魔法のエッセンス
嫌だと思ったことは覚えているのに、自分が認めて、優子に自分から求めようとしたことは、案外忘れてしまっているのかも知れない。それでも優子にしたがって身を任させている自分に自己嫌悪を感じないのは、
「私も、優子さんを求めていたのかも知れない」
と、感じたからだ。
と、いうことは、
「私は男性恐怖症だったから、優子さんと出会った?」
もちろん、父親が出会っているので、偶然がなければ、優子のことを、
「義理の母親」
として、認めるかどうかだけだということになってしまう。
ただ、優子は、花屋さんに勤める前の喫茶店で、真美のことを意識していた。やはり、偶然は必然であり、どれか一つでも欠けていれば、今の優子と真美の関係はなかったであろう。
「真美ちゃん、私が怖い?」
「はい」
正直に答えた。答えたことで、優子の表情が少し歪むのではないかと思ったが、そんなことはなかった。
「でも、怖いだけじゃないでしょう?」
「ええ、心地よさというか、余裕のようなものが感じられます。まるで魔法にでも掛かっているかのよう」
優子は、真美のことなら何でも分かっているんじゃないかって思えるほどだったが、まるで優子は媚薬のような感じに思えてきたのだ。
「そうね。私は魔法使いじゃないから、全面的には無理でも、それでも、エッセンスくらいのものはあるかも知れないわ」
「魔法のエッセンスですね。いい言葉だわ」
「ええ、私は、いつでも、真美ちゃんのエッセンスでいたいと思っているのよ」
「じゃ、お父さんには?」
ちょっと意地悪な質問であったが、
「そうね、お父さんにも同じように魔法のエッセンスかしらね」
「ずるい。私と同じなのね?」
本当は、父親よりも強く思ってくれているのを分かっていての質問だった。
「だって、比較にならないんですもの。エッセンスといっても違うものなのよ。真美ちゃんは分かっていると思うけど」
「見透かされているようね」
「ええ、私には二人とも大事、そして、今は真美ちゃんが一番」
そう言って、キスをしてくれた。
その頃には、恐怖心はなくなっていて、優子のリードに身を任せていた。
「暖かい……」
真美は、体温と体温が重なった時、同じような暖かさであれば、暖かく感じることをその時初めて知った。
暖かさは、優子の指から、真美の指に伝わり、全身へと伝わっていく。最初から重なった身体で感じた暖かさとの交わりを感じた時、真美は、身体に電流が走ったような感覚を覚えたのだった。
布団の中は暖かい。それは自分の体温で暖まったものだが、優子が入ってくると、感覚がマヒしてくるのを感じた。
――布団の肌触りがなくなってくる――
その思いは、真美だけが抱いているものなのだろうか。
真美がビックリしたのは、優子の身体から、汗が滲み出ているのを感じたからだ。
――自分は汗など掻いていないのに、どうしたことなのだろう?
と思ったが、すぐにその答えは見つかった。
――あれ?
優子が真美の身体に触れたその場所から、そこだけから、真美の身体は反応して、汗を吹き出すようになっていた。
――優子さんは、想像で汗を掻いていたのかしら?
まるで、最初から、真美に触られていた感覚があったのかも知れない。そうでなければ、冷静な優子が、あれほど酔ったような顔にならないだろうと思ったからだ。真美にとって優子はまるで、マリヤ様のようなイメージだからである。
――優子さんは、この後、私にすることを、後になって覚えているのかしら?
という疑念を抱いたが、真美の感覚では、覚えていないような気がしていた。その方が、優子らしいと思うし、会話が途切れたり、ぎこちなくならなくて済むと思ったからだ。
優子は、名前の通り、優しかった。だが、優しさの中に、どこかぎこちなさもあった。それは、優子の中にある自己嫌悪なのかとも思うくらいであったが、自己嫌悪であるならば、どこかに葛藤が見られる気がしたのだが、葛藤があるようには、どうしても見えてこなかった。
――やはり、夢遊病のような感覚なのだろうか?
もし、そうであるならば、少し寂しい気がするが、それならそれで、真美の中でも、
――夢の中での出来事、それこそ、夢で逢えたら……、の世界なんだわ――
と思うのだった。
優子の指は、繊細に、敏感な部分を捉える。首筋から乳首に至るまでを何度も往復し、真美の身体が反応するのを楽しんでいるようだった。
真美が焦れったさを感じはじめると、今度は、少し強めに乳首をこする。真美は吹き出す汗を感じたが、すでに、優子の指は、真美の太ももの内側に移動していた。
「あぁ」
思わず漏れてしまった声は、快感と、乳首に対しての攻撃が中途半端に終わってしまったことへの残念な気持ちから洩れたものだった。だが、すでに次の攻撃に移った優子には、真美に対しての容赦はないようだ。
股間に近づきつつある優子の指を感じながら、今度は新たな攻撃が待っていた。優子が先ほど指での攻撃を行ったルートを、そのまま舌が攻撃を始めたのだ。
上半身と下半身を同時に責めてくる優子に、真美は快感の渦の中にいて、逃げることのできない自分を、客観的に眺めている。客観的に眺めていても、快感の波は小刻みに襲ってきて、逃げることのできない自分を感じることで、宙に浮いたような快感が味わえるのだった。
「我慢できない?」
「はい」
優子の指は、股間の一番敏感な突起をすでに捉えていた。
「ふふふ、もう少しの辛抱よ」
「えっ、辛抱しなければいけないんですか?」
優子の容赦のない責めに喘ぎながら、真美は何かを考えているようだったが、何を考えているかなど、その状態で分かるはずもなかった。
「ええ、そうよ。その方が、快感は一気に増してくるものなの。一足す一が二ではないということが、あなたにも分かってくるはずよ」
「……」
考えられない頭で、考えようとしている。優子の攻撃ですでに何度が小さな波を乗り越えてきたが、大きな波が襲ってくるのも、時間の問題であろう。
優子の上半身への攻撃が、今度は下半身に集中してくる。下半身への指と、舌の同時攻撃には、先ほどまでの快感とは比べ物にならないほどのものが、襲い掛かってくる。
――あぁ、生きててよかった。こんな快感を味わえるなんて、これがオンナの悦びなんだわ――
真美は、一気に上りつめてくるのを感じた。
「そろそろね」
「どうして、分かるの?」
「それはね。私がオンナだからよ。男には分からない女の部分を、私が知っているから……」
そういうと、さらに攻撃の手を強めた。
「あぁ、もうダメ……」
大きな波を意識し始めて、自分でもどこが限界か分かった気がした。今までに感じたことのない大きな波であるはずなのに、どこか懐かしさを感じる。
しかも、その懐かしさは、ここ最近のものでもないので、時代を遡って思い出そうなどとすると、きっと、思い出す前に絶頂を迎えている。
――嫌だ。先に思い出したい――
という思いが強く、それが自分の中の本能に反応したのか。真美は思い出したようだった。
――あれは、そう、まだ私が生まれてくる前のことだわ――