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一日百時間

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 夢の中では記憶というものが存在していない。思い立ったことがそのまま夢の中で生まれたことなのだ。夢の中でも確かに、
――前に感じたこと――
 という意識はあるが、それが記憶から引っ張り出したという意識ではなく、前に感じたことを、新たに作り上げたような気持ちになっているのだろう。だから時系列を感じることがないのだ。
 そういう意味で一瞬の出来事でも、過去に遡ることはなく、夢の中の世界は独立した生成する世界なのだ。
 これが香澄の発想であり、
「こんな発想を持っている人は、他に誰もいないだろう」
 と思っていたが、どうやらそうでもないようだった。
 入院してきた正孝と一緒にいると、
――この人、私と同じところがある――
 と感じた。
 最初は分からなかったが、それが夢に対しての時間的な感覚であることに気づいていた。気づいてはいたが認めるわけにはいかないという思いもあり、それが香澄の中でジレンマとなっていたのも事実だった。

                  第四章 プラス四時間

 正孝がいなくなってからというもの、香澄は自分が一日を百時間生きることになると思うようになっていた。それは願望であり、不安でもあった。一日が百時間あれば、叶えられなかったことを叶えられると思っていたからで、もっともそんなことを感じていたのは、中学生までだった。
 高校生になってから、現実的に百時間というものを想像したことがなかった。漠然と一日が二十四時間では短すぎるとは思ったが、それ以上でもそれ以下でも想像することは無理だったのだ。
 もし二十四時間が三十時間だったらどうだろう?
 その時間が長くなるというのだろうか?
 午前中? それとも午後? あるいは寝ている時間だろうか?
 確かに高校時代は受験勉強をしていて、
「もっと時間がほしい」
 とは思ったが、できた時間をどう使うのか、考えてみたが、結論が出たわけではない。勉強に使うのか、それとも睡眠に使うのか、あるいはそれ以外の何かに使うのか。その時の心境によって違うと思えた。
 さすがにそれ以外に時間を使うというのは、あまり考えられなかった。勉強や睡眠以外のことに時間を使って、受験に失敗したら、後悔するのが目に見えているからだ。いくら原因がそれ以外のことに時間を使ったことではないとしても、無駄なことをしてしまったという意識は残っている。その思いを一生引きずって生きなければいけないと思うと、とても耐えられるものではなかった。
 だが、時間は百時間である。一日が二十四時間だということから見れば、四日と少しもあるのだ。それを思うと、時間配分をうまく使えば、勉強や睡眠に少々使っても、それ以外のこともできるかも知れない。ただ、この考えはあくまでも時間配分という問題に言及しただけのことだった。
――それ以外のこととは具体的にどういうことなんだろう?
 香澄は考えた。
 受験勉強と睡眠、大きく分けてそれ以外で何をしたいという考えは具体的には何もなかった。考えられることとしては、友達と遊びに行ったり、好きな人を見つけて、恋愛をしたりという思いであった。
 だが、そこでもう一つの疑念が湧いてくる。
――一日が百時間という割り当ては、他の人にも共通なのだろうか?
 という思いである。
 もし、同じでなければ、他の人は皆受験勉強や睡眠に集中するに違いない。余裕のない生活の中でどのように犇めいているのか、香澄には想像もできなかった。
 なぜなら、それはその時の今の自分を想像することであり、
――上から目線で見ている相手が自分である――
 という発想が、まるで将来に感じる夢の世界と合致しているなど、想像もつかなかっただろう。
「やはり、皆平等に百時間ないと、勉強や睡眠以外を楽しむことはできないんだわ」
 と感じた。
 では、他の人にも平等に百時間が与えられていたとすればどうであろう?
 それは、今の二十四時間が単純に延びただけのことであり、最初から一日が百時間だと思って生きてきたわけではないだけに、延びた時間をどのように感じるかというのは、その人それぞれなのかも知れない。
 香澄の中での考えとしては、
――一日が百時間ほしいなんて、考えなければよかった――
 という思いに達していた。
 時間が延びた分、勉強も睡眠も、そしてそれ以外のこともできるようになるのだろうが、それは他の人にも平等に与えられているものだ。もし、自分よりもたくさん勉強に時間を使っている人がいっぱいいるとしたら、自分も同じだけの勉強をしないと、負けてしまうという意識がさらに強くなる。
 相手よりも少しでも多く勉強しようという思いを香澄が抱いたとすれば、競争相手も同じことを考えるだろう。それなら、香澄も負けてはいけないとさらに勉強を重ねる。終わることのない競争が繰り広げられ、その時に檻の中を果てしなく走っているハツカネズミの発想を思い浮かべたのだ。
 この時も、まさか将来において、まったく違った発想の中で同じことを思い浮かべるなど、考えてもいなかった。
 香澄は、勉強時間の競争よりも大きな意味での堂々巡りを感じていた。
 それは、一日が百時間であった場合、他の人も同じ時間がなければ、自分の相手をしてくれないという思いと、他の人にも同じ時間があれば、今と変わらない状況が、時間が長くなっただけで繰り返される。しかも長くなった分、余計にたくさん繰り返されるということを自覚していた。
 この二つは、ジレンマであり、今まで意識していないつもりで、一番意識していたことなのかも知れない。夢に見たことを忘れてしまうメカニズムは、この発想に結びついているのではないかと、最近になって感じるようになった。
 香澄は、もし百時間を与えられるとすれば、それは自分にだけだと思っていた。
 ひょっとすれば、他の人にも二十四時間以上の時間が与えられる機会があるのではないかと思ったが、それを他の人が知るすべはない。したがって、香澄が百時間を過ごしているとすれば、そのことを知っている人は誰もいないのだ。
 都合がいいように思えるが、香澄は逆の発想を抱いた。さすがにネガティブな考えの持ち主というべきだ。百時間の間に何か悩みが起こったとして、それを誰かに話しても、誰も信用したはくれないだろう。
「頭がおかしくなったんじゃないの?」
 と言われて終わりである。
 しかも、百時間というと、普段の四倍である。疲れは四倍に達し、それを癒すにはどれほどの時間が必要なのか、考えてみた。
――では、同じ一日、つまりは百時間の中で、疲労を癒してしまえばいいじゃないか――
 と言われるかも知れないが、
 疲労を癒すには睡眠しかない。なぜなら、起きていて同じ世界で溜まってしまった疲労を癒そうとするなら、一度、頭の中をリセットしなければならない。
 リセットするには、一日を跨がなければならない。それは、一日が二十四時間であっても同じことで、今は短いからそのことに気づいていないが、睡眠を挟まなければ、その日にできた疲労を回復させることはできないのだった。
 百時間という膨大な長さになれば、二十四時間という時間で感じてきたはずの
作品名:一日百時間 作家名:森本晃次