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交差点の中の袋小路

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 一本の木が植わっている光景、すすきの穂が永遠に続いている光景、それぞれに絵にするには難しさがあるが、それには、何かのきっかけが必要である。祖母が入った診療所、屋敷の中に飾られている絵を見た時に感じた光景、結びつけるきっかけになったのが、男の子が掻いたと思われる絵であった。その絵は、未完成であった。なぜなら、明美が以前に描いた絵と酷似していた。そして、その絵が、今までで描いた明美の絵の、最後の作品だったのだ……。

            第三章 偽り

 晴彦が結婚したのは、そろそろ三十五歳になろうかという頃のことで、相手は実に物静かな女性だった。
「彼女といると、本当に時間を共有しているって気がするんだ」
 晴彦の結婚が決まって、まわりが、
「結婚を決めた理由は?」
 という質問に答えたことだった。
「結婚とは人生の墓場だという人がいるが、確かにその通りかも知れない。でも、僕は、墓場であっても、共有できる時間を持っている人と一緒であれば、きっと墓場ではない結婚生活が送れると思うんだ。共有できない人と一緒にいるから、墓場なんだと思い込むんじゃないかな?」
 とも、話していた。
 晴彦のまわりには今まで物静かな人が多く近寄ってきた。嫌いなタイプもいれば、好きなタイプもいる。結婚した相手は、決して好きなタイプではなかった。
 物静かな女性のパターンとして、いつも物思いに耽っているイメージが強い。表情は様々で、考え込んでいる時の目線を、先の方に持っていくか、手元に置いておくかということで、表情の真剣さが違って見えるのだった。
 真剣なまなざしは横顔で決まる。正面から見ると、緊張が走ったり、恥かしさから、相手の顔をまともに見られなかったりする。晴彦は恥かしがり屋な女の子は好きだが、オーバー過ぎるとしらけてしまう。その中間くらいがちょうどよく、横顔に真剣さを感じることのできる女性が、本当に物静かな女性だと思うのだった。
 交際相手と、結婚相手は違って当然である。一緒にいて楽しいだけでは結婚しても続かないし、自分にとって平均的で無難な女性は物足りないと感じるだろう。
 物足りなさは楽しくない。楽しさは自分中心の世界を形成することにあると思っている晴彦は、お互いに助け合っていくことが不可欠である結婚相手には、期待する部分は明らかに制限されてしまう。
 晴彦は、交際相手とそのまま結婚してしまった。
 今までに何人かの女性と付き合って、いかにも交際相手という人が多かったことで、結婚が遅くなったと思っていたが、結婚したいという相手が出てこなかったのも事実だ。結婚した相手も、決して結婚したい相手だったというわけではない、年齢的な年貢の納め時だと感じたことでもあるし、相手というよりも、結婚というもの自体に気持ちが動いていたのかも知れない。
「結婚くらい、死ぬまでに一度はしとくもんだよ」
 と、まるでいかにも近い将来に死を予感させるような言い回しだが、そこが墓場に繋がるという意味では、確かに結婚は人生の墓場と言えるだろう。
 新婚の甘い生活など、嘘っぱちで、ドラマや映画の中だけの世界だと思っていた。晴彦のまわりで新婚の甘い生活を思わせる人など、一人としていない、
 新妻は、毎日を晴彦のために奉仕に使ってくれる。文句も言わず、ただ、喜んでいる様子も見えないのが、物足りなく感じるところであった。ウソでもいいから奉仕することに、そして奉仕を受け入れた相手に対し、笑顔を見せるのは、
「減るもんじゃないし」
 という乱暴な口ぶりであっても、わざとらしさがない分、本音に近い気持ちを持っているに違いない。
 結婚したことに後悔しているわけでも、新妻に不満があるわけではない。新婚旅行から帰ってきて、いきなり離婚するという、いわゆる「成田離婚」というのがあるが、その気持ちも分からない。少なくとも相手を好きになって結婚したのだ。そこまで耐えがたい人であるならば、好きになったこと自体が偽りなのではあるまいか、
 膝枕や耳かきなど、結婚前に夢見ていた表に見える奉仕とは違って、ダイニングに立ってエプロンをした彼女が、後ろ向きで洗い物をしている姿を見ることの方が、よほど暖かみが感じられ、
「これが新婚生活の醍醐味になるのだろう」
 と、考えていた、
 新婚生活は楽しいものだった。結婚前から一人暮らしの経験はあったが、一人暮らしの時に感じていた部屋の中の立場と、養っていく相手が一人でもいることの立場とでは、充実感がここまで違うとは思ってもいなかった。
 二LDKのマンションに、新婚二人暮らし。贅沢でもない普通の生活なのに、まるで豪邸に住んでいるかのような気持ちにさせてくれた、新婚生活という言葉が、これほど暖かで、心地よいものかというのを、初めて思い知らされた。
 結婚式自体は普通に招待客を招いてのものだったが、新婚旅行は海外に行くような贅沢は避けた。国内旅行の、お互いに行ったことがないという話で、
「いずれ、二人で行ってみたい」
 と話をしていた北海道を回ることにした。海外旅行に行くことを思えば少々の贅沢をしても十分である。温泉や観光を十分に堪能して戻ってきた。特に新妻が感動したのは、森の中にひっそりと横たわるように佇んでいた湖を見た時であった。
「こんな光景が日本でも見れるのよね」
 と新妻がいうと、
「日本だから見れるのかも知れないよ」
 と答えたが、世界は広い、こんな光景は大自然の中では当たり前の光景なのかも知れないが、下手なことを言って気分を害するようなことはしたくない。せっかくの北海道旅行、ここでしか味わえないという気持ちを持つことが、旅行の一番の意義なのではないだろうか。
 妻は、余計なことを言わないことから、物静かに見えるだけで、感受性は強いのかも知れない。
「妻のどこが好きなんだい?」
 と聞かれると、
「横顔の真剣なところ」
 と答えることだろう。妻の横顔は、視線を目の前に置いても、先の方に置いても真剣なまなざしに見える。他の人でも真剣なまなざしを見ることができるが、手前に真剣な顔ができる人は、先の方を見るとどうしても真剣みに欠けてしまう。逆に先の方に真剣なまなざしを送ることができる人は、目の前の視線は、新鮮さを欠くのであった。
 晴彦の勘違いも中にはあるかも知れないが、かなりの確率で信憑性の高いものだと思っている。
 新婚旅行先の北海道で、同じように新婚旅行に来ている一組のカップルに出会った。晴彦はあまり乗り気ではなかったが、妻が相手の奥さんと意気投合したようで、昼間の観光を一緒にするようになった。
「ねえ、いいでしょう?」
 付き合っている頃でさえ、こういう甘え方をしてきたことのない妻が甘えてくれた。自分に乗り気があるかないかなど二の次で、晴彦は有頂天になって、一緒に行動することを許可したのである。
 それでも行動を共にしたのは一日だけだったが、妻は十分に堪能したのか、翌日も興奮が残っているようだった。晴彦の方は、精神的に疲れてしまって、声を発するのも億劫なくらいに疲れていた時間帯があり、二人の間に、微妙な不協和音が響いているかのようだった。
 そのことを先に気にしたのは、妻の方だった。
作品名:交差点の中の袋小路 作家名:森本晃次