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魔法のエッセンス

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 三宅優子は、近くの花屋のパートをしていた。初めて優子に出会ったのは、今から半年ほど前であっただろうか。
 優子に会った時の第一印象であるが、
「清楚で素敵な女性だ」
 というものだった。花にはそれまでほとんど興味もなかったくせに、さも興味があるかのように、優子に花について尋ねることが多くなった。さすがにまったく知らないというのもおかしいので、本屋で本を買って、少し予備知識を得たところで話しかけたりしたのだ。
 店の店員は他にもいるのに、優子にだけ話しかけている自分に対し、
「あの人、露骨だわね」
 と、思っている人もいるかも知れないが、それでも、構わないと思った。優子に対して、最初は花の知識を持っていないと恥かしいと思ったくせに、それ以外のことに対しては無頓着なとことが、自分らしかった。
 この男、名前を松田という。近くの貿易会社で部長をしていた。貿易会社の中でもそれほど大きな会社ではないので、部長と言っても、それほど大したことではない。むしろ、自分から、
「部長をしています」
 などというのは、却って恥かしいくらいで、最初は自分のことを話すことはしなかった。松田は、今年で五十歳になった。中年も後半というところであろうか。一度結婚歴はあるのだが、十数年前に離婚した。いろいろと揉めたが、一人娘を結局松田が引き取り、育てていた。
 一人娘の真美は、今年で二十二歳になった。短大を卒業し、社会人三年目になっていた。中学生の途中くらいから、高校生の途中くらいまで、どこの娘にもあるのだろうが、父親と話をしない時期があったが、短大に入学すると、急に丸くなり、よく話をするようになった。それが、松田にとって、一番嬉しいことだった。
 再婚を考えなかったわけではないが、考えた時期が、ちょうど真美と話もできない時期だったので、再婚よりもまず娘が気になった。おかげで、その時の自分は、毎日が、
――本当に今こうやって考えているのは、自分なのだろうか?
 と、自分の存在自体に対して、疑問を抱いていたのだった。
 それでも、真美が心を開いてくれるようになってからは、自分が中年であるということも忘れ、女性を気にするようになった。
「今さら、再婚を考える気は失せてはきたんだけどな」
 と思いながらも、まわりの女性が気になるようになってきたのは、皮肉なことではあったが、これこそが、男の性のようなものではないのかと思ったりもした。
 ただ、会社の女性を意識することはなくなった。どうしても、仕事を前提に話をしている人たちなので、まずは仕事優先だと思うと、女性として意識しても、そこから先に踏み込むことはできない。それが松田の性格なのだろう。
 毎日の通勤路で、優子とは帰宅途中の毎日顔を合わせて、
「こんばんは」
 と、挨拶を交わすことが日課だったのに、女性として意識し始めたのは、最近のことだった。一目惚れというわけではなかった。
 だが、一目惚れではないだけに、ジワジワと気持ちが高まってきたおかげで、それほど焦ったりする気持ちはなかったのだ。
 松田は、一年くらい前までは、会社の仕事が忙しく、帰宅時に花屋の前を通りかかる時は、すでに閉店後だった。そこに花屋があることすら知らずに、毎日の通勤に、この道を使っていた。もっとも、他の店も同じで、一年前から徐々に帰宅時間が早くなってくると、今まで通っていた道が、まるで違う道のように見えてくるから不思議だった。
「早い帰宅も悪くないな」
 最初は、早く会社を出ても、することがあるわけではない。時間を持て余すだけで、何をしていいのか分からなかったこともあり、スナック通いが続いたりした。
 最初は分からずに何軒か通ってみたが、中には明らかにぼられてしまったと思える店もあり、スナック通いを止めようかとも思ったが、しっくりとくるお店が見つかったこともあって、そこの常連になっていた。
 カラオケを歌うわけでもなく、いつもカウンターで、グラスの氷の音を楽しむかのように、チビリチビリと飲んでいるだけだった。
 店の女の子も、最初はどう対処していいか分からなかったようだが、慣れてくると、話しかけていい時なのか、悪い時なのかが分かるようになり、却って、客としては扱いやすい方だったようだ。
 薄暗い店内にある花にも興味を持つようになった。
 名前は知らないが、じっと見ていると、
「松田さんは、お花に興味があるんですか?」
「と聞かれ、
「まあね」
 と答えたが、それ以上は女の子も話を続けようとはしなかった。花を見ている松田の目は、花というよりも、さらにその向こうに見えているものを映し出しているような気がしたからだった。
 実際に見ていたのは、優子だった。そのことを、最初から松田も分かっていたわけではない。意識はしていても、ボーっとして見ているだけだった。
 元々、集中して何かを見るということが苦手な松田だった。見えているものも時間が経ってくれば、次第に最初に見えていたものと微妙に違ってくるからなのかも知れないと思うからだった。
 曖昧に答えたことで、店の女の子は、どのように感じただろうか? 勘の鋭い人になら、分かってしまうのではないかと思うと、少し恥かしくなった。
「お前は、すぐに態度に出るからな」
 と、学生時代に言われたことがあった。それをいい方に解釈した松田は、
「そうかい?」
 と、まんざらでもない表情を浮かべたが、相手に見透かされて気になるのは、むしろ、学生時代の頃の方だった。
 優子と初めて話をしたのは、花屋に立ち寄るようになって、数回目だった。目が合いそうになると、恥かしさから目を思わず逸らしてしまっていたが、却ってよそよそしい。思い切って話しかける方が、まだマシではないかと思うようになっていた。
 話をして感じたことは、思ったよりもハスキーな声だということだ。もっと可愛い声だと思っていたのだが、慣れてくると、それが新鮮に感じられ、時折、笑う時の声が、色っぽく感じられるのが、嬉しかった。
 なるべく笑ってもらいたいと、いわゆる「おやじギャグ」を連発していたが、その印象からか、
「松田さんって、面白い方ですね」
 と、言って、口を押えて笑っている。その姿を見ていると、くすぐったくもあり、照れ臭くもあり、ただ、確実に馴染んできていることに、嬉しさを隠し切れない松田であった。
 女性に歳を聞くのは失礼だと思ったので、まず自分が五十歳になっていることを告げると、照れている松田以上に、今度は優子が照れているのか、耳たぶを真っ赤にしながら、モジモジした態度で、
「実は、私も四十歳代後半なんですよ」
 と、答えてくれた。
「えっ?」
 思わず出てしまった驚きの声に、さらに今度は顔を真っ赤にして、困ったような表情を優子は浮かべていた。
 どう見ても、三十歳代前半にしか見えない。行っていたとしても、四十歳には絶対に見えないと思っていた。
 少しポッチャリはしていたが、それも愛嬌で、肌に目立つような皺は感じることもなく、笑顔に浮かぶエクボが素敵な女性が、まさか四十代後半だなんて、あまり女性の年齢を読むことができない松田であっても、ビックリであった。
作品名:魔法のエッセンス 作家名:森本晃次