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魔法のエッセンス

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 真美は父の話を黙って聞いていた。父にとって真美は、よき理解者だと思っていたので、気に入ってくれるものだと思って、疑うことはなかった。だが、まさか、二人が知り合いなどと思ってもみなかったので、真美が何にそんなに驚いているのか分かるはずもない。まるでハトが豆鉄砲を食らったかのような娘の顔を、初めて見たようだ。
 真美が、高校時代に、
「私、花屋の店員さんになってもいいかな?」
 と言っていたことがあった。
 その時には、絵の才能をまわりが認め始めていた頃で、少しずつ真美の存在がまわりに知れ渡っていた頃だった。
「どうして、花屋なんだい?」
「私は絵が好きでしょう? でも、プロになるとか、絵で食べていくって気はしないの。好きなように描いていければいいんだけど、お花屋さんなら、店番をしながら、お花の絵を描いていられるような気がして、そんな生活を夢見ているところなのよ」
 実際には、花屋の店員が、絵を描きながらできるほど、楽なものではないだろうと思って見ても、
「花に囲まれて、絵を描くことができれば、どんなにいいことだろう」
 という想像をすることは、別に悪いことではない。
 駅前には前から花屋があったのは知っていたが、なぜ今まで立ち寄らなかったのかが、一度立ち寄ってしまうと、普通にコンビニにでも立ち寄るかのような気軽さが生まれてくる。
 絵を描いている頃の真美は、花屋さんの前を通ると、どうしても、被写体としてしか見ることができなかった。花を普通に、観賞用として見ることができないのではないかという危惧が、真美にあったからなのかも知れない。
 被写体としての花は、色彩を中心に、どうしても見てしまうので、バランスが取れている花を、さらにいかに自分の中にあるバランス感覚に置き換えようかという、余計な感覚が邪魔をして、目の前にある花の本当の姿が、見えなくなってしまうのではないかということが怖いのだった。
 花についての知識は、さほどなかった。絵を描いている時は、被写体になる花くらいは分かっているつもりだったが、花屋さんになりたいと思うほどの知識は持っていなかった。勉強すればいいのだろうが、本を読もうという気にもなれず、ただ、花を見つめているだけのイメージを自分自身の中で持ったのだった。
 そういえば、小学生の頃から、理科の授業はあまり好きではなかった。それなのに、花を好きになるというのもおかしなものだが、考えてみれば、芸術に興味を持ち始めたのは中学の頃からなのに、小学生の頃は、図工が嫌いな授業の一つだったというのも、おかしな因縁である。
 花屋さんの店員になりたいという気持ちを持っていた時期は、本当に短い間だけで、そんなことを思っていたということすら、最近まで忘れていた。だから、駅前に花屋があるのは知っていたが、意識したこともなかったし、花屋に優子がいなければ、そのままずっと意識することもなく、過ごしていたことだろう。
 真美は花屋の店員を諦めていたが、花屋に優子を見つけてから、また、花の絵を描いてみたいという思いに駆られた。
 優子のお店から、一鉢の花を買ってきて、今部屋に飾っているが、部屋で花を見ながら、デッサンしている。イラストのようなものだが、同じ花を、少しずつ角度を変えて描いてみると、不思議なことに、大きさや色までもが違った花に見えてきた。出来上がった絵も、それぞれ雰囲気が違い、一枚一枚に甲乙つけがたい雰囲気があったのだ。
 優子の部屋には、出窓がついているので、日が差す時間帯、夜、蛍光灯の光で見えている時間帯。角度というだけでなく、時間帯によっても、様々な顔を持つ花は、まるで意志を持って、自分に語り掛けてくるかのようだと、真美は感じていた。
 真っ赤な花は、最初、部屋に映えるものだと思っていたが、明るい時には、真っ赤が違う色に感じられる。赤い色に光が当たっただけの色ではなく、プラスアルファの色を作り出しているように思う。
「赤という色の本質は、暗い場所で目立つということではないかな?」
 と、絵画の先生が話していたが、まさにその通りなのかも知れない。
「私の部屋は、女性だけしか、今までに入ったことがないのよ」
 と、優子は言っていたが、その割りには、少し殺風景な気がした。確かに年齢的には母親くらいの年齢なので、質素なのは分かるが、独身で、しかも花屋さんの店員というと、もう少し色調も明るい部屋なのかと思っていた。雰囲気としては紫が基調になっているようで、妖艶ささえ感じさせられて、少し優子に対してのイメージが変わった気がした。だが、そのイメージの変化に何も感じなかった真美は、まだ、優子のことを、ほとんど何も知らなかったのだということに気付いていなかったのである。
 殺風景ではあったが、いくつか絵が飾られていた。その絵を見ていると、どこかで見たことのあるような絵に思えてならなかったが、それは、景色に見覚えがあったからだ。
 描かれている景色は、どこかの山小屋のようだが、それと似た絵を自分でも描いたことがあった。
 実際に現地で描いたわけではなく、写真を見て描いたのだが、それは絵を描けるようになるために本屋で買ってきた風景写真を手本に描いたものだった。
「以前にも見たことがあるような気がする」
 いわゆるデジャブ現象であるが、どこで見たのか思い出せない。その思いを今、一瞬感じたことで、逆にその風景を自分で描いたのを思い出したのだった。
 優子が結婚相談所に登録していることは知っていたが、結婚相談所で紹介された人と、一度も付き合ったことがないという。
――ということは、お父さんとは、結婚相談所で知り合ったんじゃないんだ――
 と思ったが、二人の出会いに結婚相談所が関わっていないことが分かっただけでも、よかったと思っている。結婚相談所が悪いというわけではないが、知り合うシチュエーションは、やはり花屋であってほしいと思うからだった。
「お父さんが再婚したいと思っている人に会ってもらいたいんだ」
 と、父親に言われた時、真美は、ドキッとしてしまった。
 優子とどのように向き合えばいいのかということと、今後の父親と、どのように接すればいいのかを、考えあぐねている。特に父親との関係が、少しでもぎこちなくなることは、真美にとって、少しでは済まされない気がしていた。ただ、親子の間でのこと、すぐにほとぼりが冷めるのは分かっていたが、今まで自分に向いていた目が、優子に向いてしまうのは、少し寂しい気がする。
「私も子供じゃないんだから」
 とは、思うのだが、軽いとはいえ、男性恐怖症なところがある真美には、優子の存在が、なくてはならない存在になってしまっていることで、父親に天秤に掛けられるような真似は、されたくなかった。
 父親が、真美に再婚したいという意思を伝えてから、二週間ほどしてから、真美と会う段取りをつけてくれた。
――真美さんはどんな顔をするだろう? さぞかし驚いた表情をするのだろうか? それとも、優しそうな表情で、出迎えてくれるだろうか?
 それによって、真美の表情も変わってくる。笑顔を見せるにしても、引きつった表情なのか、自然に笑顔が出てくるものなのか、想像しただけで、胸の鼓動が聞こえてきそうだった。
作品名:魔法のエッセンス 作家名:森本晃次