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一日百時間

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 それも一緒にいる時に感じた性格の形成ではない。正孝がいなくなってから、彼を思いながら形成された性格だったからだ。
「香澄ちゃんとは、本当に久しぶりなんだけど、香澄ちゃんが考えているよりも、僕はそんなに久しぶりだって感覚ではないんだ。僕にとっての香澄ちゃんはまったく変わっていないし、香澄ちゃんにとっての僕も変わっていないんじゃないかって思うんだ」
「そんなことはないわ。私は変わったわ」
 という言葉を、香澄は自分で呑み込んだ。
 せっかく彼が、
「変わっていない」
 と言ってくれているのだから、素直にそう思えばいいのに、否定したい気持ちは本心だった。しかし、それを口にしようとする自分の気持ちとは裏腹に、言葉を発することはできなかった。その代わり、
「でも、どうしてあなたはそんなにハッキリと、自分の方が久しぶりではないと言い切れるの?」
「僕は、君とは違う世界にいるんだよ。そう、僕は帰ってきたと言っても、もう君たちとは同じ世界の人間じゃないんだ。本当はこんな風に話すこともできないんだけど、夢の中でなら話ができると思ってね」
「どういうことなの? さっきは三日家に帰っていただけって言っていたじゃない」
「そうだよ。僕は確かに三日だけ家に一時帰宅したんだよ。そして三日が過ぎると、病院にも帰ってきた。でも、それからしばらく入院をしていたんだけど、容体が急変して、僕はそのまま死んでしまったんだ」
「えっ」
 夢であるという思いを感じていながら、彼の言葉に不安と恐怖を覚えた。いくら夢の中であっても、死んでしまった人から、
「自分は死んだんだ」
 という言葉を聞かされると、これほど恐ろしいものはない。
 もう一人の自分が夢に出てきた時と同じような恐怖だった。なぜならその時の彼の表情は、今まで夢の中に出てきた自分と同じ表情をしていたからだ。
――まるで自分ではないようだ――
 顔を照らす光のせいで、その表情には凹凸が生まれ、男なのか女なのか分からない表情だった。その時の正孝の顔を見て、まるで自分のように感じたのも無理もないことではなかったか。
「でも、どうして、死んだはずのあなたが私のところに?」
「お別れを言いにきたんだけど、実際の僕、つまりは現実世界の僕はまだ生きているんだよ。僕の心残りは、死ぬ前に、気になっている人たちにお別れを言えなかったことだったので、今、こうして夢に出てきているというわけさ。でも、夢とはいえ、僕が入り込める相手は限られているらしくて、相手は君だけだったんだ。これって運命なのかも知れないって思ったよ」
「どうして、私だけなんだろう?」
「僕も最初は分からなかったんだけど、その理由は君にあるんだよ」
「どういうこと?」
「君は、自分の時間、いや、自分だけの時間帯を持っているんだ。独自の時間感と言ってもいいかも知れない。もちろん、君には自覚はあるかも知れないけど、おぼろげにしか感じていないはずなんだ。願望がそのまま自分の世界観だという人もたくさんいる。君もその一人でもあるんだよ」
「私の時間が他の人と違うから、あなたには私のところに来ることができたというの?」
「そうだよ。でも、君は現実世界で、自分の時間をあまり気にしない方がいいかも知れないね」
「よく分からないんだけど」
「気にしすぎると、無駄に時間を使ってしまうということだよ。その無駄というのは、他の人に比べると、結構深いものになるので、気を付けた方がいいよ」
「忠告ありがとう」
 訳は分からないかったが、素直にお礼をいうしかなかった。そこに皮肉がないことを彼が分かってくれているのは、彼の余裕のある表情を見れば分かる。
 彼が香澄に対して、自分のことなら何でも分かると言っていたが、本当は彼の方が香澄のことなら何でも分かっているようだ。さっきの彼の言葉は、そのことを匂わせるための言葉だったのかも知れない。
「あなたが私の前に現れてくれて、私は嬉しい。でも、私はあなたが死ぬことを知っていて、これからどう気持ちを整理していけばいいの?」
「心配はいらないよ。ここは夢の世界さ。君が目を覚ました時、ここで僕と話をしたことは忘れているんだからね」
 夢に見たことは忘れてしまうのではなく、記憶の奥に封印されるものだと思っている香澄は、彼の言っている言葉が信じられなかった。
「君は、忘れないと思っているようだけど、僕には君の記憶を消去する力があるんだ。だから、君は僕とここで話したことを忘れることになるんだよ」
「ちょっと待って」
 香澄は少し混乱していた。
 夢を忘れないということは、彼がこのまま死んでしまうことを知りながら、生きなければいけないということだ。到底耐えられるものではないと思う。
 しかし、知らずにいれば、ネガティブな性格の香澄にとって、彼のことを真剣に考えても、行動に移せるかどうか不安である。今は死ぬと分かっている相手なので、何とかしないといけないと思うだろうが、何も知らないと後悔してしまうのではないかと不安に感じた。
「やっぱり、消去して」
 香澄は思い切ってそういった。
 香澄自身、彼が死ぬと分かっていて、それで一体自分に何ができるのかということを考えると、結論など出るはずはないと思えた。結局、考えても堂々巡りを繰り返して、無駄な時間を過ごすことになるからだ。
――さっきの彼の言葉にもあったじゃない――
 無駄な時間という言葉が頭に浮かんだ時点で、香澄は記憶の消去を望んだのだ。
 そう思うと、夢を覚えていない理由が分かるような気がしてきた。
 夢を見て、それが将来に起こることだと思えることであっても、堂々巡りを繰り返してしまい、無駄な時間を使うことを、潜在意識が否定しているのだ。
 香澄の中には、自分の時間に対しての考えが違っていることを意識している何かが存在した。それを正孝が夢の中で引っ張り出してきたのだと思うと、正孝が自分に別れを告げに来た理由も分からなくもなかった。
「これからも、夢の中でなら、あなたに会えるんじゃないんですか?」
 というと、
「できなくもないけど、それをするには、今日のこの記憶を消去はできないんだよ。君はこの記憶の消去を願った。もし、夢の中でこれからも会うことができると分かれば、君は今の夢の記憶の消去を願うかい?」
 またしても、難問にぶつかってしまった気がした。
「正直、それを今結論を出せと言われても、難しいわ。でも、今出さなければいけないんですよね?」
「そんなことはない。でも、今度僕が君の夢に出てくるのはいつになるか分からないんだよ。その間、君はずっと前に進むことができずに、堂々巡りを繰り返し、無駄な時間を使ってしまう。それでもいいのかい?」
 話せば話すほど、自分の首を絞めているような気がした。まわりを包囲されてしまって、逃げ道が限られてくるのだが、その逃げ道に入り込んでしまったら最後、抜けられなくなりそうに思えてならなかった。
――追い詰められていくというのは、こういう気分なんだわ――
作品名:一日百時間 作家名:森本晃次