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魔法のエッセンス

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 という気持ちを強く抱いてしまったことで、却って似て来てしまったのだ。まるでミイラ取りがミイラになってしまったかのようではないか。
 真美が、父親と優子が付き合っているのを知ったのは偶然だった。
 なかなか言い出す勇気を、松田は持てないでいたのは、この年になって恥かしいという思いが強かったからだ。
 人間、年を取ると子供に戻るという。五十歳近くになっても、会社にいても、新入社員の頃のような新鮮さがあったり、若い女性を見ると、ドキッとしてしまうこともあったりするくらいだった。
 新入社員の女の子たちは、娘よりも若いにも関わらず、娘を見るような感覚には、とてもなれない。五年くらい前であれば、娘を見る感覚で見ていたはずなのに、おかしなものである。
 ただ、どうしても話にはついていけない。電車の中でも、街を歩きながらでも携帯電話を弄っている姿を見ていると、その心境がどうしても分からないのだ。年を取ったという意識がないというだけで迂闊に話しかけると、結果として自分が年を取ってしまったことを自分からではなく、まわりから思い知らされるようになるのだった。
 それでも、まわりに若い連中を従えていると、ウキウキした気分になるのは、気持ちが若いからだと思っている。妄想に近いものであろうが、そのギャップが、娘に対しては、恥かしさとして残ってしまうのだった。
 優子の勤めている花屋に、毎日のように立ち寄っている。すでに仲良くなっているのだから、別に花屋による必要もないのだが、知り合うきっかけになった花屋に立ち寄ることは、自分の気持ちの原点を探るのと同じである。
 真美も、最近花屋に立ち寄る機会が多くなった。理由があるわけではない。ただ、花を見ていると気持ちが落ち着くのだ。その同じ思いを、父親の松田が感じているなど、真美も松田も想像もしていなかったのだ。
 もし、花屋で顔を合わせれば気まずい気持ちになるのは、当然松田の方である。
 真美は、自分が花屋に寄っていることを知られるのに、何の恥かしいことがあるわけもない。それなのに、真美が花屋に寄る時、何か緊張感が存在するのだ。花屋というお店に感じていることなのか、店員さんの中の誰かに感じていることなのか、分からない。花屋が精神的に余裕を与えてくれる場所だということは、真美にも十分に分かっている。まさか、ここで父親の影を見ることになるなど、想像できるはずなどないと思っていた真美は、自分が見ているのが、父親の背中であることに、一抹の寂しさを感じたのだった。
 優子の方では、松田と真美が親子であるなど、まったく予想もしていなかった。似ているところはあまりなく、真美は、どちらかというと母親似だったからである。
 ただ、性格的には父親似ではないだろうか。二人を知っている人は皆そういうだろう。だから、優子を父親の松田が引き取ることになった時、母親は別に異存はなかったのだ。
 真美は、松田と似ていると言われるのに、子供の頃は抵抗があった。中学の頃は、いつも父親に逆らっていたが、それは単に反抗期というだけではなく、父親に似ていると言われることに対しての苛立ちがあったからだ。
「本当に嫌いなものは、他の人が気にならないことでも、すぐ敏感に分かるものさ。だから好き嫌いの多い人は、何事に対しても敏感なのかも知れないな」
 と、言っていた人がいた。
「嫌いな食べ物は、どんなに他のものと混ぜて、気付かれないようにしようとしても、少しでも入っていれば絶対に分かるものさ。ごまかしは効かないということさ」
 匂いなのか、それとも、口当たりによるものなのか、口に入った瞬間に、嫌いなものが入っていれば、どんなに微量でも、ごまかすことはできない。それだけ嫌いなものに対して繊細な意識を持っていて、何よりも怯えがあるからに違いない。そういう意味では、怯えのない人生ほどつまらないものはないのかも知れない。
 怯えがないということは、感情に起伏がないのと同じことではないだろうか。感情に起伏がないと、喜怒哀楽を感じることもなく、何を目標に、そして楽しみに生きているのか分からない。
 楽しみがないと、きっと毎日がまったく同じにしか見えないだろう。
「今日は、昨日なのか、明日なのか、分からない。昨日が今日であり、明日である。繋がっているのは分かっても、何によって繋がっているのかなど、分かるはずもない」
 そう思うと、毎日同じ日を繰り返しているのではないかという錯覚に陥り、頻繁に同じ日を繰り返している夢を見てしまうのだ。
 そんな怖い夢を今までに何度見たことだろう。一番多く見たのは高校時代だったように思う。あの頃は、毎日が同じ繰り返しのように思っていたが、それはそれでよかった。規則正しい生活に思えたからだ。
 だが、それは同じ日を繰り返しているという具体的な思いではなく、もっと楽天的に感じたことだった。
 同じ日を繰り返すということは、日付が変わった瞬間に、二十四時間前に戻るということだ。戻った先は、前もって知っている世界である。要するに一日という単位ではあるが、「リピート」したのだ。
 戻った世界に、
「もう一人自分がいるのではないか?」
 という思いは浮かんでこない。
 本当であれば、最初の直感で気付くはずである。しかし一瞬で気付かなければ、永遠に気付くことはない。気付かないと、同じ日を繰り返しているという感覚に怖さまでは感じるのだが、
「もう一人の自分の存在」
 というものには、気付くことはない。
 優子は、毎日を繰り返す夢を見ながら、気が付けば、数日後に出ているのではないかと思うようになっていた。
 それは、時間を飛び越したという表現が一番ピッタリで、それ以外の表現は皆無に思えた。
 数日後の自分は、見失っていた自分の後ろ姿を捉えた瞬間だった。身体をしばし離れた感情が、ある日を数回繰り返し、何かを持って、再度数日を飛び越した。そんな感覚であった。
 もちろん、夢で見たものだが、夢という感情すらなかった高校時代で、ちょうど同じ頃、松田も似たような感覚に襲われていたことなど夢にも思っていないに違いない。
 その頃の松田は、自分の高校時代を思い出していたのだ。その時、同級生で、自分に似た性格の女の子がいたのを思い出した。
「私、同じ日を繰り返す夢を何度も見るの」
 と言っていた。まるで、高校時代の真美と同じ感覚だった。
 その女の子のことを好きだったことを、今さらながらに思い出した松田は、正直、その時付き合いたいということを、感じなかったことを後悔している。付き合うことができたかどうかは分からないが、もし付き合って結婚したとしても、真美が生まれてくるように思えたのだ。それほど、性格的に真美と、その女の子は似ていたのだ。
 真美を見ていると、自分も高校時代に戻ったような気がしてきたことが、今までに何度もあった。だが、真美は自分の娘である。しかも、もし真美が自分の娘ではなく、自分も年が似ていたら、果たして付き合いたいと思うだろうか?
 好きになりかかるかも知れないが、どうしても自分の中で、相容れない気持ちが生まれてくることに気が付いた。
「娘でよかった」
作品名:魔法のエッセンス 作家名:森本晃次