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交差点の中の袋小路

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――年を取れば老け方に抑えが利かないものだ――
 まさしくその通りだろう。
――ということは、精神的なものも肉体と同じなのか?
 同じカーブを描くとは限らないが、時間差を持って、描くカーブが同じではないかと思う。以前、保健の外交員の人から見せてもらったバイオリズムのグラフを思い出した。
 同じカーブを描くのだから、時間差があることで、必ずどこかで交わるところがある。交わった時にどのようになるか、聞いたような気がしたが、今はすっかり忘れてしまっていた。
――覚えておけばよかったな――
 と感じたが、今となってはあとの祭りだった。
 屋敷をすぐに後にすることができなかったが、後ろ髪を引かれる思いを感じながら、何とかその場を立ち去った。歩いていて、後ろの屋敷からの見えない視線に痛みすら感じるほどだった。
 怖くて後ろを振り向くこともできず、前だけを見ていると、早く立ち去りたい思いがさらにこみ上げてきた。
――もう、だいぶ来たよな――
 と、思い切って振り向いてみたが、ほとんど歩いていない。むしろ、最初に振り向いて次に振り向いた時、最初より大きく見えるくらいだったからだ。
 その時に感じた思いは、まるで苦虫を噛み潰したような思いで、かごの中の丸い輪の中をひたすら走りまくっているハツカネズミの感覚になったような感覚に陥るからだ。
 彼女が忽然と目の前からいなくなった寂しさは、最初から彼女のことが本当に好きだったのかという疑念に繋がっていた。毎日のように会っている時は好きだと感じていたが、急に目の前からいなくなってしまうと、そう思い込んでいた自分までもが、どこかにいなくなった。あるいは、最初からそんな感覚はなかったのではないかと思うのだった。
 そう思うと、さらにもう一つの疑念が湧いてくる。
――彼女という存在が本当にいたのかどうか?
 という思いである。
 苗字も名前も知らない。住んでいた家すら、忽然となくなっていて、人が住んでいた気配すらない。建物はあったのだが、とても昨日まで人が住んでいたなどと思えっこなかった。
 そう思うと、今度は彼女という人はいたのかも知れないが、それが晴彦とは何のかかわりもない人だったという思いである。家だって、まったく存在しなかったわけではなく、人が住んでいた気配がないだけである。それならば、自分との接点についてはまったくなかったとしても、存在だけはしていたのかも知れないという思いを抱くことは、さほど無理なことではないように思うのだった。
 彼女のことを、しばらくは探し回ってみた。
――見つかるはずなどない――
 という思いは、最初からあった。無駄な努力だと思っていても、一縷の望みを掛けてみようと思っている自分がいるのも事実である。
 人ひとりが忽然といなくなってしまうという事実を受け止めるには、どうしてもしばらくかかる。まずは事実だと思うことが大切なのだ。
 そのためには、自分を納得させることである。納得してしまうと、自分の中でたとえ事実ではないことでも、事実よりも深く感じ取ることができる。感じ取ってしまうと、いなかった人を自分の中だけでいたことにできるのだ。
 彼女のことを調べ始めて、聞こえてきた話の中で、
「人を殺して、姿を消した」
「家族に見捨てられて、施設に入れられた」
 などと、いくつかの憶測に近い噂が聞こえてきた。どれもこれも信憑性には欠けているが、逆にどれもが本当に聞こえてくる。彼女に関しての噂は、どれもが同じようなくらい信憑性がないことから、それだけ掴みどころのない女性だったのだ。
 噂が聞こえてきてすぐ、今度は誰もが、彼女のことを聞いても、何も答えなくなった。緘口令などという以前に、彼女の存在自体を本当に知らないかのような感じである。
「誰だい? それ」
「ああ、あの屋敷なら、ここ数年誰も住んではいないから、屋敷自体、荒れ放題になっているだろう?」
 と言われて、それ以上反論ができない。
 信じられないことを言われて反論ができないことほど、不可思議な感覚を抱くことはない。それほど屋敷も荒れ果てていたし、次第に自分の中の彼女の記憶が消えかかっていることに気付かされた。
 彼女の存在が消えかかっていることは、本当は自分で気付かなければいけない。そのことをまわりから気付かされてしまうと、自分の意識としては徐々に消えていくものだと思っていることが、一気に消えてしまっている。
 自分の中で消えてしまっているのだから、一気に消えてしまったのか、徐々に消えてしまったのかは、意識できるはずもないのに、なぜか一気に消えるものなのだという認識だけが頭の中に残っている。あれほど、徐々に消えていくものだと思い込んでいたはずの気持ちはどこに行ってしまったというのだろう。
 彼女に対して不思議な感覚は、もう一つ、信憑性のない思いを、自分の中に抱かせた。
――本当に人を殺したのかも知れない――
 根拠などあるはずはない。人を殺せる人間かどうか、分からない晴彦ではなかった。だが、
――彼女なら、ニコニコ笑いながら、人を殺せるのかも知れない――
 人を殺すイメージが一番湧かないと思っていたのは、殺人を犯す人の顔が、勝手に思い浮かぶからだ。ニュースやドラマで
「人を殺すならこんな顔」
 というイメージが頭にこびりついている。そして、その人がどんな表情で人を殺すかというのも、分からなくなかったからだ。
 彼女には笑顔しか思い浮かばない。
――こんな笑顔ができる人に人殺しなどできるはずがないのだ――
 という観念は、本当に凝り固まった固定観念であった。だが、少しだけ固まったものを和らげてやると、
――こんな女だから、人を平気で殺せるんだ――
 という思いを抱く事ができる。
――では、一体誰を殺したというのか?
 本当に勝手な思い込みでしかないが、殺したとすれば、男である。
 ただ、最初に直感で殺したと思った相手は、親だった。考えてみれば、彼女の名前を知らなかったのも事実だし、家族らしき人を見たこともない。ただ、少し精神に異常をきたしているかも知れない女性だということで、清純な魅力の中に、得体の知れないものを感じていたのも事実だった。
 家族を見たこともない。さらには、彼女と身の回りの世話をしているという人一人だけの住まいとしては、無意味に広い敷地内でもあった。
 いくら別荘だから、親と住んでいないとはいえ、一か月も毎日のように彼女の家に入り浸っていたのだから、娘を心配して一度や二度、こちらに来ているのを見かけてもいいはずではないだろうか?
 そう思うと、敷地内に彼女の親がどこかに眠っているのではないかと思うことは、乱暴な考えだとして無視してしまっていいものなのだろうか?
 今さら敷地内を捜索できるわけもない。あとは、犬か何かが埋まっているところを掘り起こすか、建物を壊す時に、掘り起こされるのを待つしかないだろうと思っていると、それから半年も経たないうちに、犬が本当に掘り起こしたようだ。
「空き家の庭から、白骨死体が二体見つかる」
 という新聞の見出しが飛び交っていた。死後半年近くということで、彼女の失踪と時期的には合う。
作品名:交差点の中の袋小路 作家名:森本晃次