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交差点の中の袋小路

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 という祖母の願いを両親が聞いたもので、母親が付き添っていくのは、どうしても嫌だったようだ。本当は祖母が嫌がったものだったのに、記憶の中では、母が一緒に行くのを拒んでいたということしか意識として残っていない。
 その診療所は、海が近くにあったのを覚えている。
 裏には小高い丘があって、丘に向かうには、電車の線路を越えなければならず、診療中の人は、ここでは缶詰だった。
 祖母は、患者というよりも、患者仲間に会いに行っているようだった。明美は、どうしてそんな祖母に付き合わなければならないのか、不思議で仕方がなかったが、実際に付き合ってみると、違和感はなかった。
 中にはいかにも精神に異常をきたしている患者もいるのが分かっていたが、近寄らなければいいだけで、祖母のそばから離れなければ、それでよかったのだ。
 同じくらいの女の子がいるのに気付いたのは、何回目に訪れた時のことだっただろう。その子も患者というわけではなく、家族の付き添いだったようだ。一人家に置いておくわけにはいかず、親が連れてきたというのが正直なところであろう。
 話し相手もおらず、どうしていいか途方に暮れていたところだったので、話し相手ができたことは嬉しかった。学校ではいつも一人。まわりから煙たく見られていた明美には、本当にありがたかったのだ。
 まず学校の話から始めたのは、彼女の方だった。名前を聞いた気がしたのだが、記憶にはない。本当は聞かなかったのかも知れないと思うほど、お互いに名前を気にしていなかったのだ。
――確か、芸能人に似たような名前の女の子がいたような気がするな――
 と思ったが、それ以上記憶する力が、まだ幼さの残る明美にはなかったのだった。
――そういえば、色が黒かったような気がする――
 色が黒かったことで、海の匂いを思い出させる。日焼けで健康的な肌は、子供であっても、大人の魅力を引き出しているようで、
――この診療所には似合わないな――
 と思えてならなかった。
「あなたも、ここに来るような人じゃないわね」
 一見異常に見える人も、この異常な環境の中にいると、本当は一番まともなのかも知れないと思う。では、まともにしか見えない人は、やはりどこかがおかしいのではないかと思えてならなかった。
 診療所というところは、精神に異常が見られる人がいるところだという固定観念を持っていたが、それが大間違いであることに、すでに分からされたのである。
 お互いに自分のことが一番まともだと思っている。実はそれが一番危険なのかも知れないと思ったのは、大人になってからだが、そのことに気付かせてくれたのは、ここの診療所を子供の頃に訪れたという経験があったからなのかも知れない。
 その時に出会った女の子の雰囲気を忘れられないでいると、その時の女の子に雰囲気が似ている女の子が転校してきた。それが、杉村愛里だったのだ。
 愛里は、最初から友達に馴染もうとせず、せっかく話しかけてくれる女の子に対して、積極的に笑顔を見せようとしなかった。そのせいで、相手にされないのはおろか、よからぬ噂まで立てられたりして、自分から、立場を悪くしていた。
「私は、人に媚を売ってまで、仲良くしてもらおうとは思わないのよ」
 と嘯いていたが、普通に話をするのには、別に角が立つわけではない。人と一緒にいることが煩わしいと思っているのか、相手が男であっても女であっても同じで、相手によっては露骨に嫌がっていた。
 愛里の場合、人の好き嫌いがハッキリとしていた。自分を見る目を敏感に察知し、自分に対して嫌な雰囲気を感じながら、それを隠そうとする人は、誰に対しても同じような態度を取っているのが分かることから、相手を完全に信用できない。元々自分を信用できないと思っている愛里は、人のことも完全に信用していない。露骨に態度に出てしまうことで損をしているのだろうが、本人は、それでもいいと思っている。
 愛里は、中学生にしては、身体が大人だった。しかもグラマーな体型は、思春期の男子にとっては、たまらない魅力に見えたに違いない。嫌というほど、男性の厭らしい目つきを浴びせられたら。恐怖心が先に立ってしまうことから、ついつい人を避けるようになっていた。
 愛里は、自分が子供の頃に連れて行かれた診療所の話を聞かせてくれた。もし、自分から話してくれなかったら、愛里がその時の女の子だとは思わなかったに違いない。
――何となく似ている――
 と思っても、ハッキリとした確証がなかった。
 どうして愛里があの時の女の子だと感じるに至ったかというのは、顔の特徴にあった。
 丸い顔に、少し太めの唇。それ以上に一番大きな特徴は、クリっとした大きな目が、怯えを帯びていて、そこが特徴だということを、子供の目が覚えていたからだ。子供の目だと言って侮ってはいけない。意外と正確な捉え方をしているからである。
 友達になるきっかけは、いろいろとあるだろう。
 ミステリーが好きだということで友達になったのだが、それだけの友達だったら、子供の頃を思い出したり、診療所のことを思い出したりしなかっただろう。昔のことを思い出したことで、さらに愛里のことが気になり始めた。
 明美が一人で喫茶店に行くようになったのは、愛里と知り合う前からであったが、馴染みの店を見つけたのは、愛里とミステリー談義に花を咲かせるようになってからだった。
 愛里と二人で行く店も決まっていた。駅前の喫茶店で、よく待ち合わせをした。その店が二人だけの馴染みの店として定着したのだ。パスタのおいしい店で、ここも常連客が多い。駅前ということもあって、待ち合わせが多いのか、常連客の多くは、一人で来るというよりも誰かと一緒が多い。アベックが多いことで、一人の常連客は、なかなかいつかないのかも知れない。
 店の雰囲気は明るく、待ち合わせにはもってこいだ。だが、明美にはどうにも馴染めないところがあった。きっと一緒に愛里がいなければ、ここに来ることはないだろう、
 明美が常連になった喫茶店に、もし愛里が入ってきても、明美がいることに気付かないかも知れない。それだけ一人だけの世界での明美は、普段と違っているのだ。雰囲気も違えば表情も違う。この店の常連になったことで、まわりを見る目が変わってきたと言っても過言ではなかった。
 ある日、明美は、壁に掛かっている絵を見て、
――どこかで見たことがある――
 と感じた。
「この絵、気持ち悪いわね」
「なんだか、冷たさを感じるわ」
 という会話が頭を過ぎる。
 以前、違う喫茶店で、これとよく似た絵を見た気がしたのだが、その時に二人の女の子が絵を見て話しているのを思い出していた。
「冷たさって、どういうこと?」
「何か、重苦しいものがあるのよ。きっと、このあと、すぐに雨が降ってくるんだわ」
 二人の女性が絵を見て会話していた。近くの女子大生と言った雰囲気の二人だったが、絵を気にし始める前は、アルバイトの話や、付き合っている彼氏の話題など、いかにも女子大生の会話をしていたからだ。
 それなのに、絵を気にし始めると、二人の会話は急にかしこまったようになり、神妙な目で見つめる絵を、明美も一緒に見つめていた。
作品名:交差点の中の袋小路 作家名:森本晃次