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魔法のエッセンス

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 聞いてはいけないことだったのかも知れないが、義理とは言え、まだ母親になっていない今だからこそ聞けることだった。それに父親と結婚しても、優子のことを「お母さん」とは呼べないような気がした。
 優子は、かすかに溜息をついたようだったが、淡々と答え始めた。
「そうね。確かに男性の知り合いはいたわ。でも、皆仲良くなるにつれて、私から離れて行った。これは、前にも話したことあったわね。でも、私にもなぜか分からないの。ただ、一つ言えることは、私は本当に男性を好きになる資格があるのかしら? ってずっと思っているのよ」
「どうしてなんですか? それが私には分からない」
「私は、男の人よりも、女の人の方が本当は好きなの。男の人って、ガサツで自分のことしか考えていない人が多いでしょう? それに私は、男の人に従わなけれないけないという気持ちがどうしても分からないのよ。でも、そこは、母を見ていたから、そう思うようになったのかも知れないわ」
「お母さんですか?」
「ええ、私の母は、もう亡くなったんだけど、昭和初期から生きていた人なので、男尊女卑の時代を、そのまま生きてきたのよ。父は、いつも家では威張っていたわ。しかも表にも女の人を作っていたということも分かっていたのよ」
「どうして分かったんですか?」
「父は隠すようなことはしなかった。すべてをオープンにして、それを母や娘の私に分からせようとする。今の時代では信じられないでしょうけど、いわゆる封建的な人だったのね。そのおかげで、母も私も苦しめられた。男性不信、いえ、男性恐怖症と言ってもいいかも知れないけど、そんな感じになったわね」
 真美が自分を男性恐怖症などと思っていたことが、まるで幼稚なことのようだ。
――この人は、壮絶な人生を歩んできたのかも知れないわ――
 尊敬の念とは別に、違う感覚が芽生えてきた。同情や憐みなどでは決してないこの思いは、頼りになる相手に対して抱く、本来の信頼感ではないだろうか。今までにも信頼感というのを感じたこともあるが、それとはまったく別のもの。その信頼感があるから、尊敬の念も生まれてくるのだ。尊敬とは、敬い尊ぶこと。一歩下がって相手を見なければ、全体が見えてこない。そのことをハッキリと分からせてくれた存在、だから、優子の言葉には、言葉だけなのに、態度にも匹敵する説得力を感じるのかも知れない。
 真美は、中学の頃に、学校の先生に憧れていた。相手は初老に近いくらいの男の先生だったが、先生がゆっくりと話す言葉の一言一言がワクワクさせられるものだった。
 どんなことを話していたか覚えているが、今思い出しただけでは、その時のドキドキがどんなものだったのか覚えていない。たぶん、自分が中学生であったことが、その時にドキドキさせられた気持ちの裏に潜んでいたものなのかも知れない。
 もし、その時に先生に出会わなかったら、ひょっとすると、男性恐怖症を知らずに、ここまで来れたかも知れないと思ったこともあった。
 先生と出会ったことは、真美にとって、
「尊敬できる人が、どういう人なのか、分かった瞬間」
 そして、男性というのは、先生のような人と、自分が許せないタイプの人との二種類に別れると思ったのだ。
 父親は、そのうちの尊敬できる方の人だったはず。
 確かに、尊敬に値する人なのだが、真美にとって、一番身近な男性でもあった。男性として見ていなかったことが、真美の中で甘さであった。
 きっと、両親が離婚したことで、父親の中に、母親も同時に見てしまったのだろう。同世代の女の子であれば、父親を完全に男性として意識して、毛嫌いしているはずなのに、真美にはそれがなかった。父親もホッとしたであろうが、その時になかっただけで、もっと成長してから現れたのだ。だからこそ、真美の傷は大きかったし、父子家庭の中では避けては通れないものだったのかも知れない。
 真美は普通に人を好きになり、普通に異性を意識していたのだが、どこでどう間違って軽い男性恐怖症になったのか、自分では分からなかった。
 もちろん、まわりは、真美が男性恐怖症であることは知らない。ただ、高校時代から、短大卒業まで一緒だった友達には分かられてしまった。
「どうして分かったの?」
 と聞いてみると、
「だって、真美は分かりやすい性格だからね。隠そうとすればするほど、私には分かるの。でも、きっとそれは私だけに分かるんだって思うわ」
「どういうことなの?」
「必死にまわりに隠そうとして、一番身近な人に、それがバレてしまう場合は、バイオリズムが合っている人には分かりやすいということね。それは相性ではないのよ。私は、真美と一緒にいるのは、バイオリズムが同じだからだと思っているの。性格が似ているわけでもないし、相性が合っているように思う?」
「確かに性格が合っているような気はしないわね。でも、なぜか一緒にいると、お互いのことが分かってくるような気がするのよ」
「それは呼吸が合っていて、リズムが合っている証拠なのよね。気を遣うこともないし、一緒にいるだけで、心地よさを感じる。バイオリズムが合っているということなのよ。これも一種の本能のようなものなのかも知れないわね」
「相性が合っているのとは、違うの?」
「広い意味では相性が合っていると言ってもいいかも知れないわね。でも、やっぱり相性というよりも、本能というべきなのよ。相性だったら、お互いに同じくらい、相手のことが分かるという意識があると思うのよ。真美には、その自覚がまだない。やっぱり、相性よりも、バイオリズムなんでしょうね」
 説得力は感じたが、全面的に信じたわけではない。だが、彼女が真美の男性恐怖症に気付いたのは事実なのだし、これ以上の説得力はない。真美は、その時から友達の話を真剣に聞くようになった。
 人の話は、半分聞いて、半分は疑ってみていたが、他の人もそうだと思っていたが、どうなのだろう? よほど気心が知れていなければ、全面的に信じられないし、相手の話を分析していくと、必ず、どこかで矛盾が生じてくる。
「性格が違うのだから、当たり前のこと」
 と思い、自分に受け入れられるところだけを、信じればいいのだった。
「真美のような性格は、私のように分かりやすいと思われているか、それとも、本当に、まったく分からないと思われているかのどちらかなんでしょうね」
「私もそう思うのよ。だから、私のことを分かる人が誰もいないと思っていたの」
「でも、あなたのことだから、それでいいと思っていたんでしょう? 誰も知らないなら知らないで、その方が確かに気が楽ですからね。でも、本当にそうなのかしら?」
 ドキッとしてしまった。確かに彼女の言うとおりである。
「そうなのよ。確かに気が楽なんだけど、でも、一抹の寂しさが、どうしてもこみ上げてくることがあるのよね。それもいつもというわけではなく、時々、それも決まった感覚でなのよ。躁鬱症なのかとも思ったんだけど、どうやらそうでもないようで、でも、一度不安に陥ると、なかなか解消されないのよ」
作品名:魔法のエッセンス 作家名:森本晃次