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魔法のエッセンス

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 父が選んだレストランは、以前、二人で出かけたところだった。
「ここは、真美と初めて二人で来たレストランなので、今後は、真美と二人きりになりたいと気だけ利用するようにしようかな?」
 と言っていたが、それから十年近く過ぎたが、ここに来るのは、これで四度目になる。数年に一度、忘れた頃に父が連れてきてくれる。ステーキのおいしい店をして有名で、予約をしておかないと、いつも満席で、入ることができない。
「前に来た時は、真美の就職祝いだったな」
 そう、父親とここに来る時は、すべて、真美の記念日だった。その前は短大入学の記念だった。今回初めて、父親の記念日になるかも知れない日になったのだ。
 しかも、今回は二人きりではない。
「二人だけの場所だと言っていたんじゃなかったかしら?」
 真美は皮肉を込めて言った。
「そうだよ。今でもここは二人きりの場所だと思っているよ。でも真美に彼女を会わせる場所としては、ここしか思い浮かばなかったのさ。真美もそう思っているなら、どうして、他の場所にしようと、最初から言わなかったんだい?」
 それを言われると、真美は返事に困った。相手が優子であることが分かっているので、彼女であれば、この場所に連れてきてもいいと思った。他の女性であれば、きっと断ったに違いない。
 そんな真美の気持ちを、父親は察しているはずだ。それなのに、敢えてここを選んだということは、これから親子になるであろう相手に、最初から、
「家族が二人から、三人に増えるんだよ」
 ということを、意識させようと考えていたに違いない。
 相手というのは、真美であり、優子である。優子に対しても、父のことだから、この場所が、今までは親子二人の場所だったということを知らしめる必要があったのではないかと思うのだ。
――どんな顔をすればいいのだろう?
 優子が驚くイメージはなかった。あくまでも真美が想像する中ではあったが、少々のことでは、物動じをしない性格でなければ、真美が気に入る相手ではないと、どうしても自分の物差しで、尺度を図ってしまう。
 そうなれば、真美も、敢えて驚く必要もないだろう。何もかも分かっていたかのような表情を、優子が本当にできるかどうか、真美には興味があった。
 少し早目に出向いていたので、まだ、優子は来ていなかった。約束の時間をほとんどたがわずに現れた優子は、颯爽と歩いてくるように見えたのだった。
 やはり優子は、真美の方をチラッと見て、一瞬目を見開いたかのように思えたが、それを感じることができるのは、最初から想像していた真美だけだろう。楽しみに待っていた父には、そんな素振りはまったく感じさせず、二人を引き合わせたことで、不安に思っていたことが解消されることを信じて疑わない表情の父親は、実にめでたい人間に見えたのだ。
 父親は、真美を意識しながら、なるべく普段二人きりで話をしているような雰囲気で話をしていた。二人ともを知っているのは父親だけなので、当然仕切るのも父親の仕事だった。
 優子の知っていることで、差し障りのないところを父親は話をしていたが、
「そんなことは、全部知っているわよ」
 と、言いたげな表情の真美は、父親に対して、してやったりの気分だった。優子も真美のそんな気持ちが分かっているのか、父親の子供っぽさに付き合ってあげているという気持ちで、目を合わせて、微笑み返していた。
 その時の父親の気持ちが一番分かるのは、優子だったのだろう。
 優子は、三十歳代の頃、自分が大人になりきれていないということで悩んでいた。
 記憶も、学生時代のものが一番近く、最近のことであっても、学生時代から続いている記憶でない限りは、学生時代よりも昔の感覚に陥ってしまうのだ。
 その感覚は、実は父親にあったものだった。
 真美が父親のその性格に気付いたのは、真美が二十歳を超えてからだった。二十歳を超えると、大人になったような感覚になったが、学生時代の友達と話している時が、本当の自分を見つけることができると感じた時、二十歳を超えても、大人との分岐点に差が生じるのは仕方がないかという話も出ている。
 子供の頃を思い出してみると、自分の理想の女性のタイプは、実は娘の真美だったような気がする。娘だからどうしても贔屓目に見てしまうが、逆に、意識してはいけないという思いから真美を見てしまうことで、自己嫌悪に陥ってしまうこともあった。 
 自己嫌悪は、罪悪感を引き起こす。人に知られたくないという思いから、まわりに対してぎこちなくなるが、目を逸らしてしまうほどの罪悪感は、他に経験のないものだった。
 再婚を考えた一つの理由は、自己嫌悪から逃れるには、娘とは違った人を好きになることであった。
 同じタイプの人ではダメだった。どうしてもその人の後ろに娘の影が見え隠れしてしまい、自分を制御できなくなってしまいそうだったからだ。
 真美は、元女房とは似ても似つかない雰囲気で、いつもおどおどして、自分に自信がなさそうな態度を取っていた女房とは正反対で、まるで竹を割ったような性格に、決断力の早さが、男女分け隔てなく、頼りがいのある人と、言わしめる女性であった。
「誰に似たのだろう?」
 松田は、自分に似たとは思えなかった。確かに会社では部長職についていて、仕事上ではそれなりの判断力は持っているつもりだが、それも今までの経験から身についたもので、持って生まれたものとは違っていた。
 だからこそ、いつもおどおどしているような女房に惹かれたのかも知れない。若い頃は、自分に自信がなかったくせに、自分よりも実力が上だと思う人とは、なかなか付き合うことをしなかった。
 付き合っている頃、女房に対しては、絶対的な立場を持っていて、そのことに有頂天になっていた。
「この人以外とは、付き合うことなど、僕にはもうできない。なぜなら、他の人相手だと、こんなに有頂天にはなれないからだ」
 と思っていたのだ。
 ただ、他の人から見れば、どこか茶番に見えていたようだ。
 ハッキリと口に出して言われたことはなかったが、
「二人だけの世界を作って、誰も入り込めない。バリアを張っているつもりなのかも知れないけど、ちょっと環境が変わってしまうと溶けてしまうオブラートに包まれているだけなのだ」
 と、言われているようだった。
 オブラートは、透けて向こうが見えている。自分が張っているつもりのバリアも同じである。決定的な違いは、オブラートは、溶けてしまうということだ。必要がなくなると溶けてしまって、その存在を知られずに済むという意味で、一時的なカモフラージュにはちょうどいいのだが、肝心な時に溶けてしまっていたことに気付かないという点で、完全に諸刃の剣だと言えるであろう。
 いつもおどおどしている妻を見ていると、付き合っている時は、可愛げがあって、しかも自分にだけ従順な人であることを、まわりに対してバリアを張っていることなど、思いもよらなかった。
 二人だけの世界を意識的に作り上げ、出来上がった世界を、松田にだけ見せることで、二人だけの世界と、表の世界とのギャップを感じさせないように、女房は操作していたのかも知れない。
「いや、そんなことはない、俺の考えすぎなんだ」
作品名:魔法のエッセンス 作家名:森本晃次