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交差点の中の袋小路

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 愛里の夢に出てくる男性は。愛里の夢の中で、彼氏だった。現実の世界での愛里には彼氏はいない。どちらかというと男性への興味は薄く、本人は誰にも言っていないが、軽い男性恐怖症だと思っているようだった。
 小学生の頃、幼馴染の男の子に、変態のような行為をされたのが、トラウマとなっているようだ。もっとも、まだ何も分からない頃だったので、それが変態のような行為だったという意識は子供の頃にはなかった。相手の男の子も、本当に変態だと自分でも思っていなかっただろう。
「パンツ脱いで、そこでおしっこしてごらん」
 茂みの中で、幼女に対してそんな命令をしていたのだ。
 命令されることに恐怖を感じながら、どこか危ない遊びをしている自分が、まるで冒険をしているようで、その時はドキドキしているだけの感覚だった。
 だが、少しずつ成長するうちに、
「あの時のことは、女の子にとって一番してはいけないことで、恥かしいことなのだ」
 という意識を持ったことで、愛里は自己嫌悪と軽い男性恐怖症に陥った。だが、同時に自分が変態行為であっても、拒否できないマゾの性格を秘めていることにも気づかされたのだ。
 明美と知り合うまでは。友達もおらず、そんな性格をまわりは見抜いていたのか、愛里に近づいてくる男性はおろか、女性もいなかった。
「私は一人ぼっちなんだ」
 という思いと、
「一人の方が気が楽でいい」
 という思いが交錯し、開き直りと卑屈な気持ちが入り混じったおかしな性格になってしまっていたのだ。
 愛里は自分で意識はしていたが、どうにもならなかった。そのうちに、
「この性格とうまく付き合って行くしかないか」
 と思うようになっていた。
 明美はそんな愛里の性格を分かっていて、近づいてきてくれた初めての相手だった。
「離したくないわ」
 と思ったのは、その気持ちが強いからであった。
 男性恐怖症だった愛里が、夢の中の男性を好きになった。その人のことが最初から好きだったのかと言われれば分からないが、男の人を好きになるはずのない自分が好きになったのだから、最初からだと思って間違いないだろう。
 男性は晴彦であり、本当は、現実社会でも会ったことのある男性だった。
 晴彦に対しての愛里が夢で感じているイメージは、
「きっと結婚していて、優しい旦那さんなんだけれども、奥さんが性悪で、浮気を繰り返している」
 大まかに言えば、そんなイメージだった。
 妻に浮気される、情けない亭主なのに、なぜか彼に対しては、情けないというイメージが湧いてこない。ただ、
「可哀そうな人なので、私が癒してあげたいわ」
 と、感じさせられた。
「もし、現実世界で知り合ったら、私は彼に惹かれるかしら?」
 夢で、これだけ惹かれるのだから、疑う余地など、どこにあろうというのだろうか。そうは思ってみても、惹かれる理由が見当たらないのだ。夢を見ている時は、理由など関係ないのだが、目が覚めてしまうと、理由を求めてしまう。夢の中での愛里は、そんなことを考えていた。
 夢の中の人間は、夢の世界が表で、現実世界の方を裏だと思っていることだろう。そうでなければ、自分の存在意義に思い悩み、そればかり考えてしまうに違いないからだ。
 愛里が晴彦の夢を見始めたのは、現実の晴彦にはすでに妻がいたのだ。夢を見ている相手は、同い年くらいなので、夢を共有している相手とは、タイムラグがあるようだ。
 同じ夢を共有している晴彦が見ている愛里は、数年後の愛里だった。お互いに現実世界で出会ったとしても、夢の中の相手だと気付くはずもない。これこそが、決して交わってはいけない関係。パラドックスなのだろう。
「では、一体、何のために夢の共有などが行われ、さらには気付かない人が多い中で、気付く人もいたりするのだろう?」
 予知能力を持っているという人がいると聞くが、その人たちは、自分に能力があることを決して口外しないという。口外してしまうと、自分の立場はなくなり、それどころか、身の危険を感じなければならないだろう。人にはない力を持っているだけで気持ち悪がられるのは、いつの時代も同じではないだろうか。特に今の科学万能と言われる時代だからこそ、余計に非科学的なことは気持ち悪がられ、別世界のように思われるに違いない。
 予知能力を人に話してしまうと、効力がなくなってしまう。話さなければ効力は持ったままだが、自慢にはならない。かといって話してしまうと効力がなくなるので、元も子もない。そんな状態で、誰が話すというのだろう。
 晴彦は、自分だけの胸に収めておくつもりだったが、どうやら妻は気付いているようだ。自分から話しているわけではないので、効力は失われない。そのことを知っているのか、妻は敢えて聞いてこない。
「ひょっとして、あいつも同じ能力を持っているのかも知れないな」
 と思うと、案外皆持っていて、誰にも言わないから、存在するはずのない能力として、それぞれにタブーを化しているのかも知れない。
 妻の勘が鋭いのは分かっていた。そこが気に入ったのであって、浮気でもしようものなら、すぐに気付かれてしまうはずだ。
 それでもいいと思った。浮気で終わるような中途半端なことは、自分にはないだろうと晴彦は思っていたからだ。逆にいうと、本気の相手と妻とを比べることになることに、果たして耐えられるかどうか、想像もつかない。考えることを拒否してしまいそうだ。
 妻を愛していた。お互いに相手の気持ちを分かりすぎるくらいに分かっていると思っていて、その気持ちは晴彦の方が強い気がした。何かあった時に頼ってくれる妻を見て、自分の自尊心をくすぐられ、さらには、頼られることで、まわりに対しての自分のイメージや、オシドリ夫婦としてのイメージが確立されることは嬉しかった。
 愛している妻の夢も、最初の頃にはよく見たものだ。だが、途中から出てきた愛里が気になり始めたのは、
「以前にしょっちゅう会っていた気がする」
 という思いがあったからだ。
 だが、どう思い返しても会った記憶がない。本当は大学生の愛里が、大学生の頃の自分と夢を共有していて、ただの夢だと思っていた相手のことをおぼろげに覚えているだけだった。それがまさか今、自分が共有している相手の若い頃の記憶がよみがえってくるなど、信じられるわけもない。思い出したとしても、錯覚だとしてしか思わないだろう。
 では明美との共有を、晴彦はどう思っているのだろう。
 明美との記憶は、もっと前に遡る。それは小学生の頃のことではないだろうか。
 明美との記憶には、自分が大学生で、明美が小学生だった記憶があった。お兄ちゃんのように慕ってくれた明美、きっと今会っても絶対に分からないかも知れない、本当に意識としては薄いものだった。
 明美とは、夢を共有はしているが、その意識は晴彦にはほとんどない。明美の方に共有している意識が強いので、共有しているということを晴彦にも自覚があるだけで、もしその意識がなければ、晴彦は明美を意識することはなかっただろう。
 明美とは面識があることを意識していた。
 会社の帰りに見かける女の子が、夢を共有していた女の子だというのを分かったのは、明美の視線からだった。
作品名:交差点の中の袋小路 作家名:森本晃次