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魔法のエッセンス

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 その日の優子は、昨日と違って、寡黙だった。朝からあまり話をせずに、表情もあまり変わらなかった。
――こんな優子さん、初めて見た――
 このまま帰ってしまおうかとも思ったくらいだが、優子の顔を見ていると、帰ろうと少しでも思ったことを後悔した。
――なんて、悲しい顔なんだ――
 最初は、寡黙で、無表情に思えたが、不安から逃げ出そうと思った瞬間、優子の表情が一気に変わった気がした。
 しかも、その顔には何かを訴えるような悲しい表情が浮かんでいた。
――まるで、さっきまでと立場が変わったかのようだわ――
 さっきまでの主導権は、間違いなく優子にあった。だが、今その主導権は、真美に移ろうとしている、考えていることと、不安が共有した時、真美の中で、相手に対しての意思表示ができたのだろう。
 初めて自分の意志が相手に通ったような気がした。
――あんなに悲しそうな表情になるなんて――
 今まで、自分に対して主導権を握っていて、真美が委ねる気持ちになっていたはずの相手が一変したのだ。戸惑いの中に、
――自分が主導権を握ってもいいのだろうか?
 という気持ちを優子にぶつけてみた。
――ええ、いいのよ――
 優子のアイコンタクトが帰ってきたような気がした。今までに見せたことのない表情であったが、一番何が印象的かと言えば、
――優しさ――
 だったのだ。
 優しさは、優子のトレードマークのように思えたが、実際に一緒にいて、優しさを前面に出した表情の優子を見たことはなかった。複雑な表情の中に、優しさを隠していたのかも知れないが、優子が複雑な表情をする時は、その時の自分の気持ちで、表に出したくないという思いがある時、いくつもの表情の中に隠してしまおうという考えがあるに違いない。
 その時は、優しさを隠した。隠さなければならない理由は、きっと優子にしか分からない心理なのだろうが、真美が見ていると、優しさを表に出すことは、身体を求めることと相反するものだという考えを優子が持っているからだと思えた。
 ただ、真美が最初に感じた優子の印象は、「優しさ」だった。今の優しさと違うものではないはずだ。確かに、同じ人の中に、違うイメージの優しさが存在しても、それは不思議なことではないだろう。相手によって優しさも違えば、同じ相手でも立場が変われば、優しさも変わってくるかも知れない。
 だが、真美には、優子の優しさは同じものであってほしかった。いくら立場が変わったとしても、同じ目で見つめられ、同じ感情をぶつけてくれた方が、不安はない。逆にそれでこそ、「優しさ」という言葉で表現できるものなのではないだろうか。
 立場が変わったことによって、真美は、優子を怖いとは思わなくなった。それよりも、愛おしさがこみ上げてきたのだが、そのせいで完全に優子にのめりこんでしまったことに、まだ気付いていなかったのだ。
 それが、優子の作戦であったかどうか分からない。意図的に、あのような悲しい表情ができるとは思わない。そこが、優子の妖艶さを引き立てるところであり、自分の身を守るための術なのかも知れない。
 真美は、優子に溺れてしまった。
「優子さんがいれば、私はそれだけでいい」
 さすがに父親には、話せることではなかった。もちろん、他人になど、話す謂れもない。
「義母さんと、仲良くしてくれて、お父さんは嬉しいよ」
 と、まったく疑っている素振りを見せない。
 ただ、気になっているのは、勝則だった。勝則は他の男の人たちとは違って、何をするか分からないところがあった。少し怖かったが、今のところ、真美に対して、何かを疑っているという素振りを見せてはいなかった。ただ、それは真美が知らないだけで、ある意味、勝則を甘く見ていたのかも知れない。

 勝則は、真美が自分との時間を、なかなか取れないことを気にしていた。
「ごめんね。今度の土曜日は、時間がなくて」
 その日は、優子の部屋に金曜日の夜から泊まり込んでいる予定である、土曜日は、朝から一緒にいて、昼頃から、ショッピングにでも出かけようと思っていた。
 表に出た時の主導権は、完全に真美だった。ファッションや流行に関しては、若い真美に適うわけもない。真美は、元々、それほどファッションや流行に聡い方ではなかったが、優子と一緒にいられるのであればと、自分なりに本を読んだりして、勉強したのだ。
――こんなにいろいろな知識を得ることが楽しいなんて、今まで感じたことなどなかったわ――
 と、真美は、今の自分が輝いていることに喜びを感じていた。人のためになることが、ひいては自分のためにもなる。以前から聞かされていたことだったが、実感はなかった。実際に人のためにしてみて、初めて分かる。楽しいと心の底から思えるのは、そんな時なのではないだろうか。
 花屋の知識は、優子から教えてもらった。
「私は、お花の知識しかありませんから」
 と、言っていたが、それだけではない。表に出た時のファッションや流行に関しては、真美に勝ることはあり得ないが、それ以外の知識は、年相応に持っているようだ。それをひけらかさないところが、優子のいいところでもあり、謙遜されると、さらに優子のことが気になってしまう真美だった。
 優子と真美の「蜜月関係」は、しばらくの間、誰にも知られることはなかった。人に知られても、別に構わないとまで真美は思っていて、
「別に悪いことをしているわけではない」
 と、思っていた。
 ただ、後ろめたさは、父にだけは持っていた。優子は間違いなく父親を愛している。真美との関係がなければ、熟年ではあるが、新婚生活を甘いものにできるであろう。残念なことに、長期出張のためか、なかなか夫婦生活を楽しめない。それでも、娘が義母と仲良くなり、父親の帰りと待ってくれていると思うと、頑張れるのだった。
「優子さんは、父のどこを好きになったんですか?」
「松田さんは、本当の優しさを持った人だと思ったんですよ。私の過去のこともまったく聞かないし、たまに急に怒り出すこともあるんだけど、それも、必ず私が悪い時であり、ちゃんとした理由があるのよ。あの人は、その理由を自分からは決して言わない。不器用なところがある人なので、そういうところを私が支えてあげたいって思ったの」
――急に怒り出す性格は、優子さんの前でも出したことがあるんだ――
 自分にだけではないと思うと、ホッとした気持ちにもなったが、他人の優子さんにこれだけ分析できる父なのに、娘の自分は、そこまで分からなかったことが、少しショックだった。
「真美ちゃんも、お父さんの悪いくせを知っていて、それがどうしてか、分からないっていう感覚を持っているんでしょう?」
――完全に、見透かされているわ――
 と思った。
「ええ、その通りです」
 一瞬、優子の動きが泊まったが、
「それはね、きっと親子だからかも知れないわね。他人には見えることでも、親子だと見えていたとしても、無意識に目を瞑ってしまうこともありますからね。それはある意味、仕方がないことかも知れないですね」
 と、淡々と話をしてくれた。
作品名:魔法のエッセンス 作家名:森本晃次