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魔法のエッセンス

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 しかも、その相手が実の父である。実の父に対して嫉妬していることになるのだろうか? それもおかしな感覚であった。
 優子は、その時の真美のことを話し始めた。それは、真美が自分では意識していなかったことであった。
「真美ちゃんは、その時、結構何かで悩んでいたように見えたんですよ。それは最初に来た時に分かったんですけどね。でも、何度か来ているうちに、次第に悩みが消えて行ってるように感じたので、私も安心したんです。元々、悩みがあった人が気になってしまうのは、私のくせでもありますし、自分が見ている間にその人が悩みから解放されていくのを見ると、さらに嬉しくなって、忘れられなくなるのも無理のないことだと思うんですよね」
 と、真美のことが気になっていた理由を話してくれた。
 それを聞いて父は、ひどく喜んで、
「そうなんですね。いや、本当に嬉しい。娘に変わって私からお礼を言いますよ。それにしても、こんな偶然ってあるんですね」
「ええ、だから私もこの偶然の悪戯を私だけの胸に閉まっておくのがもったいない気がしたんですよ。お話させていただいたのは、そういうことなんです」
 二人は、完全に有頂天の渦を作り上げていた。
 真美は、二人をよそに、まだいろいろ考えていた。
 確かに男性恐怖症の時期があり、悩んでいる時期もあった。ただ、その時真美は、自分が楽天的な性格でもあることを悟っていた。
「悩みは永遠に続くことはない。どこかに出口があって、出口が見える時が必ずあるはずだわ」
 と思っていた。
――自然治癒などありえない――
 という思いの裏側なのだろうが、悩みというものをイメージする時、必ずトンネルであることが考える際のポイントだった。
 出口に差し掛かった時の明るさは、立体感を含んでいる。トンネルの中は薄暗く、実際のトンネルで見られる黄色い明かりが、等間隔で灯っている。
 トンネルの中では立体感を感じない。壁を這うように前から後ろに流れる影が、歪な形の様相を呈しているが、それ以外には、何もない。実像がなくて、影だけが漂っているのだ。
 トンネルを抜けるのを感じた時、一瞬、暗くなるのを感じる。明るさが目の前全体に広がり、その瞬間、出口が近いことを感じるのだが、一瞬、暗くなるのを感じることに気付いたのは、最近のことだった。
 それは、トンネルを抜ける時のイメージが、実際に抜ける時以外でも分かるからだった。目の前に今まで広がっていたオレンジを含んだ黄色は、一色である。立体感を感じさせずに影だけしか見ることができないのはそのせいであろう。
 だが、トンネルの出口には、カラーが広がっている。それはまるで夢の世界から現実世界への出口でもあるかのようだったが、色には、明るい色から暗い色も存在する。少なくともトンネル内部の黄色い色は、明るさを感じさせる。それに比べて、暗黒の世界は、真っ暗で、トンネルを抜ける瞬間の一番最初のごくわずかな時間に、真っ暗を感じさせておけば、あとは明るい世界だけを見せることになる。それが、トンネルの出口であり、
「心の中にある暗雲」
 というトンネルを抜ける時も同じなのでないだろうか。
 悩みを通り越した時のことを、真美はしみじみと思い出していたが、真美はその様子を包み込むような表情で見つめてくれている。
 父はといえば、そんな二人を意識することなく、何とかこの場を仕切ろうと、いろいろな話を考えて話をしていたが、我に返った真美がそのことに気付いた時、滑稽な気がした。滑稽ではあったが、
「考えてみれば、この雰囲気が一番この場では和やかで、最高の雰囲気だと言えなくもないだろうか」
 と思うのだった。
 真美にとって優子の存在は、
「父親よりも頼りになる」
 と思えた。
 確かに父は、自分を育ててくれて、頼りになるのは分かっているが、どうしても男性だという意識が強く、何よりも相談できないことが多すぎる。友達にも相談できないことも少なくない中で、優子の存在は、これ以上頼りになる人はいないことを示していた。
 ただ、真美には一つ気になることがあった。
 それは、優子が男性と付き合っても、最後には自分がフラれているということだった。今の真美を見る限り、男性を嫌いになることがあっても、男性から嫌いになられることなどないように思えるからだ。付き合っていけば、どこかに男性との間でギャップが存在する何かを相手が発見するのであろうか? そう思うと、優子にはまだ真美が理解できていない何かがあることを思わせた。
「真美さんは、父のどこが気に入ったんですか?」
 と聞くと、
「そうですね、素朴なところが一番気に入ったところですね。優しさや力強さは人それぞれに持っていると思うんですけど、素朴さを持っている人というのは、私には新鮮なんですよ。素朴さからの優しさや力強さを感じるのが、松田さんなんです」
 しっかりとした筋の通った言葉に、説得力は十分だった。真美は、優子の迫力を感じさせる言葉に圧倒され、それ以上は何も聞けなくなる気がしてきたのだ。
 父のことをここまで想ってくれていると思えば、これ以上何も聞けないのだが、真美は、自分に対して優子がどう思っているかということも、実は知りたいと思っていた。それは、母娘としてという意味ではなく、自分にとって頼りがいのある女性として立ち振る舞ってくれることを願ってのことであった。
 それからしばらく真美は勝則と会うことはなかった。別に嫌いになったわけでもなく、もっともこれくらいのことで嫌いになるほど、元々が勝則のことを好きではなかったのだが、会わなくても真美は別に気にならなかった。
 勝則からは、最初の頃は、
「どうして会えないんだよ」
 と、何度か連絡があったが、そのうちに諦めたのか、連絡がなくなってきた。真美とすれば、連絡がないことに一抹の寂しさを感じていたが、別になくならないでも関係ないと思うようになっていた。
 興味はすでに優子に移っていたからだ。
 勝則は、真美が感じていたように、他の男性とは違っていた。
 いい意味でも悪い意味でも違っていて、いい意味では、放っておいても、さほどしつこさを感じさせないところであった。ただ、それが人によって少しずつ態度が違っていることに気付かなかったことは、真美にとっての失策だったことは間違いない。
 勝則の方としても、真美のことを、本当に好きだったのかどうか、自分でも分かっていないようだ。確かに最初会えない時期があった時は、
「嫌われたんじゃないかな?」
 と思い、焦ったようだが、それも、真美を好きだからではなく、相手が誰であれ、急に態度を変えられることに苛立ちを覚えていたのだ。その気持ちが他の人よりも大きいことで、時々自分が分からなくなることもあった。
 勝則は、真美と性格が似ていることを自覚していた。だからこそ、相手の考えていることが少しは分かるのであって、苛立ちも覚えるが、放っておいてもいい時は、焦ることもない。
 真美はそんな勝則の性格を見て、
――この人は変わっている――
 と、思ったようだが、正確には、変わっているわけではなく、自分と同じような性格であり、そのことを自覚していないことから、他の人にはいない性格を、
――変わっている――
作品名:魔法のエッセンス 作家名:森本晃次