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交差点の中の袋小路

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 突き刺すような視線ではない。まるで舐めるような少し陰湿な視線だった。それでもなぜか嫌ではなかった。むしろ懐かしさからか、明美は睨み返しながら表情が緩んでいくのを感じていた。すると相手は却って不気味に思ったのか、ギクリとした態度を取ったかと思うと、後ずさりをした。一寸前までの態度とは明らかに違う人だった。
「明美ちゃん?」
 晴彦が明美に声を掛けた。
「どうして私の名前を?」
「この間会ったのを覚えていないかな?」
 ビックリしている明美に対して、晴彦は一歩も引かない。余裕のある態度は、何よりも相手を威圧する。特に知らない相手に名前まで呼ばれたのだから、ビックリしないわけにはいかないだろう。
 それにしても、一瞬だけだが、後ずさりしたのはどういうことなのだろうか? 明美はまったく知らない相手だと思っているだけに、見当もつかない。
「一体、どこで?」
 背が高い彼の顔を覗き込みながら、恐る恐る明美は答えた。瞬時にして、立場が入れ替わった相手との最終的な立場がここで確立したかのようだった。
 怯えが走っているだろう顔を、相手はニコニコしながら覗き込んでいる。相手の余裕が羨ましいというよりも、恨めしいと言った方がいいだろう。
 晴彦は、臆している明美の態度に構うことなく、どっしりと構えている。微動だにしない態度は、すべてを見透かされているようで、次の言葉までの間が、あまりにも長く感じられるようで、気持ち悪いくらいだった。
 ゆっくりと晴彦は口を開いて、
「ここでさ」
 と、平然と言い切った。
 晴彦を知っている人なら、こんな表情をする晴彦を初めて見たというだろう。
 足元を見ると、鉄板の上に足が乗っかっていて、舗道はどこに行ったのか、分からないくらいだった。
 足元の正方形になった鉄板は、まるで畳二枚敷かれているような感じで、真ん中からパカッと開いて、後は奈落の底に真っ逆さまに落ち込んでいってしまうのを想像できた。
 身体がフッと浮いたかのような錯覚を覚えると、落ち込んでいく感覚が瞬時にして自分の身体が溶けて消えてしまうかのように思うと、もう、何事もどうでもいいことのように思えてきた。
「私はこのまま死んじゃうのかしら?」
 と感じたほどで、前を見ると、そこには白骨が転がっているのまで見えたほどだ。
「白い物体が真っ暗な場所にあると、どうして白骨だって思っちゃうのかしら? 他の人もそうなのかな?」
 と思っていたが、中には白骨を想像する人もいるだろうが、白骨ばかり想像するわけではない。
 死ぬことを想像することなんて、そうもないはずだ。特に足元が開いて奈落の底に落ち込んでいくなどという発想は、明らかにテレビドラマの影響だ。
「この人とここで会ったって、まるで死んだ後の世界のようじゃない」
 明美の恐怖は、自分が死んだわけではないのなら、相手が死人だということだ。今の明美は自分が死んでしまったことを信じるよりも、死人と話をしている自分を想像していることの方が怖いのだった。
 生きている人間が死者の世界に入り込む。その方が怖いのだ。
 瞬時に感じることとして、人はどれだけのことを考えきることができるのだろう? 明美は、一瞬だけのことなら、自分が死んで死者の世界にいることと、生きている自分が死者の世界の死人と会っているということを比較すると、後者の方が恐ろしく感じる。しかも潜在意識が邪魔をして、自分が生きているということを意識することができるので、死人と話ができることで、死者の世界に引きずり込まれそうになっているという恐怖を生々しく感じるのだ。
――それこそ生き地獄というものだ――
 生き地獄など、そう簡単に味わうことなどできるはずはない。
 晴彦は、彼女は殺されたという夢を見たことがあった。それは愛里か明美のどちらかだったのだが。晴彦にとっては生き地獄にふさわしいものだった。
 殺される瞬間を夢に見るのだが、彼女は死んではいなかった。殺されたと思った瞬間、
――これは夢なのだ――
 という思いがあった。それは、殺されるという切羽詰ったような状況に、焦りは感じるが、リアルさも感じられた。本来なら、人が殺されるようなシチュエーションは、夢であるなら、リアルさを少しでも削れるような意識を持つものなのだろうが、リアルさを感じるというのは、却って、夢であってほしいという意識の表れなのではないだろうか。
 生き地獄とはまさしくよく言ったもので、恐ろしくて目を背けたくなるものに対して、背を向けることができない環境である。瞬きすら許されない状況に、晴彦は、却って夢を見ているのだと思ったのだ。
「自分が殺される方が、よほどいい」
 以前に見た、ミステリーのテレビ化されたドラマを思い出した。復讐に一生を掛けた男が、まず最初に狙うのは、肉親だった。一人ずつ。復讐鬼の毒牙に掛かって殺されていく。最初は殺されるところを見ることもなく、死体で発見されるというシチュエーション。次には脅迫状が送られてくる。そのうちに脅迫者と思われる男が現れ、さらなる恐怖を煽るのだ。
 そしてクライマックスは、一番愛している人が目の前で苦しみながら死に絶えるのを見せつけられて、自分もやがて苦しみながら死んでいくというストーリーだった。クライマックスでは、復讐の理由を喜々として話す男の勝ち誇ったような表情を、死んでも忘れないとばかりに焼き付けさせられるのだ。
 それこそが生き地獄、そして、晴彦は本当の生き地獄は、それだけではないことに気付いていた。
「生き地獄とは、相手を助けることができない焦りとやるせなさとが入り混じった、言葉にならない状況を言うのだ」
 と感じていた。
 目の前で愛する人が苦しみながら死んでいく様子は、自分が死ぬよりも辛いことだ。特に苦しみながら死んでいくのを見せつけられるのも、これ以上の恐怖はない。
 相手を助けることができないことが、そのまま自分の死に結びついてくる。
 さらには、救えなかったわだかまりを持ったまま死ぬことは、やり残したという思いを残すことになる。死を目の前にした人は、まずこの世の憂いを断ち切りたいと思うのが当然でないだろうか。
 その思いをしっかりと掴んだ復讐者は、容赦なく責めたてる。それこそが、生き地獄という言葉にふさわしいのではないだろうか。
 ただ、晴彦が見た、彼女が殺された夢というのは、そこまで怖いものではなかった。確かに恐ろしさは普通の夢とは違っていたが、意識の中で想定内のものでもあった。
「殺されるところを想像していた自分もいるのかも知れない」
 と、晴彦は思っていたが。殺された彼女が次の瞬間に夢の中で復活していたのを見た時の方が恐ろしかった。
 死んだはずの人が目の前で生きているのを見ると普通なら、
「ああ、よかった。殺されたと思っていたけど、それは錯覚で、夢だけのことだったんだ」
 というところで終わってしまうだろう。
 だが、夢の中ではないとすれば?
 そんな考えが頭を過ぎる。その時に感じることは、死の世界を覗いてしまったのではないかという思いであった。
 そう考えると、夢の世界と死後の世界。どこか共通点が多いような気がする。
作品名:交差点の中の袋小路 作家名:森本晃次