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交差点の中の袋小路

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 そのシーンを思い出していると、渡りきった後に残ったもの、静寂はまったく何もなかったかのような穏やかな波を演出しているかのようだった。
 交差点には、怖くて気持ち悪いイメージしか残っていなかったが、最近、交差点を渡るたびに、怖さ以外に何か期待できるものがあるようで、交差点を渡ることが楽しみにもなっていた。
 ただ、今日は昨日感じた女性の、
「私を捨てたりすると、殺すわよ」
 と唇が動いた女性のイメージが頭に残っている。その女性が交差点ですれ違った時に気配は感じたが、殺気を感じたわけではない。むしろ、気配を消そうとしている素振りが感じられるほどで、存在感を消したいのはまわりからであって、晴彦にだけは、存在感を知ってほしいと思っているのではないかと感じるのは、贔屓目からであろうか。
 実際にまわりを見ると、誰も何も意識している素振りはない。誰もが淡々と交差点を歩いているだけで、口を開く人はほとんどいない。
――交差点を渡るのが、義務になっているかのようだ――
 誰もが何かを考えているように見えるが、頭の中が空っぽに感じるのはなぜだろう? 笑顔のない表情に違和感は感じないが、何を考えているか分からない表情に見えるのに、頭が空っぽに感じられるのが不思議だった。このギャップを、どう解釈すればいいのか、自分の中で整理できずに、ストレスとして溜まってしまいそうであった。
 交差点を渡りきって、再度後ろを振り向くと、そこには車の往来の激しさが伺えた。左右からの車の量は、いつもよりも多い気がしていて、またしても、中学生の頃に見た交通事故を思い出させた。前を向きながら首だけ後ろに向ける。それが、一番過去へと自分を誘う術のようなものではないかと思うのだった。
――もし、さっきの女に関わって、自分が殺されてしまうことになるとするならば、ここの交差点で、車に轢き殺されるイメージしか浮かんでこない――
 背筋に寒気を感じた晴彦は、もう後ろを振り向く気にはなれなかった。そのまま前を向き、目指す喫茶店へと歩いていくだけだった。
 歩いていくうちに、嫌な思い出は次第に消えていった。目指す喫茶店に辿りつく頃には、嫌な思いは消えているだろう。
 馴染みの喫茶店は、交差点を超えてから五分も歩かない。交差点を超えると、
「そろそろ着くか」
 と、このあたりまで来れば、期待と安心感に包まれている自分を感じることができ、やっと普段の自分に戻れたことを嬉しく思う晴彦だった。
 喫茶店は、白壁が眩しく、少々遠くからでも目立って見えた。
 晴彦はあまり目立ちたがりではないが、光るものは嫌いではなかった。特に日に照らされて光る白壁には清潔感が感じられたのだ。
 いつもの喫茶店に顔を出すと、その店にはいつもよりも客が少ないことが最初に目に入った。かといって、別に不思議なこともなかった。元々が常連の多い店、その時偶然に、常連客ばかりだったということで、さほど不思議なことではなかった。
 カウンターに十人くらい座れる席があり、テーブル席が五つほど、広くもなければ、狭くもない。晴彦としてはちょうどいいと思っている広さの店だった。
 店の中は表から感じるほどの明るさはない。マスターの好みで調整しているようで、本や雑誌を読むのに差し障りはないので、文句をいう人もいない。却って明るすぎると、常連客数人から、文句が出るほどだ。
 常連客には、男性も女性もいるが、ほとんどは三十歳代で、その中で晴彦は最年少であった。常連さんの半分は近くにある商店街の店長さんだったりして、朝の開店前に寄ったり、昼休み、サラリーマンとの時間を外して、昼下がりに寄ったりするのが常のようだった。
 商店街には時々お邪魔している晴彦だったので、店長さん連中とは、元々馴染みの人もいた。
 そのおかげか、喫茶店で常連になるのも、そう難しいことではなかった。ただ、常連になってから、却って難しくなったのは、店長さん同士で経営の話などに花が咲いている時、どういう態度を取ればいいのか分からない時だった。そんな時はマスターが気を遣ってくれて話をしてくれるが、そういう時に限って、常連さん同士の話が白熱し、大きな声はそのうちに罵倒溶かすこともあったりした。本当に珍しいケースではあるが、喧嘩になることもないわけではなかった。
 何とかマスターがなだめて、その場は収まるのだが、場の雰囲気は、気まずさが漂っている。
 騒ぎを起こした張本人たちは、自分たちから騒ぎを起こしておいて気まずくなったことで、そそくさと帰っていくが、それでも騒ぎが収まったことで、マスターはホッと胸を撫で下ろす。
「まあ、本当に稀なことなんだけどね。経営者としては僕も気持ちが分からなくもないだけに、何とも言えないけどね。それでも同じアーケードの屋根の下で商売している人たちなので、どうしても衝突してしまうこともあるようだね」
 と、言っていた。
 今日はさすがにそんな気まずい雰囲気はなく、皆静かだった。いや、静かすぎるくらいで、不気味でもあるくらいだった。
 皆いつもの席に腰かけているが、それぞれ、話をしている雰囲気はない。皆それぞれに本を読んだり、雑誌を読んだりしている。
 会話は最初に済ませているのか、それとも、今日は会話をするだけの話題がないのか。どちらなのかと様子を見てみたが、どうやら、最初から会話があった様子はなかった。会話があれば、いくら終わったあとでも、喧騒とした雰囲気が残っているものだと思うが、違うだろうか。
 晴彦もその日は、誰かと会話をしたいというわけではなかった。常連がいて会話をしたいと思う時は、最初から、何かと会話になるような題材がある。それがその日はまったくと言っていいほどなかったのだ。
 話題に出せそうなことと言えば、先ほどの交差点で感じたこと。だが、これは妄想よりも不確かなもので、会話にするようなことでもない。
 会話にすることではないことを、この場所で忘れてしまおうという思いもあった。他に話題があれば入って行こうと思っていたが、話題がないならないで、本を読んだりして過ごすつもりだった。
 本を読むつもりだったのは、最初からで、むしろ、朝からそのつもりだったというのが本音である。
 特に交差点で感じた妄想や、昔の思い出を思い出したことで、余計に一人考える時間も必要なのではないかと思うのだった。
 店に入った瞬間、最初に感じた表との違いは、表の暑さに比べて、中はひんやりとしていて、さらに湿気を感じる。表では掻かなかった汗が、店に入ると一気に噴き出したのは、ひんやりとした中にも、湿気があったからに違いない。
 店に入った安心感もあるからなのかも知れない。それ以上に交差点で感じたいろいろな思いがかなり溜まっていたのは事実で、店に入ると、かなり落ち着けることが分かっていたから、汗が吹き出すのは、最初から分かっていたことのようだった。
 交差点を渡りきってから、この店に来るまで、歩いている時、頭の中で何かを考えていたように思うが、店に入った瞬間、そのほとんどを忘れてしまっていた。ただ、何かモヤモヤしたものだけが残っていて、その残っているものが、先ほど感じた中枢ではないように思えるのも、なぜか分かっていた。
作品名:交差点の中の袋小路 作家名:森本晃次