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交差点の中の袋小路

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 気持ち悪さがないではないが、それでも分かってくれているということが安心感に繋がっていることを理解すると、自分も妻に与えるのが安心感だと思うようになった。安心感が幸せの根源であると思っている以上、新婚気分は、いい意味でずっと続いていくと思うのだった。
 何が離婚に繋がったのか、今となっても分からない。妻が離婚を言い出したのだが、理由については、何も教えてくれない。
「自分の胸に聞いてみればいいでしょう」
「離婚するだけの理由がどうしても見つからない」
「そうでしょうね。あなたなら分からないでしょうね」
 妻の話が罵声に変わる前に、
「悪いところがあったら治すから、悪いところを教えておくれよ」
 というと、さらにその言葉にカチンと来たのか、少し黙り込んだその後で、
「そんなだから、あなたには何を言っても無駄なのよ」
 と言われてしまう。
 確かに晴彦には鈍いところがあるのは自分でも分かっている。だから、教えてもらいたいと思っているのに、すでにけんもほろろになってしまっている。
 女は男と違って、我慢できるところは必死に我慢する、だから、堪忍袋を緒が切れたら、後は、取り付く島もなくなってしまう。
 男は、女に開き直られると、楽しかった頃のことしか思い出さない。
――楽しかった時のことを思い出してくれば喧嘩にもならないし、取り返しのつかないことになどなるはずもない――
 と思っている。
 それなのに、自分だけで勝手に相手を嫌いになり、相手の気持ちを考えるよりも何よりも、結論を急いで出そうとするのだ。
 男としてはたまったものではない。自分だけが置き去りにされてしまった気持ちは、もう二度と味わいたくはないものである。
 離婚に対しての理由を言わないということは、妻の側には、ハッキリとした理由がないからなのかも知れない。
「一緒にいるのが嫌だ」
 というのであっても、気持ちを相手に分からせることができれば、立派な離婚の理由であろう。
 楽しかった頃のことが走馬灯のようによみがえる。妻にも走馬灯の動きを感じたことが絶対にあったはずである。
だが、妻には、ハッキリとした離婚の理由があるわけではない。晴彦が離婚を断ることだってできるはずだ。だが、頑なに離婚を拒んでどうするというのか、離婚を強要はできないが、頑なに拒むのも傍から見ていれば、それほど変わっているわけではない、わがままのぶつけ合いは泥仕合を呼び、底なし沼のような泥沼に片足を突っ込んだような感じであった。
「離婚は、結婚の数倍の体力を使う」
 と言われた。相手の親からは、
「やはり君に嫁がせたのは間違いだったよ」
 と、父親に言われ、
「あなたなら、大丈夫だと思ったんですけどね」
 と、母親にも言われた。
 母親の言い分を聞いていると、今までに他の人ではダメだったのだが、晴彦だけは、という気持ちである
 妻からは、あまり男性と付き合ったことはなく、両親に会わせるほどの関係になった人は数人しかいないと聞かされていた。
 それでも数人いるわけで、その人たちが母親の目に、どのように写ったかということである。 父親の威厳よりも、母親の情け容赦のない視線は、それだけ人間らしさを含んでいた。
 視線を合わせて、離すことのできない相手には、気後れしないようにしなければいけない。
 晴彦のことを、母親は最初は気に入ってくれていたようであるが、次第にどこか気になるところが見え隠れしていた。
 母親の気持ちが分からないというのは、男の子よりも、女の子に多いだろう。
 女の子は父親に似ていて、男の子は母親に似ているものだというが、母親に似ていなかったことが晴彦には慰めになっているのかも知れない。
 顔が似ているからと言って、性格が似ているとは限らないが、それは他人との間のことで、肉親の間であれば、どうなのだろう?
 似ている人は、どんなに探しても範囲を広げても、見つけることすらできない人もいるにも関わらず、道を歩いている時に、ふっと振り向いただけで、似ていると自分で把握できる人がいるのは間違いない。
「自分と同じ人は、あと二人はいて、全部で三人いるのだ」
 と言われるが、一体どれだけの範囲が必要だというのだろう?
 相手の両親に、何を言われても怒らないようにしないといけないのは辛かった。喧嘩両成敗というが、離婚も同じではないだろうか。いくら一方的なものであっても、理由もハッキリせずの一方的は、卑怯とも言える。
 とりあえず、晴彦の家族については気にしないようにしていた。どちらも気にしていては、身体がいくつあっても持たないだろう。
 なるべく離婚は避けたかった。離婚というのが戸籍に傷をつけることになるからなどという理屈はどうでもよかった。ただ、自分としては、つい最近までの二人に戻れればそれでいいのだ。新婚気分をいつまでも続けていけると思っていたはずなのだから、元に戻れると信じて疑わなかった。
 だから、説得するにも、
「一時の気の迷い」
 ということを相手への説得材料に使ってしまう。それが相手には苛立ちを募らせるようだ。
「あなたには、いくら言っても分からない」
 という言葉は苛立ちから来るものに違いない。
 晴彦にとって、過去は未来への蓄積だという気持ちが強いのに対し、すでに過去は過ぎ去ってしまって、記憶の中に封印するものだとする相手の考え方の隔たりは。決定的な溝を作ってしまったに違いない。
「まだ、若いんだからこれからさ」
 すでに離婚を経験している知り合いは、簡単に言ってのける。無責任なセリフではあったが、下手な慰めよりも気が楽であった。
 若くして結婚し、
「こんなはずではなかったのに」
 と思っている人たちとは、明らかに違っている。結婚も早ければ離婚するのも早い。
――諦めがよく、考え方がドライなんだ――
 と言ってしまえばそれまでなのだが、晴彦にとって、それを羨ましいとは思わない。何と言っても別れは別れ、辛くないなどないはずだ。ただ、どうしてそんなに簡単に割り切れるのか。それが不思議で仕方がないだけだった。
 離婚を経験すると、人間というのは大きくなるものなのだろうか。
 離婚は明らかに負の要素である。前を進んでいたはずなのに、後ろに引き戻されるのだから、それまで見えていた光景とは全く違った風景が目の前に広がっている。
 今の時代は、離婚を一つのステータスと思う人もいるくらい、恥かしいものではない。自分も離婚となるまでは、
――離婚するくらいなら、結婚などしなければいいんだ――
 と思い、結婚相手は、慎重に選んでいたつもりだ。少なくとも年齢で結婚を決めたり、どこかで妥協しなければ、などという考えはなかった。結婚したいと思った時に、結婚したい相手に巡り合った。これほどのナイスなタイミングはないだろう。そう思うと、離婚などどこにそんな要素があるというのだろうか。晴彦は、本当に有頂天になっていたのである。
作品名:交差点の中の袋小路 作家名:森本晃次