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交差点の中の袋小路

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 だが、その二日後には、今度はさらに立場が逆転していた。と言っても、最初のような言いなりになっているだけではない。明らかに男の子にも言い分はありそうだった。
 口を開くことはなかったが、どう見ても、何かを言いたげで、ただ、言ってしまうと、自分の築き上げてきたものが壊れてしまいそうな気分になっているのではないだろうか?
 彼のような男の子は、自分の中で世界を作り、自分の秩序が正義になると考えているタイプである。人からあれこれ指図されるのを嫌うはずなのに、彼女にだけは従順だ。きっと逆に従わせることができる時間を持っていることは、自分の中での従順さを彼女に求めることができるようになるためのミッションのようなものだと言ってもいいだろう。
 明美は西洋館を垣間見ているところを、まわりの人から見られても、別に構わないと思っていた。他の人みたいに、興味があるくせに横目でチラチラ見ているよりも、どうせなら、ハッキリと見てしまう方が、さっぱりしていいものではなかろうか。西洋館にはまだまだ明美が興味を持てそうな秘密が詰まっているのかも知れない。
 西洋館から出てきた人を、見たことがない。これだけ気にして見ているのに、誰も出てこないということは、買い出しなどはどうしているのだろう?
 食事の支度はお手伝いさんがするとして、買い物などは、配達に任せているのではないか。
 ただ、出入りする人もいつもやってくる男の子だけで、やはり不思議なことが多い屋敷だった。
 男の子もどこから来て、どこに帰っていくのか分からない。そこまで男の子の方に興味があるわけではないし、ここを離れてまで、追いかけてみる気にもならなかった。
 ただ、女の子と視線が合ったことはないのに、男の子とは視線が合うことがある。
「彼は、私のことに気付いているのかしら?」
 と思うが、気付いているのであれば、視線を離すのが早すぎる。誰かに見られているかも知れないという意識はあっても、それを確かめる勇気がないのか。それとも、彼女に対しての意識が強すぎて。錯覚だと思っているのかのどちらかであろう、
 錯覚だと思っているとするなら、視線が合うのは、一度や二度ではなかった。何度も視線を合わせているのに、彼の方で、意識がないのだ。そう思うと、意識しようとしていないという思いが強くなる。確かめるのが、怖いのかも知れない。
 西洋館は、いつも扉が開いていて、開放的だった。見ようと思えばいつでも見れるようで、不用心な気がしたが、泥棒に入る人はいないだろう。これだけ開放的であれば、却って警戒するというもの。表から見ているだけでは分からないだけで、いろいろな仕掛けが施されていたり、用心棒のような人もいるのであろう。一か所から見ただけでは全体を見渡すことができないという盲点が、泥棒には分かっていて、侵入を許さない雰囲気を作り出しているように思える。
 それでも、中が見えてしまう明美は、
――本当に見えているのかしら?
 と感じるほどに意識と違ったものが見えているように思えてくる。
 その中に一つ、殺風景な部屋があり。家具はほとんど何も置いておらず、カーテンすら掛かっていない。壁にはいくつかの絵が飾られていて、まるでそこは画廊として使っている部屋のようだ。
 そういえば、女の子はたまに部屋の中から表を見ながら、キャンバスに向かっている姿を見かける。
――絵を描くのが趣味なんだ――
 真っ白いワンピースに、部屋の中だというのに、ワンピースとおそろいの真っ白な、庇の大きなチューリップハットをかぶっている。
 絵具で汚れないのかという危惧を抱きながら見ていると、思ったよりも器用な手つきで、絵筆をふるっている。しっかりと背筋を伸ばし、距離感を図りながら、ゆっくりと描いている。
――これだけゆっくりなら、汚れることもないか――
 ゆっくりと、正確を期するのは、彼女の性格なのだろう。
 彼女の絵を描く部屋は、画廊になっている部屋の隣だった。掛かっている絵は。詳細部分までは見えないが。とても素人の絵だとは思えない。とはいえ、彼女の絵だと思って疑わないのは、自画像だと思える絵があったからだ。
 絵描きに来てもらって、わざわざ描いてもらったようには思えない。だが、よく見ると、彼女とは別人にも見えてきたことから、描いたのは彼女に間違いないと思うようになったのだ。
 また違った想像も生まれた。
――この絵、彼女に似た絵を描いたのは、ここに出入りしている男の子なのかも知れない――
 明美は絵心が知れているわけではないが、男の子が描いた絵だと言われたとしても、まったく違和感がないと思われた。逆に素朴なタッチは、男の子が描いたのだと言われた方がしっくりくるように思えた。
 では、画廊にしている部屋に、わざわざ他人が描いた絵を飾るのかと言われると、明美の神経では考えられない気がしたのだ。
――ここに出入りしている男の子は、私が考えているよりも、よほどここの家に関係があるのかも知れないわ――
 と感じた。
 男の子はいつも無表情である。まるで感情がないのかと思えるほどなのだが、どこか抜け殻のようなところがあった。
――実際に見えている男の子は蜃気楼のようなものかしら――
 虚映であって、本当の姿はどこかにあるのかも知れない。本当の男の子はどこかにいて、微笑んでいると思うのだが、その表情を想像することはできなかった。
 明美は、高校に入ってから、自分も絵を描いてみたいと思うようになったが、中学生の時に見た屋敷の画廊が印象的だったからに違いない。
 高校になって描いていた絵の多くは風景画と、建物画であった。どこかに出かけて描くことが多かったが、思い出の中にあるのは、山の中で見つけた、一面すすきの穂が広がった平原だった。
 すすきの穂は、風に吹かれて微妙に揺れていたが、狭い範囲で見ていると、まったく同じ動きに見えるのだが。広い視野を持って見ると、遠くの方に行くほど、少しずつ動くがずれているのを感じた。
「あきらかに風の流れが影響しているんだわ」
 と、創作意欲を掻きたてるには十分な光景であった。
 写真に撮って収めた瞬間を掻くと、一番リアルに描けるかも知れないとさえ感じた。ただ、実際に目の前に映し出されたものを描かないと意味がないという考えもあり、やはり、写真に撮って描くようなことは邪道だと感じ、目の前に広がる光景を、隅々まで見ながら描いていくことにした。
「ビュー」
 静寂の中で、風の音だけが響いている。風の音は耳をくすぐり、すぐに通りすぎていく。いたずら好きの風には、困ったもので、筆を少し動かしては、くすぐったさから、すぐ耳に手が動いてしまう。集中できているのかいないのか、自分でも分かっていなかった。
 何もないところから描いていくのが、絵画の基本ではあるが、
「必ず目の前に見えるものをすべて描かなければいけないのだろうか?」
 という疑問が頭を過ぎった
 忠実に映し出すだけが絵画ではないはずで、目の前にあるものを、疑う気持ちがないと、本当の絵画は完成しないのではないかと思うようになった。
「絵とは、目の前にあるもの忠実に描くだけではなく、時として大胆に省略することも必要だ」
作品名:交差点の中の袋小路 作家名:森本晃次