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魔法のエッセンス

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「それは確かに鬱状態なのかも知れないわね。私の感覚では、鬱状態があれば、躁状態も存在するような気がしているの。だから、あなたは無意識の中で、躁状態を向けているのかも知れないわね」
「そんなことってあるんですか?」
「ええ、でも、そのうちに、どちらも感じるようになると思うわよ」
「そんなものなのかしらね」
 と、その時は半信半疑だったが、確かに、彼女の言う通り、躁鬱症にはしばらくしてから、意識するようになっていた。
 優子は、そんな真美の性格をある程度分かっているようだった。真美が男性恐怖症になっているのを知っている素振りは何度かあった。男性と隣り合わせにならないように、必ず自分が入ってみたり、どうしても男性に挟まれてしまう時は、男っぽさを表に出している人の間に入ってくれていた。
「やっぱり分かるんだわ」
 と、思ってくると、真美が躁鬱症であることも分かっているのではないかと思うようになってきた。
 時々優子と一緒にいると、心地よさが感じられる。
「これは、以前に友達が言っていた。バイオリズムが合っている証拠なんだわね」
 バイオリズムが合っていると、何でも分かられてしまっているのだろう。隠し事はできない。できないくらいなら、相談するのが一番だ。
 ただ、いくらバイオリズムが合っているとは言え、しょせんは他人である。言いにくいこともある。言いにくいことは言わないようにしていた。
 何よりもバイオリズムが合っていることの最大の利点は、自然でいられるということである。だから、別に無理をすることはないと、思うのだった。
 優子に、何度か食事に誘われ、優子の部屋で食事をし、そのまま泊まるというパターンが続いた。一週間に一度の割合が二回になり、三回になってくると、ほとんど、家に帰るよりもここにいる方が自然に感じられるようになっていた。
 だが、優子は三度以上の誘いをかけてこようとはしない。三度までになるには、すぐだったのに、おかしなものだ。
「何か、自分の中で制限を設けているのかしら?」
 そう思って優子を見ると、少し、それまでと違った雰囲気を感じるようになった。
 優子にどこか落ち着きがなくなった。ソワソワしている雰囲気に、何か禁断症状のようなものを感じ、一瞬、妖艶な雰囲気で見られたかと思うと、次の瞬間、金縛りに遭ったかのように、動けなくなってしまった自分を感じる。
 だが、それはあくまでも一瞬で、動けなくなった自分が一枚の写真に収められ、その瞬間だけ、魂を抜かれたのではないかと感じるのだった。
 そう感じて、優子を見た時、優子が不気味に笑っている。
「そうよ、その通りよ」
 と、動いてもいない唇を見ながら、そう呟いたように見えたのだった。
 優子は、若く見えるが、本当に母親と同じくらいの年齢だ。ひょっとすると、年上かも知れない。そう思うと、優子が若かった頃の昭和の時代、おばあちゃんから聞かされた怖い話を信じていた幼かった頃の優子を感じることができた。金縛りに遭った人間を、写真の被写体として収め、魂を抜き取るなどという感覚を、優子なら感じていたかも知れない。
 そのことを、真美は、優子の視線で感じることができた。
 優子の視線は、それまで自然だった中で、一瞬見せた不自然さに思えた。
 だが、それは本当に不自然だったのだろうか?
 自然だと思っていた普通の流れにそぐわない、ぎこちなさがあったからと言って、それを不自然と言えるかどうかだが、真美は、考えていくうちに、
「これも自然なんだ」
 と、思うようになっていた。
 ただ、見つめられていると、
「まるで、ヘビに睨まれたカエル」
 になっている自分を感じ、まるで男性恐怖症に陥った時を思い出した。
「優子さんを信用していたのに、どうしてこんな気持ちにさせられるの?」
 と、思ったが、再度優子を信じてみることにした。
「記憶喪失の人の記憶を取り戻す時って、ショック療法を使うことがあるらしいと聞いたことがあるわ」
 とすると、これも優子のショック療法なのだろうか?
 そう思い、再度優子を見てみた。
 優子の表情には、いつもの余裕が戻っていた。ニコニコ微笑んでいる顔を見ると、さっきまでの表情がまるでウソのようである。たった今の表情なのに、だいぶ前に見た表情のようで、時系列に歪みが生まれているように思えてならなくかった。だが、その表情は、ずっと頭の中に残ってしまうであろうことを、真美は自覚しているのだった。
 優子と真美の距離が縮まってきたのは、それからすぐのことだった。精神的な距離と同時に、物理的な距離も縮まっている。
 優子はマンション住まいで、泊めてもらう時は、いつも同じ寝室で、布団は別だが、すぐ横に並べて寝ている。
「私はベッドで寝ることってしないのよ。やっぱり年なのかしらね」
「そんなことはないと思いますよ。私だって、いつもはベッドで寝ているんですけど、たまにお布団を出してきて、お布団で寝ることがあるんです。気分転換にはちょうどいいですからね」
 真美は温泉旅館で泊まった時のお布団での寝心地の良さを言っていた。旅行に出かけるのが好きな真美には、温泉旅館のイメージになれるお布団は、最高の気分転換であり、贅沢な気分にもさせてくれるのだった。
「真美ちゃんの男性恐怖症。治してあげたいわ」
 そう言って、真美の蒲団の中に、優子が忍び込んでくる。
 本能的に身体を固くし、
「いやっ」
 と、一言声を発したつもりだが、本当に出ていたのかと言われれば、分からない。優子は、委細構わずに布団に侵入してきたが、もし、真美が何を言っても、聞こえているのかどうか、分からないくらいに見えたのだ。
 優しく髪を撫で上げられると、気持ちよくなって、自分が分からなくなりそうだった。
 優子の顔が近づいてくる。
 よく見ていると、目は虚ろで、頬が上気している。まるで酔っているのではないかと思うほどの雰囲気に、息もお酒臭さを感じさせるほどだった。
 白ワインの香りを感じながら、自分も、先ほどの白ワインの味を思い出していた。白ワインの味を思い出してしまうと、優子の唇が近づいてくるのを、避けることができなかった。
 いや、避けることができなかったというよりも、避けようとしなかったのかも知れない。敢えて受け入れることで、自分が快感を得ようと思ったのか、それとも、
「虎穴に入らずんば虎子を得ず」
 ということわざにあるように、受け入れてみなければ、何も始まらないと思ったのかのどちらかであろう。
 だが、すぐに、そんなことはどうでもよくなった。そう思った瞬間に、避けようとしなかったことに対して、他意はなかったことであり、本能のまま、心地よさに身を任せている自分がいることを感じていた。
 真美にとって、優子の誘惑は嫌なものではなかった。本当なら、このような行為は嫌らしい行為として、自己嫌悪に陥ってもしかるべくだったはずなのに、あっさりと認めてしまうのは、最初に優子が言った、
「男性恐怖症を治してあげるわ」
 という、優子の口から出た言葉を、大義名分として、受け入れたからだった。
「治してください」
 その後に、そう呟いた気がする。
作品名:魔法のエッセンス 作家名:森本晃次