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魔法のエッセンス

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 というイメージで凝り固まってしまった。そして、今度は真美を奪ったのが、また年上の女性ではないか。トラウマの上に成り立っている女性へのイメージ。途中で歯車が狂ってしまい、優子がどんな女であろうとも、年上の女というだけで、勝則には敵対する相手としてしか映っていないのだった。
「またしても、年上の女が俺から大切なものを奪っていくんだ」
 トラウマは、大切な自分の中にある何かを奪うことだと思っていたので、年上の女に対して、共通の思いがさらに深まるのだった。
 憎しみから始まった優子への思い。それは勝則の中にある、執着心を呼び起こした。
 母親が出て行った時、自分には何もできなかったという思いが、強く残っている。説得すれば出ていくのを思い止まったわけでもないのに、何もしなかった、いや、できなかった自分に対しての苛立ちも半端なものではなかった。
 だからこそ、いつも自分を押し殺して毎日を過ごしていた。変わり者のように見られるのは、過去がどうあれ、自分を押し殺して、さらに、まわりに隠そうとしているからだったに違いない。
 まわりに対して自分を押し殺している人間ほど、厄介なものはない。人を近づけないオーラは、誰に対しても分け隔てのないもので、特に、自分に対して攻撃的なものであれば、余計に殻に閉じ籠ろうとする。学生時代はそれでもよかったが、社会人になってからは、まわりがほとんど敵だらけ、ちょっとしたことでも、すぐに反発してしまい、アドバイスや助言も効かなかったりする。
 会社の女性社員は、年上が多かった。年上と言っても、本当におばちゃん事務員で、色気も何もあったものではない。女性を感じさせるものがないだけに、却って、仕事に差し支えがないだけ、よかったと言えるのではないだろうか。
 社会人になって、しばらくは女性を意識することはなかった。通勤の最中に、高校生の女の子たちを眩しいと思うこともあったが、しょせんは手が届くものではない。それだけに、本人の中で無意識のうちに、ストレスが溜まっていったのかも知れない。
 真美と知り合ったのは、そんな時だった。まさか付き合い始めるようになるなど、思ってもいなかったので、すっかり有頂天になっていた。真美の言うことなら何でも聞いてあげたいという気持ちがあり、勝則は自分の中に溜まっていたストレスに気付いてもいなかったはずなのに、溜まっていたストレスが解消されたことに心地よさを感じていた。
 普通の性格に戻れた気がしていた。だが、勝則の中に鬱積したものが残っていたのも事実で、真美は、その鬱積したものに興味があったのだ。付き合い始めてから、少し丸くなってきた勝則に、真美の興味は少しずつ冷めていったのである。
 真美が少しずつ変わっていったのを、敏感に感じ取った勝則は、また鬱積したものが溜まってくるのを感じた。すると、真美が優しくしてくれる。真美の興味も戻ってきたのだ。
――自分が苦しまないと、真美は優しくしてくれないのか――
 皮肉な運命に勝則は悩んだ。真美が、性悪な女だというのを知っているのは、勝則だけであった。
 だが、実は真美が性悪な女であることを知っている人がもう一人いた。それは、優子だった。
 優子は、真美の性悪なところに興味を持った。もし、真美が普通の女の子であれば、興味を持つことなどなかったであろう。勝則から真美、真美から優子へと繋がる線は、一本であり、その線の中心にいるのが真美だった。こんな関係は、均衡が取れてこそ成立するというもので、どこかのバランスが崩れれば、すべてが狂ってしまうだろう。
――いや、元々が狂った関係なんだ――
 この関係を全体的に知っている人は誰もいないはずである。ただ、こんな関係もあるのではないかと思っているのは、真美だった。
 まさか自分のまわりの関係だなどと思っていないが、夢で、似たような関係を見たような気がした。あくまで夢で見たのは客観的に見たもので、全体が見渡せた。
 結末を見ることができないのが夢というもので、すべてが一方通行で保たれている均衡関係、これのどこが崩れるというのか、崩れる予感はあっても、一触即発のままで、一向に進展しないのが、夢の中だった。
 夢を見ていると気付いた時、均衡が崩れた。どこが崩れたのか分からないが、目の前に閃光が現れたかと思うと、一気に目が覚めていくのを感じた。
――まだ、結末が見えていない。目を覚まさないで――
 と、思ったが、夢というのは容赦ない。気が付けば、目が覚めていた。
――夢とは最後まで見せないから夢なのだ――
 分かっていたはずなのに、自分が夢を見ているということに気付いたのも、最後まで結論を見ることができないと思ったはずだったからだ。
 結論を見たいのは山々であるが、怖い気もしている。
――夢は潜在意識が見せるものだ――
 というが、まさしくその通りだ。潜在意識が見せるから、怖がりな自分が、見てしまったことを後悔しないギリギリのところで、目が覚めるのであろう。
 夢だから何でもありだという考えは、すでに小学生の頃からなかった。真美が、現実的だと言われるのは、そのあたりに原因があるのだろう。
 現実的な女の子は、あまり友達ができない。そのくせ、友達になる人は、ロマンチストが多い。もっとも、友達から見て現実的に見えるだけで、普通の性格であれば、それほど現実的に見えないのかも知れない。夢を語ること自体、現実的な性格とは言い難いのではないだろうか。
 真美は天邪鬼なところがあることから、現実的な会話をする人の中に入ると、夢の話を自分から始める。逆に、夢の話をする人の中に入ると、現実的な話から。夢を語ろうとする。どちらにしても、夢というものは、現実の裏返しであって、現実世界から離れた想像ができないことを示している。
 勝則は、少なくとも現実的な考えを持った男だった。変わり者だと言われるのは、現実的な考えに、夢の話を混在して話そうとするからで、現実的な話をする人から見れば、トンチンカンな発想に見え、逆に、夢の話をする人から見れば、いちいち話の腰を折られるようで、こちらも、会話に参加するには、荷が重すぎる。そういう意味で、会話に乗れない勝則を、変わり者という言葉だけで表現しようとしているのだ。
 要するに、変わり者同士が付き合い始めたのだ。
 ただ、磁石で言えば、同じ極の者同士が付き合っているようで、必ず反発するようにできているのではないか、真美にはその意識はないようだが、勝則には、反発する意識が芽生えてきた。最初にあれだけ有頂天だったのが、急に冷めてきたのは、そのせいであろう。
 それでも、真美が少しずつ自分から離れて行ったのは許せなかった。それは真美にたいしての未練というよりも、自分のプライドを傷つけられたことへの反発である。勝則は真美の様子を影から探り、ついに優子を見つけたのだ。
 その時にまたしても年上の女に裏切られたという思いと、優子が自分に勝る何かを持っていることに対しても、許せないものがあった。
――俺は女に負けたんだ――
 という思いが募り、優子がどんな女なのかを探ってみた。
作品名:魔法のエッセンス 作家名:森本晃次