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一日百時間

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 時は正確に刻んでいる。まるで胸の鼓動が規則的であるのと同じようにである。人の胸の鼓動には微妙な時間差があるが、時は一つなので、時に時間差はない。
――でも、時に時間差があったとすれば――
 香澄はそんなことを考えていた。
 香澄が、時の時間差を考えたのは今回が最初ではなかった。今までに何度か考えたことがあったのだが、その時々で考え方は違っている。きっと考えに至るまでの感情や感覚が違っているからなのかも知れない。
 その時々でそれなりの結論を得た気はするが、それがその後の自分の人生にどのような影響を与えたのか定かではなかった。なぜなら得たと思っている結論は、すぐに意識から離れてしまっていた。完全に忘れているわけではないだろうから、記憶の奥に封印されたに違いない。
 一番覚えているのは、ナースになるきっかけを感じた時だった。
 香澄がナースになろうと思ったのは、中学の時だった。同じクラスの男の子が病気がちで、出席日数も足りなくなるくらいだった。時々都会を離れ静養しないといけなかったようで、病気が器官系のものだったこともあり、運動も制限されていた。
 そんな彼を一番気にしていたのが香澄だった。
 中学に入って最初のクラスで、しかも席が隣り合わせ、病気と思えないほどの笑顔を見せた彼に対して、笑顔で返す自分をいじらしいと感じていた。病気だということを最初から知っていたわけではないが、誰に聞くまでもなく、見ていれば分かってきた。ただ、
――病気について触れてはいけないんだ――
 という思いに駆られ、次第に態度がぎこちなくなっていたようだ。
 そんな香澄の心境を知っていた彼は、表情に翳りが見え始めた。香澄はそんな彼の病気が進行してしまったのではないかと思い、不安になってきた。お互いに気持ちがすれ違っていたのだ。
 会話がなくなり、寂しい日々が続いた香澄だったが、最初に話しかけたのはどっちだったのだろう?
 きっと彼からだったように思う。こんなに大切なことを忘れてしまっているというのはどういうことなのだろう?
 彼から言われた言葉も曖昧だった。ただ、どうして覚えていないのかというと、そこに彼が病気であるという意識が香澄の中に大きくのしかかっていたことが原因だったように思う。
 相手が病気でなければ仲良くなることもなかった。そしてぎこちなくなることもない。そして仲直りの時の記憶もしっかりしているだろう。その時々で必ず病気を意識しなければならない彼に対し、自分が気にしている以上に心の奥に引っかかっているものがあったのは間違いない。
――彼が病気でなかったら、どうだったのだろう?
 この思いをずっと抱いたまま、中学を卒業した。
 中学卒業後に、彼とは会っていないのでそれからどうなったか分からない。中学三年間、ずっと彼だけを意識していたことで、それが自分の初恋だったことを意識した。しかし、何もできなかったことで、いつの間にか考え方が後ろ向きになっていることを感じ、自分がネガティブな性格であることを知ったのだ。
 香澄は、いつも頭の中で何かを考えているような女の子だった。それはその時々で違っていたが、一番多かったのは、数字について考えていることが多かったように思う。
 数字というのは、規則的に並んでいるもので、考え事をする題材としてはこれほどのものはない。ただ考えていたのは数学の公式ではなく、算数の考え方だった。数字の並びを頭の中で考えながら思い描いていると、そこに時計をイメージしている自分がいる。
 時計と言っても、それはデジタルではなくアナログの十二等分表示の時計だった。今までほとんどデジタルでの表記しか見たことのない香澄が時計にだけアナログをイメージしているのは自分でも不思議だったが、そのおかげか、アンティークなものにも興味を持った時期があり、時々起こるデジャブも、その時に感じていた意識の延長だと思うと納得がいった。だが、今回のように釈然としない時もあり、何か他に意識が潜在しているのではないかと感じる香澄だった。
 時計のイメージを頭に思い浮かべるようになり、年齢や時代までも時計でイメージするようになった。十代、二十代と、年齢を重ねるごとに針が少しずつ降りてくる。
「三十歳になれば、平行だわ」
 と感じていたが、実際に今まで過ごしてきた時間は、時計の針のように正確に時を刻んできたわけではなかった。
 中学時代の初恋だったと思っていた時期、淡い思い出にできればよかったのだが、香澄の中では、グレーな部分として残っている。
 自分が何を考えて、何をしたいと思ったのか、ハッキリとしないのだ。
 確かに彼への思いから、ナースになりたいという思いを抱いていたのは間違いのないことなのだが、本当に彼への思いだったのか、少し疑問にも思えてきた。
――ただの同情にすぎなかったのでは?
 考えてはいけないことを考えてしまい、自己嫌悪に陥ってしまったこともあった。
 しかし、彼に対しての本当の思いを思い出せないのも事実である。自ら封印してしまっているのだ。
――今思い返すからそう感じるのかも知れない――
 ネガティブになってしまった自分の性格、それだけに思い込んでしまうと、抜けることのできない感情が自分に襲い掛かる。
 抜けることができないと思うことこそが思い込みのはずなのに、そのことに気づかない。いや、分かっていて認めたくないのだろう。認めてしまうと自分が逃げてしまったという考えがネガティブな自分を後押しする。それが怖いのだ。
 香澄がナースになろうと思ったのは、彼への思いを吹っ切るためだったのかも知れない。本当であれば、
「彼のような病気の人を治したい」
 と思うのであろうが、香澄がおかしいのだろうか?
 だが、口では、
「病気の人を助けたい」
 と言いながらナースを目指したことを公然と口にしている人がいるが、香澄が聞くと、どこかうそ臭く感じられた。
――皆が皆、そうなんだろうか?
 と感じるからだ。
 確かにもっともらしい言葉ではあるが、取って付けたような言葉でもある。。もっと人に訴えられるような表現があってもいいのではないだろうか?
 そういう意味では、病気の前の誰かを目の前にして、意識してしまった自分を納得させるために、ナースを志すというのも一つの理由に思える。他の人が聞くと、
「そんな理由で?」
 というかも知れないが、取って付けたようなセリフを、いかにもという顔で堂々と言い放つ人よりもいいのではないかと思えた。
――真実は、その人それぞれにあっていい。そして、同じ人であっても一つだけとは限らないのではないか?
 とさえ思える香澄だった。
 それは、一人の人間の中にいくつかの時間が存在しているからではないかという思いがあるからで、簡単に言葉で言い表すことのできない発想でもあった。
――一日が二十四時間あるけど、これって長いのか短いのか、どっちなのだろう?
 まずは一日という単位を考えてみることにした。
 しかし、この思いが香澄の中で眠っていた何かを呼び起こすことになるかも知れないことを、まだ知らない香澄だったのだ。
作品名:一日百時間 作家名:森本晃次