交差点の中の袋小路
など、本来なら、話題にすることすら控えるべきことを、大っぴらに話をしているのには、何か訳があるのかも知れない。それほど彼女はまわりの人に対して、露骨な迷惑を掛けているのだろうか? 明美には想像を絶する発想が必要なのかも知れない。
元々、女性でミステリーが好きだというのも、変わっていると思われる理由の一つだった。
話題が露骨になってからは、さすがに愛里は明美に近づくのを止めていた。自粛しているだけなのか、それとも明美を嫌いになったのからなのだろうが、露骨な話題が出るようになってからと同じタイミングだというのを偶然として片づけられないものがあるのではないだろう。
明美自身、この時ほど、
――そう簡単に人を遠ざける気持ちになるものだろうか?
と感じたことはない。
嫌いになったわけではないのに、遠ざけなければいけない気持ちは複雑で、
――嫌いになれないのが、これほど気持ち悪いものだとは、思ってもみなかった――
と、感じたほどだ。
いくら、恐ろしかったとはいえ、愛里を遠ざけてしまったのは事実である。明美は愛里を遠ざけたことで、自らを苦しめることになってしまった。
――愛里が悪いのよ――
と、思ってみたところで、友達を突き放したことに対しての罪の意識は薄れることはなかった。
それどころか、時間が経てば経つほど、一人になっていくことへの恐怖に立ち返ってくるのを思い出していた。その時の明美は、友達というと、愛里しかいなかった。
一人が好きだったわけではないが、なぜか友達ができなかった。もちろん、明美の性格に問題があるのだろうが、そんな明美に対して、仲良くしようと近づいてきてくれたのが愛里だけだったのだ。
愛里と一緒にいると楽しかった。気持ち悪いなどと思ったこともない。怖いはずもない相手をどうして怖いと思うようになったのか、そのことを考えようともしなかった。
明美が愛里を遠ざけているのは、愛里にも分かっていたはずなのに、愛里はそのことについて、明美を責めようともしなかった。愛里を見ていると、
――まわりの人が言っているようなことを、感じないのに――
と思うのだが、恐怖がどこから来るのか分からないことが、明美にさらなる怯えを感じさせるのだった。
明美の中で、愛里は普通に友達だったはず。それを恐怖に変えたもの。考えられるのは、人の噂だった。
人の噂の中に、信憑性が限りなく高いものがあったからであるが、それは明美が父親と関係していたということであった。
その時は分からなかったが、愛里が父親と、楽しそうに、角を曲がってきたのを見たのだが、愛里はその時明美に気付かなかった。寸前のところで、影に隠れたからだが、明美とすれば、
――とっさのこととはいえ、よく隠れたものだ――
と思った。
鉢合わせしていれば、明らかに気まずい雰囲気だった。
だが、後から思えば、鉢合わせしている方がよかったかも知れない。露骨に嫌になった理由がそこでできていたからだ。そのことに対して、明美には後悔の念が残っていた。
鉢合わせしたことに対して、その時は、立ち直れないほどのショックが襲ったかも知れないが、すぐに立ち直り、お互いに気まずい思いを残すかも知れないが、一気に突き放すには、それが一番いいと思われた。
しかし、結局、それができなかったのだ。明美は愛里を突き放すことができずに苦しんでいる。訳も分からず、
――自分だけがどうして?
と、いう思いと、
――友達になんてことをしてしまったんだ――
という、罪の意識とに苛まれ、今度は、愛里を自分が求めていることに次第に気付かされるようになることを、知るのだった。
もちろん、求めている気持ちになるまでには、結構な時間が掛かるか、あるいは、何かのきっかけを必要とするかのどちらかであろう。愛里を遠ざける気持ちになったのだって、きっかけがあって、意を決したわけであるから、その逆もきっかけがあって、意を決しないと、生まれてくる感情ではないはずだ。
明美にとってのきっかけは、一人でいた時のことを思い出したからだ。
一人でいても寂しくないと思っていたのは実は思い過ごしで、寂しさを表に出すと自分が惨めになるということを、無意識に分かっていたからだろう。そのことがさらに自分を殻に閉じ込めるきっかけになり、一人でいることと、孤独を分けて考えていた。
そんな時に、一人でいる明美に声を掛けてきた男性がいた。彼は、優しく明美に話しかけてくれる。明美はその男を好きになったかのような錯覚を覚えていた。
人を好きになることの本当の意味を明美は分かっていながった。
「優しくされたから」
と、そんな単純な理由だったのだ。
警戒心が強ければ強いほど、単純な気持ちで心を開く。
そのことを明美は疑問に思いながらも、
――意外とそんなものなのかも知れない――
と、それまでの自分が、殻を割ることができないだけの、まるで食わず嫌いだったように思えてくるのだった。
愛里が近づいてきたのもそんな時だった。
男は愛里を煙たがっていたが、明美が愛里のことを親友と思うようになると、今度は明美から離れようとした。
すると、明美が今度は男が自分から去ろうとしていることに気が付くと、離れることをやめさせようという心境になる。
――私が一体何をしようとしたの?
と、男が離れていく理由が分からないだけに、煮え切らない気持ちになった。
離れて行くなら離れていくで、それなりの理由が必要である。それを明美は気が付いたのだ。
自分から離れて行く人に理由を求めるくせに、自分が離れようとするのに理由はいらない。分かろうとしないからかも知れないのだが、それではあまりにも虫が良すぎるというものだ。
罪の意識があるからと言って、一度感じたことはなかなか忘れない。
――自分から離れていく人に理由を求めるのが無理であれば、自分だって人から離れるのに、理由なんかいらないだろう――
そんな思いが、頭を巡っている。
後悔があるとすれば、愛里に対して、何も聞かなかったことを後悔していると言えるかも知れない。
「あの時にハッキリさせておけば」
時間が経つにつれて、言い出しにくくなったり、確認するタイミングを逸してしまったことへの後悔が頭を擡げたりするものだ。
だが、もうそんなことはどうでもよかった。
男が離れていった時、明美は最終的に開き直ることができた。
「別に男なんて」
やせ我慢と言われればそれまでだが、思ったよりもスッキリした気分になったのも事実だった。
愛里が気になって仕方がなくなる。この前まで避けていた気持ち悪さは、消えたわけではないが、むしろ、その気持ち悪さが明美の中で愛おしさに変わってきたことで、新鮮さを感じるようになった。
男が離れていったことで、男への愛着が薄れてきた。
――どうしてあんなものを好きになったのかしら――
頭の中には男の身体しか残っていなかった。感じることは、汚らしさだった。
風呂に入った時、鏡で自分の身体を見る。
「綺麗だわ」
自分の身体にうっとしとしている時、男の身体を思い出すと、ウンザリする。吐き気を催してくるようで、あまりもの違いに愕然とする。