交差点の中の袋小路
明美は自分が夢を共有しているのを感じているが、その時、愛里は夢の共有について気付いているのだろうか? どうも気が付いていないように思う。愛里が明美との夢の共有について気付いていないわけではないと思うが、お互いに夢をその時に共有しているという意識はない。
したがって。主導権を握ろうとするなら、相手をいつもの愛里だと思うと、痛い目に遭うかも知れない。愛里が明美のことをどのように意識しているか分からないが、明美は、少なくとも、夢の中での愛里は、明美の中にある潜在意識と、明美の中にある愛里の本能的な部分を、まるで映像化したかのようなイメージで見ているのだった。
ある日、夢の中で、愛里の髪型が変わっていた。今までしたことのないショートカットで、人ごみの中などで会えば、きっと分からないくらいである。夢の中で共有しているという意識のある相手なので、愛里だと気が付いたのである。
ショートカットが似合う女の子は、ロングでも似合うと思っている。普段、ロングの愛里がショートにしたイメージを抱いたことがあり、
――愛里はショートも似合うかも知れないわね――
と、感じたが。まさしくその通り、想像以上に似合っていた。
ボーイッシュな雰囲気もさることながら、ロングヘアの時の落ち着いた雰囲気も保ったままだったことで、元々綺麗な感じの顔立ちなのだと、今さらながらに感じたほどだ。
夢の中で、それまでほとんど会話になったことのない愛里が話しかけてきた。普段とは違うイメージも魅力的だと思っていた愛里から話しかけられると、ドキッとしたものだ。
夢の中では、胸の鼓動はさらに激しくなる。
――彼女は夢の中だけの愛里なのだ――
と思っているにも関わらず、綺麗な女性が今まで以上に気になるようになった自分に驚きを感じながら、明美は愛里を見つめる。
――何を言われるのだろう?
想像もつかなかったが、
「明美、久しぶりだな」
「えっ」
思わず明美はビックリして、愛里を見た。ボーイッシュに見えるとはいえ、明らかに女性である。そんな彼女が女性にはおよそ出せないような低い声で、まるで恋人との久しぶりの再会でもあるかのような声の掛け方をされたのである。
顔はそのままに、明美は相手を誰だか想像していた。すると思い出したのは、以前夢の中に出てきた男性が浮かんできたのである。
起きている時では絶対に思い出すことのない相手。その人が、今目の前にいるのだ。
夢は目が覚めるにしたがって忘れていくもので、同じ夢の続きを見ることは不可能に近いと思っていた。
確かに夢の中の出来事は目が覚めると忘れてしまっている。だが夢を見ている時には、夢の続きを見ることができるようだ。目が覚めてしまうと、そのことすら忘れてしまっているのだ。
今は、その夢の中、その人の夢を最後に見たのがいつのことだったのかまったく覚えていないが、最近でなかったことは確かだろう。
その男性の顔は思い出せない。目の前に対峙しているのが愛里だからだ。愛里の顔でその人から話しかけられてもピンと来ないが、しばらく一緒にいると、雰囲気だけは思い出せた。
「本当、久しぶりね」
その人は、夢の中では絵描きだった。
芸術家に恋をするというシチュエーションを、明美は何度も夢に見たものだ。それは起きている時に見る夢で、現実になってほしいという願望の元だったのに、まさか夢の中で実現するとは思ってもみなかった。
――これが夢の共有かしら?
一番最初に夢の共有を感じたのは、何を隠そう、この人と夢の中で出会ったことに端を発している。
――愛里と夢の共有をするようになったのは、この人との再会を予知させるものだったのかも知れないわ――
だが、この男性が、どこの誰かは分からない。分からないのに夢を共有しているとどうして分かったのだろう? 相手を特定できるから、その人が現実に存在することが分かるのであって、特定できなければ、夢の中だけの人だという結論で終わってしまうかも知れないではないか。
お互いに、久しぶりに会った感覚で、明美は、その男性が変わりないことが分かってきた。
会話をするうちに、顔が次第に男性に変わっていく。ビックリしながらも、やっと現れた彼を見て、
「久しぶりです」
改めて声を掛けた明美に対し、彼はバツの悪そうな顔で、
「そうだな」
と、答えた。
「俺は、明美に会いたいと思うと、普通に夢を共有することが無理になっていたんだ。だから明美が夢を共有している相手を介して、こんな再会の仕方になってしまったのだが、まあ、こういうこともあるよね」
「もちろんよ、あなたが、こうやって苦労してでも私に会いに来てくれるなんて。私は嬉しいわ」
「でも、明美は僕が介した女の子に対して、不思議な気持ちを持っているんだろう?」
「それは……」
痛いところを突かれた気がした。確かに愛里を意識しているのは事実だが、それだけではない。愛里が自分を見る目に並々ならぬ思いを感じていたが、それが彼との共有であれば、それも分からなくもない。
――だが、愛里も彼と夢を共有しているんだ――
と思うと複雑な気がしてきた。
夢を共有できる人間は、限られているのだろう。誰もができるわけではない。しかも、夢の共有を信じていないと成立しないものだと思う。そう思えば、かなり限られた人になるのではないだろうか。
彼と愛里が夢を共有しているのは、気が気ではない。夢の中で何度も会っていた頃から二人は夢を共有していたのだろうか?
――まるで二股だわ――
夢の世界で、そういう表現は適切ではないかも知れないが、夢の中でまで嫉妬してしまうとは、自分がなんと情けない女なのかと、明美は感じていた。
愛里のイメージを思い浮かべると、どうしても彼の後ろにしか浮かんでこない。横にいる雰囲気が浮かんでこないのだ。
――それにしても、彼は一体、どこの誰なのだろう?
夢の共有ということは、必ず現実の世界にも彼はいるはずだ。身近にいるような気がするのだが、気が付かないだけなのだろうか。
まるで保護色に包まれていて、分からないのか、それとも、
「木を隠すなら、森の中」
たくさんの中に紛れ込ませることで分からなくする。そんな存在なのか、それとも道端の石ころのように、その場所にあってもまったく気にすることのないという、気配をまったく表に出さない存在なのか、そのどれかに思えてならなかった。
今度は愛里のことが気になり始めた。その男性の後ろに隠れた愛里は、見えそうで見えない。
――余計に気になるわ――
すぐ、真横に立っていれば、嫉妬もするだろう。その時の愛里の表情がしたり顔であったり、上から目線であったりすれば、嫉妬というより、怒りに満ちてくるかも知れない。
怒りに満ちてこないのは、表情が見えてこないからなのだが、その代わり、嫉妬は横にいられるよりも強いかも知れない。
愛里は、彼と一緒にいることで、明美の知っている愛里ではなくなってしまっている。男性を知った女性が豹変するのとは少し違って、愛里はやはり明美を意識しないわけにはいかないのだろう。
男性との付き合いも、明美ありきなのだろう。