必要以上の知識はなかった。突出しているかも知れないといえば、学生時代から読み込んできたミステリーの話くらいだろうか。
 日本の推理小説はもちろん、外国の小説にも精通しているが、お気に入りは、やはりミステリーに入り込むきっかけになった、日本の古いミステリーであった。
 大正末期から、昭和初期という時代背景も微妙な時代の内容には、今では想像もできないイメージを読むだけで思い浮かべなければいけないことに興奮を覚えるくらい、思い入れていた。
 学生時代に、歴史が好きだったこともあり、特に明治から大正、昭和初期という激動の時代は、ミステリーだけではなく、史実としての本にも興味を持って読みふけったものだった。
 歴史関係の小説は、どうしても、ノンフィクションから入らないと、間違った認識を頭に植え付けてしまう。一時期、戦国時代のシュミレーション小説も読んだが、史実を知っていると、却って、その違いにドキドキした感覚を与えられる。本を読んでいての興奮やドキドキは、新鮮な感覚を呼び起こすだけのものは十分にあったのだ。
 オカルトの話は、スナックではウケた。特に店の女の子は、皆怖い話に興味があるようで、
「いやだわ、一人で夜、おトイレに行けなくなっちゃうわ」
 と言っているが、そういう女の子に限って、薄暗い室内で、一番目が輝いていたりする。実に不思議なものだった。
 しばらくして、優子と二人きりで会うようになって、同じ話をしても、優子は興味津々で聞いてくれる。
 それが小説に対して興味津々なのか、それとも、話をしている相手が松田なので、松田に対して興味津々なのか分からない。だが、どっちでもよかった。むしろ、自分に対して興味津々であってほしいと思う松田だったのだ。
 花屋さんには、パートの女の子が三人いた。仕入や配達、そして店番と、それぞれシフトで回しているようだが、他の若い女の子たちに比べても見劣りしない優子は、客からも人気があるようだった。
 中には個人的に話をする人もいるようで、松田は気が気ではなかったが、それを顔に出すわけにはいかない。まだまだ優子とは始まったばかりで、独占できるまでの関係ではないのだ。
「松田さんと、一緒にいる時が、一番落ち着くわ」
 と、時々言ってくれたが、その言葉だけで、他のことはどうでもよくなるくらいに嬉しくなった。
 松田というのは、それほど単純な男なのだ。
「男も年を取ると子供のような純粋な気持ちになってくるのかな?」
 と、自分を顧みて、世の中の男全部がそうなのかという思いを浮かべたが、
「いや、そんなことはない。一部の人間だけだ」
 と、すぐに否定した。
 今まで会社で仕えてきた上司を思い浮かべれば、年を取って丸くはなっても、子供のような純粋さを感じさせる人はいなかった。
「俺は部下から、どんな風に思われているんだろう?」
 と、感じたりした。
 上司と部下の関係を考えると、仕事を思い出してあまり楽しくはないが、優子と一緒にいる時は、そこまで嫌でもなかった。それだけ、
「何事を考えても、優子と一緒にいれば新鮮なのだ」
 と、感じるのだった。
 デートとまではいかなかった。
 年齢的には近くても、まわりから見ると、十歳以上も年の差のある男女にしか見えないだろう。
「老紳士と、淑女」
 何か、淫蕩な匂いがプンプンしてきそうである。
 もし、自分がまわりから見ていれば、そうとしか思えないだろう。不倫カップルのような訳ありな関係だったりである。
 離婚経験のある松田だが、不倫経験は一度もない。結婚している時に、他の女性に見向きもしなかったと言えばウソになるが、
「まったく見向きもしなかった」
 と言い切った方が、どれほどウソっぽいか分からない。見向きもしなかったなどと言えば、誰が信じるだろう。そこまで松田は聖人君子ではない。
 松田は、結婚相談所に登録していた。結婚相談所で、今までに数人の女性を紹介されたが、いつも最後は相手にフラれてしまった。原因は、離婚してから娘を引き取り、育てていることが一番なのだろうが、いつも、最初に娘のいることは話している。
 当然、結婚相談所からも予備知識としての話は聞かされているはずなのだろうから、知っていて当たり前であろうが、いつも、そのことを分かった上で付き合っているはずなのに、最後になって相手が断ってくるのだ。
 どこかに原因はあるのだろうが、松田にその理由は分からない。
 必ず、どこかに理由があるはずだが、その理由の中には共通したものが存在していることだろう。
 娘の真美は、父親が再婚することを反対しているわけではない。松田も、もし娘が再婚に反対であれば、結婚相談所になど、登録することもなく、娘に対してだけ自分の目を向けるように、毎日を生きていくという気持ちを持つことで、自分の存在価値を見出すことを心がけるに違いない。
 結婚相談所というところは、最近まで敬遠していた。恋愛の醍醐味は出会いから始まるもの。出会いには、偶然やハプニングはつきもので、逆にそれがないと、楽しみがないのと同じだ。この年になって、恋愛を楽しみだと思うのもおかしなことかも知れないが、いくつになっても男であることには変わりない。
 娘がいると、自分が年であることを自覚させられるかのように思えてきて、年齢差がそのまま、自分に哀愁をもたらすように思えてくるのだった。
作品名:魔法のエッセンス 作家名:森本晃次