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交差点の中の袋小路

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 蜃気楼は逃げ水ともいう。近づいているにも関わらず、どんどん遠ざかっていくように見えるのもその特徴であった。錯覚と言ってしまえばそれまでだが、錯覚を起させる心理的なものが、どこかに存在しているに違いない。
 ここの交差点ではないが、交差点というと、あまりいい思い出がない。一番ひどかった思い出は、やはり交通事故を目の当たりにした時のことだろうか?
 その時は、学校からの帰り道、部活の帰りだったから、中学の頃だったと思う。
 夏の暑い日のことだった。部活が終わるのは、午後六時、それから支度しての帰り道、まだ真っ暗ではなかったことからも、夏だったのを覚えているのだ。
 汗が身体に纏わりついて、結構辛かった。歩くために足を上げると、腿のあたりが痙攣しそうで、急いで歩くこともままならない。ゆっくりと歩いているが、とにかく足があがらないのだ。
「まるで水の中を歩いているようだ」
 途中までは友達と一緒だったが、途中からは一人になる。晴彦の家が部員の中でも一番遠い方だったのだ。学校の場所を恨んでみても仕方がない。中学までは校区というのが決まっていて、逆らうことができなかったのだ。
 しかも、一度都会の真ん中へ出ないといけない。そのために踏み切りであったり、大通りの交差点を通り抜けなかったりしなければいけないのは結構辛かった。踏切が二か所、大きな交差点が三か所ある。そのうちの最初の交差点は、事故多発地帯とも言われていた。
 下は国道、上を都市高速が走っている。さらに、ちょうど、国道と国道が重なる道があるが、スクランブル交差点になっていて、人の往来も難しいくらいだ。そんなところで晴彦は、何度となく人の群れに流されながら、押し返されたことがあるくらいだった。もっともそれは小学生の頃で、中学に入ると成長期のおかげで少し身体も大きくなり。大人でも晴彦を避けて通る人が出てくるくらいだった。
 交差点でのトラブルは大人になって見た。
 大学時代のコンパの帰り、カラオケで楽しんだ後に、数人でラーメンを食べに行った時のことだった。
 ラーメン屋は、交差点の近くにあり、夜も開いていることから、逆に夜の方が人が多かった。それでもランチタイムと同じ感覚で、人の流れが良いことから、さほど待つこともなく、中に入れる。
 それでも、その日は十人くらいが列をなしていて、すぐには入れなかった。
「しょうがない。もう少し待つか?」
 短気な晴彦一人であれば、決して待ったりすることはないだろう。他の人が一緒だから、会話にもなるし、時間が経つのが早いと思ったのだ。その時に一緒にいたのは、男二人と女二人の四人組、ラーメンを食べに行くには多すぎもせず、ちょうどいい人数だった。
 晴彦と仲間たちは、表のベンチで座っていた。その時だった、大きな声が聞こえ、それが人を罵倒する声であることはすぐには分からなかったが、上を走る高速がドームの屋根のような効果となり、声が天井に響いたのだった。
 声は明らかに誰かを罵倒する声だった。お互いに罵倒し合う声は一対一ではなく、複数の喧嘩のようだった。
 そのうちにバリバリと天井を引き裂くような轟音が聞こえ、それがバイクの音であることはすぐに分かった。
 バイクは一気に走り去り、悲鳴のようなものが聞こえた。
 晴彦は身をすくめて怯えた。一瞬他の人を見たが、皆ビックリして晴彦のことを気にしていないのは幸いだったであろう。
「キャー」
 女性の声だったが、よく見ると人が倒れているのが見える。どうやらナイフで刺されたようだ。あっけにとられながら見ていると、すぐにサイレンの音とともに警察と救急車がすっ飛んできた。けが人は慌ただしく救急車に乗せられて、残った人間は。事情聴取を受けている。
 あっという間のできごとであったが、中途半端な遠さだったため、倒れている男が血を流して倒れている姿が、目の当たりにできたのだ。
 皆目を逸らしていたが。晴彦には目を逸らすことができなかった。それは、やはりこの場所で見た交通事故の光景が今も目に焼き付いているほどショックを受けていたからであった。
 疲れた身体に鞭打つように歩いていたが、気が付けば足早になっていた。普段は疲れていれば、足早になることはないのに、その日はどうしたことだろう?
 思い出そうとして見ると、ちょうどその時、何かの不安にさいなまれていたような気がしていた。後から思うと、交通事故の予見でもあったのかと思うほど、何かの「虫の知らせ」があったような気がする。
「小学校の頃に、確か虫の知らせの話を聞いたことがあるな」
 とその時に感じたのを思い出した。やはりその時もオートバイの爆音が聞こえた。大学生になってまでバイクの爆音に恐怖心を抱くのは、その時のことがあるからだった。
 事故を目撃した時間が、逢魔が時と呼ばれる、夕凪の時間だったのも、偶然ではなかった。その日から晴彦は夕凪の時間に恐怖を感じるようになり、その思いは今でもトラウマとして残っているのだから、ショックは相当なものだった。
 人が跳ね飛ばされるのは一瞬だった。しかもその事故は重複した事故だったのだ。
 車がバイクを轢き、跳ね飛ばされたバイクが人を数人ひき殺してしまった。最悪の事故である。
 年間そうも見られない事故を目撃してしまったことは次の日の新聞を見ればよく分かった。
 事故処理の場面が、新聞の一面に大きくクローズアップされていた。なるべく悲惨さを隠すように写されていた。リアルさを少しでも和らげようと、写真はモノクロだった。晴彦にはモノクロだからこそ、余計に想像力を掻きたてるものがありそうで、却って生々しさが感じられた。本当はあまり見たくない写真であったが、目に飛び込んできた。親からも、
「この写真をよく見ておくんだ。事故がどれほど悲惨なものか、思い知るからな」
 と言われた。
 嫌というほど目の当たりにしたのに、いくら息子が事故を目撃したことを知らないとは言え、トラウマを思い出されるような仕打ちをする親が憎らしかった。実際に親とはあまり仲が良くなかったこともあって、晴彦にとって親はその頃から、憎らしい存在になっていった。
 家族の間に決定的な亀裂を生じさせた事件、それがこの交差点での事故だった。
 大学時代の喧嘩を目撃したのも同じ交差点。交差点には、よくよくいい思い出はないのだ。
 他の交差点を通る時も、時々、その思いが頭を過ぎる。親とは別々に暮らしているので、親との確執については、さほどではなくなってきたが、それでも思い出すことはたくさんあった。
 親に対して感じた悔しい思いが、一緒に暮らしていないからこそ、余計に思い出させるのは交差点という人と人とが交わる場所であった。
 人と車とバイク、それぞれの思惑が衝突したのを目撃した事故。まさかそれぞれに考えなどあるはずがないのに、何が思惑だと思うのかと感じるが、事故などは思惑なくしてありえないと感じる晴彦だった。
作品名:交差点の中の袋小路 作家名:森本晃次